「お姉ちゃん、汚い。なにそれどうしたの」
「い、いや、色々と」
「色々とじゃなくて。落ち葉とかくっついてるじゃん。
っていうか、髪の毛砂まみれだし。とりあえずお風呂入りなよ」
「あ…うん。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
………という、出勤間際のとの会話もあって、
はシャワーを浴びていた。
なるほど確かに、髪を触るとざらったした感触がある。
大分砂を被ったな。
浴室の床にもある、ざらざらとした感触を足で確かめ
は眉間に皺を寄せると、黙ってシャンプー液を掌に出した。
冬にお風呂に入らず、シャワーだけで済ませると寒いが
夕方近いが、日も高いので仕方が無い。
二度も風呂を入れるのは勿体無いし。
は今日は夜勤なので、そりゃあ、早めにお風呂に
入ってもらえば問題ないといえばないが、それはそれで気が引ける。
「でも今日はシャワーだけでいいか…」
給湯器についている時計を見ると、もう五時が来る。
あがったらとりあえず、が取り込んでくれた洗濯物をたたんで、ご飯作って。
予定を立てながら、トリートメントをして身体を洗う。
もうじきボディーソープが切れそうなのに気がついて
明日は薬局によって帰ろうと思いながら
は身体についた泡を洗い流した後、きゅっとカランを閉めて
シャワーを止めた。
「…さむい…」
シャワーだけでは身体は温まらなかったらしく、
ぶるりと身体を震わせながら、はバスタオルを取ろうと
着替えとタオルを置いた場所に手を伸ばす。
しかし、今気がついたがでこれなのだから
幸村と政宗も砂を被っているのでは無いだろうか。
「……お風呂、やっぱり先にいれちゃおうかしら」
呟いて、バスタオルに手をかけ、は視線をふと下に落として
もぞりと、蠢いたものがあるのに目を見開き
「ひやああああ?!」
折りたたまれたバスタオルの隙間から、這い出てきたカメムシに
は思わずおかしな悲鳴を上げた。
ちょっと、どこにいるの、あなた!!
危うく気がつかずにもつところだったと、ばくばくいう心臓を押さえながら
いらないタオルをとり、その上から摘まんで、窓を少しあげてカメムシを逃がす。
「……ちょっと、ほんとびっくりした…」
はぁ、と胸を撫で下ろす。
しかし、一息の間のあとどたどたという足音が凄まじい速さで近づいてきて
「いかがなされた、殿!!」
「あ」
何かが、あったのだと勘違いした幸村が、洗面所の扉をがらりと開けた。
がらりと。
しかし中に居るは、まだ何も着ていない一糸纏わぬ姿で。
しかも、カメムシを逃がすために、どこも隠していない
実に無防備な格好をしている。
必然的に、全てが幸村の目の前に晒され
「ひっ……ひうゃあああ?!」
それに気がついたがあげた悲鳴は、またもおかしなものになった。
なぜならば物凄い勢いで幸村が鼻血を拭いて、床に倒れこんだからだ。
あ、オーバーヒート。
壊れかけた頭に単語が思い浮かぶが、思い浮かんだからどうだというのだ。
は慌ててバスタオルで前を隠すと、髪用に置いておいたタオルで幸村の顔面を押さえた。
「ちょ、幸村さん、大丈夫?!」
「殿………某、某……」
「ああああ、分かってますから。幸村さんは何も悪くないんです。
心配してきてくれたんですよね、ね?」
「し、しかし、あの、その…」
もう、言葉にもならないようだった。
目はうるうるとしているし、顔は真っ赤だし、震えているし。
いたいけな子供に悪戯している、いけない人になったようで
は逆に泣きそうになる。
何で見られたこっちが、こういう気分にならなくてはならないのだろう。
そう思うが、幸村相手だから仕方が無い。
だって、と話せないような人だもの。
優しく幸村の顔を拭うだが、一方の幸村は
その拭うのむき出しになった二の腕の白さだとか、
細さだとか、柔らかそうな肢体から目が離せなかった。
の、肩口までの髪から水滴がたれて、身体をつぅっと伝ってゆく。
白い柔らかそうな身体を伝わってゆく水滴に、
どうしてこの人を男のようだと思えたのか、幸村には分からなくなった。
こんなにもこの人は、女性であるというのに。
「幸村さん?」
大丈夫?と、思った瞬間にかけられた声の優しさに、
幸村はぶわりと背に何かが走ったのを感じた。
くらくら、する。
朦朧とする視界の中にちらつく、の白い背中に
耐え切れないものを感じて、幸村は上着を脱いで
乱暴に彼女の背中にかける。
「え、あ?」
かけられたは混乱しているようだったが、
幸村はもう、その場に居ることに耐えられなかった。
彼女と、何を話していいのか分からない。
どうやって話していたのかも、思い出せない。
幸村は無言で立ち上がると、一目散に外に向かって駆け出した。
破廉恥でござるとは叫べなかった。
破廉恥なのは自分だと、よく、理解している。
頭の中が、空になるぐらい走るべきだと、理由も意味も無く思って
幸村はを置いて、玄関から飛び出した。
…そうして、置いていかれたのは一人。
バスタオルで前を隠したまま、呆然としていただったが
はっと気がついて、ぴしゃんと洗面所のドアを閉める。
「……どうして私がおいてけぼりなの?」
カメムシで悲鳴を上げたのはだが、
扉を開けたのは幸村で、
裸を見られたのはで、謝ってもらうべきは、、のはずなのに。
………無理か。
無理だよね。
うぶ極まりない幸村に、それは無理だろうと
逃走理由も微妙に勘違いしながら、は濡れた身体をバスタオルで拭った。
「…さむ」
冬の空気にそのまま晒された身体は冷たく、は身を震わせた。
今日は、殊更に寒い。
早く服を着て、早くあったまらなければ、風邪を引いてしまいそうだ。
寝巻きを着て、バスタオルを洗濯籠に放り込んだは
ふと、玄関の方へと視線を向ける。
…幸村が玄関を開けて出て行った音は、も聞いた。
「どこまで、行っちゃったんだろう」
帰ってこないと鍵も閉めれないですよ。と呟いたの声は、
当然だが幸村には届かなかった。
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