日曜日の朝。
の姿は自室のパソコンの前にあった。
異次元、化け物。
筋肉、化け物。
異次元、妖怪。
筋肉、妖怪。
異次元、神隠し。
筋肉、神隠し。
ワードを変えて検索してみても、思うような結果には当たらない。
大概が、小説の感想だとか、小説そのものだとかだ。
民俗学だとか、様々なワードを付け加えてみても
やはり、思うような結果は出ない。
パソコンの前では前髪をかき上げて、画面を睨みつける。
化け物に関する情報が、インターネットのどこかに転がっていないかと思ったのだが。
よく、ネットでの情報は玉石混淆というが
この場合の「良いもの」を見つけるのは、素晴らしく難しいだろう。
最初から分かっていたことではあったけれど。
は黙ってため息をつく。
二度、並行世界からの客人をこの家に落としていって以来
化け物は現れてはいない。
今日で最後に化け物が現れてから九日目。
「………随分と、間を空ける」
もしかしたら、何か呼び出す手順でもあるのだろうか?
現れた前後の行動を思い返そうと、が腕を組んで目を閉じたとき
居間から、テレビの音がの耳に入った。
「………」
それに考えがぷつりと遮断されて、は頭をかく。
集中が途切れてしまった。
しかし誰だ?
は庭で土いじりをしているはずだし、小十郎も同様だろう。
は黙って部屋の扉を開けて居間を覗く。
「あら」
「よう」
テレビの前に居たのは政宗だった。
画面では料理番組が流れている。
が良く見てるとは言ってましたけど…本当に良く見てるんですね」
「趣味半分、実益半分だな
……………これとか、あと子供向けのとかは
道具の名称が分かりやすいからな。情報を得るにはこのぐらいから始めた方がいい。
真田とか猿なんかも一緒になってよく見てるぜ」
「なるほど」
政宗の言葉に、は深く頷いた。
パネルだのなんだの横文字が横行するテレビ番組の中で
料理番組は、横文字の物が出てきてもすぐにそれが使われるのだから
一応名称の勉強的には良い…のかもしれない。
横文字が日常の中に混じるのは当然のには、良く分からない話であるが。
なまえ図鑑、みたいな小さい子向けの本を買ってきたほうがいいのかもしれない
と考えていると、どたどたとうるさい足音が階下から近づいてくる。
「政宗殿!!!!」
「……うるせぇ真田」
「む、すいませぬ」
馬鹿でかい声と共に現れた幸村は、政宗に顔をしかめられて素直に謝罪する。
しかし彼はめげずに散歩前の犬のように目をきらきらさせながら
「ところで政宗殿、お手隙のようでしたら、某と手合わせをしてはもらえませぬか?」
「Ah?手合わせ、手合わせね」
「一人で鍛錬を行うのも良いですが、そればかりしていても腕が鈍ってしまう。
それゆえ、政宗殿にお手合わせ願いたく」
「…まぁ、そうだな。腕が鈍ってちゃ奥州筆頭の名が泣く」
政宗が腰を上げて、それからふとを見た。
「そうだ、あんた見学でもしてくか?Galleryが居たほうが燃えるってもんだろ」
「は、あぁ………そうですね。よろしければ」
一瞬躊躇った後、文句のなさそうな幸村を見てから、はその誘いに頷いた。
これ以上化け物のことを、インターネットで調べていても進展はなさそうだし
気分転換だと思って気軽に受けただったが………。


間違いだったかもしれない。
目の前で繰り広げられる光景を前に、はここにいることを後悔していた。
ちゃん、すごい顔してるよ?」
隣の佐助が面白そうな顔をして言う。
いや、実際面白いのだろう。
面白い顔をしている自覚はある。
でも、だって仕方ないだろう。
竹林の中、開けた一角で戦いあう幸村と政宗を見ながら、はがくがくと身体を震わせ
「なんで槍から火が出て刀から雷が出るの、おかしいでしょ!?
物理法則には逆らわないで従って戦国武将!!!」
「あはー!!バサラ技に文句言った子初めて見た。
しかもそれがちゃんっていうのも、またみそだよね!」
の魂からの叫びに、佐助がひぃひぃ言いながら笑っている。
しかし、夢中で刃を交し合う二人には聞こえていないようで
幸村は持った二槍から炎を噴出させ、政宗へと斬りかかった。
「Ha!!いいねぇ、やっぱりこうじゃねぇとなぁ!!」
「某も同感でござる!!!」
ぎりぎりと刃が鳴る。
幸村が振り下ろした槍を刀で防いで、政宗は獰猛な笑みを浮かべた。
幸村もまた、戦いの最中笑みを浮かべる。
「こちらに来てから政宗殿は、日中修練をなされる気配もなく、
腕が鈍ってはいまいかと、某、冷や冷やしておりました」
「抜かせ。生憎と人にものを見せるのは嫌いでな!!」
幸村の槍を防ぎながら、政宗が足払いをかける。
それを避けて生まれる隙を突いて、政宗が槍を振り払った。
反撃を警戒してか、幸村が二歩下がって槍を構えなおし
政宗もまた、持った刀を構えなおす。
その一進一退の攻防を見ながら、離れた場所では眉間に皺を寄せた。
「……どうしたの、難しい顔して」
「いえ、色々と考えるところがあって」
「怖いなぁとか?」
覗き込まれたは、ぱちくりと目を瞬かせて
それから即座に首を振って否定する。
それは全く違う。というか、考えもしなかった。
たしかに目の前で繰り広げられている戦いの、その力が自分に向けられれば
初めてあったときのように、とても、怖いのだろうけれども。
「いえ、そこは全く。私達抜きで生活できないあなた方が
私に暴力を振るうほど、頭悪いようには見えませんので。
いや、そこはまぁ、置いておいて。
とりえあず、まず、幸村さんのあの火で竹が燃えたりしません?」
「あは。それはないかな。人は燃えるけど、物は燃えにくいんだよね。
バサラ技ってのはそういうもんだよ。
俺もああいうの出来るけど、あんまり周りに被害が及んだことは…ないかな」
理解しがたい説明だとは思ったが、まぁゲームや漫画の魔法のようなものだろうと
無理矢理に自分を納得させる。
こういうとき、並行世界というのは魔法の言葉だ。
ゲームのように自力発火できたり、自力発電できる人間が居ても許せる気がする。
並行世界並行世界。
呪文のように呟いて、落ち着きを取り戻した
それにしてもと、ちらりと横目で佐助を見た。
「ところで、佐助さんは最初居なかった筈なのに、幸村さんと政宗さんが
戦い始めたら急に現れましたね?」
幸村と政宗と一緒にここ、に来たときには確かに居なかった筈なのに
いざ事が始まったらいきなり横に立っていた忍びに
お前どこかに隠れてたな?と暗に問うと、彼は肩をすくめた。
「そりゃあ、旦那の相手させられたら、たまったもんじゃないよ。
知ってる?俺様、昨日も一昨日も一昨昨日も旦那と手合わせしてたんだよ?
そりゃあ、たまには他の人に相手してもらいたいもんじゃない」
「…一人で鍛錬ばかりしていてもって言ってましたけど」
「手合わせに誘う口実だって。旦那ってば本当甘いものと
戦事と大将の事しか頭にないんだから」
やれやれと首を振る佐助の顔が、疲れているような気がして
は黙って目をそらして目の前の光景を見る。
「それでよく、出てくる気になりましたね」
「そりゃあ、ちゃんが居ないなら俺様も竹の上で黙って見てるつもりだったけど
ちゃんいるなら近くにいないと、旦那達が熱くなって
何かあったときに対応できないでしょ」
「あぁ。すいません、わざわざ」
「いやいや、どうも」
言われて見れば確かに、もはや二人ともがここにいることなど忘れているようだった。
状況的には今は、かろうじて幸村が押しているようだったが
あっというまに守勢が入れ替わる。
今度は押され始めた幸村に、更に追撃をかけるつもりか
政宗が刀に雷を這わせる。
にはこういうことの心得は無いが、
両者の実力は拮抗しているように、の目には見えた。
「終わりだ、真田幸村!!」
「なんの!そちらこそだ、政宗殿!!」
槍と刀が、雷と炎がぶつかり合う。
その瞬間、巨大な力がぶつかったせいで、ごっと風が巻き起こって
砂嵐がたちを襲った。
「うわっ!?」
たまらずが叫び声をあげて、その声にはっと水を差されて
幸村と政宗が武器を下げ、のほうを見る。
するとそこには、全身砂まみれで立ち尽くすの姿があって
二人は、顔を思わず引きつらせた。
「……いや、大丈夫。怒っては無いです。ちょっとびっくりしてますけど」
あからさまに怒られることを警戒している様子の二人に
首を振って否定すると、前からはほっとした気配が、横からは驚きの気配が返ってくる。
「怒ってないの?ちゃん心広いねぇ」
「………いやまぁ、わざとじゃないなら…」
日曜で、出かける予定もないからと、気の抜けた格好をしていて良かった。
薄汚れてしまった、半室内着を手で叩いていると
佐助に「まあ、お風呂でも入ってきなよ」と薦められる。
その提案はもっともだと思ったが、は佐助には言われたくなかった。
彼も砂まみれであったので