団子屋で団子も買った直後、の携帯電話がブルッと震えた。
ポケットに入れたそれを手に取ると、画面にはの文字が表示されている。
何も考えずに通話ボタンを押して、携帯電話を耳に押し当てると
「Ahー…聞こえてるか?」
「あれ、政宗さん?」
政宗の声が聞こえてきては、虚を突かれた。
「どうかなさったんですか、電話なんて」
政宗殿?伊達の旦那何の用事だろと、会話をする背後の二人を連れて
通路の端のほうまで移動しながら問いかけると、政宗が「dinnerを作ったからな」と答える。
「あら、今日作ったんですか?メールでも良かったのに。ありがとうございます」
「いや、あんたには謝らないといけないからな」
「……はい?」
なぜ、夕食を作って謝るのかとが目を瞬かせていると
電話の向こうで政宗が躊躇った気配がした。
「…………俺も、別にそういうつもりじゃなかったんだ」
「は、はぁ」
「Terrorismを働くつもりでもなんでもなかった。
知った上で誘ったが、もう少し気軽な気持ちで、
特別そういう意図があったわけじゃないのは、分かってくれ」
「………えぇと、結局、なにが」
「あんたならこういえば分かると思うが、
に手伝ってもらったら、Kitchenが散々な状態になった。
おまけに一回作り直して、家の冷蔵庫の中身が少ない」
重々しい声で政宗が言った内容に、はガッデムと思わず口走った。
どうして何故、などに手伝ってもらうのだ。
彼女は料理テロのスペシャリストなのだぞ。
厨房に立たせてはいけない類の人間だ。
一時期料理が出来ない人間に、料理を作らせて試食するという番組が
流行った事があったが、はあれですらない。
魚の内臓を取らないとか、独創的な味付けをしたがるとか
そういう類ですらなく、は何故か、普通に材料を切って
普通に味付けをして、普通に調理するだけで、料理が爆散するのだ。
炒めようが煮ようが茹でようが、全てにおいて、だ。
さすがにサラダを作ったのではそうはならないが
ゆで卵を作ろうとしただけで、卵が爆発したのにはも唖然とした。
凄まじい状況になっているであろう、キッチンを思い浮かべて
は無意味に手をわきわきと動かした。
しかし怒るよりも先に、彼女は肩を落とす。
………政宗さんは、悪くない。見たこと無かったんだもの。
見たことない人間が、料理が必ず爆散すると言われても、信じるわけあるまい。
の料理作成の結果はUMAみたいなものだ。
見なければ、信じられない。
はため息を押し殺して、「仕方がありませんよ」と慰めの言葉を言った。
気休めではあるが。
「じゃあ、申し訳ありませんけど、一応キッチンの掃除はお願いします。
食料は買って帰りますから」
「sorry」
「気にしないで下さい。それじゃ、頑張って」
「おう」
短く答える声を聞いてからぷつり、と電話を切ると
佐助が「なんだったの?」と話しかけてきたので、は「ご飯作ってくれたそうですよ」
とだけ答えておいた。
諸々は、喋る気力がなかった。
…さてしかし。
政宗から電話がかかってきて、は一つ考えるところがあった。
の面倒を見る発言の最終的な目標としては
アルバイトでも何でもいいので、就労が出来るレベルまでもっていくである。
そしてそのレベルにステップアップした暁には、携帯電話は必須だ。
それでなくても、個別の連絡手段が無いというのはつらい。
がいないとき、もしも仕事で遅くなるのでも
いちいち電話をしないといけないというのは面倒だ。
今度仕事を少し早く上がらせてもらって、プリペイド携帯でも買ってこよう。
今日は印鑑も何も持ってきてないからと、ぱちんとは携帯を閉じた。
さて、買い物をしていたらすっかり遅くなってしまった。
夕方になって家に帰ってみると、キッチンはぴかぴかに磨き上げられていて
は政宗の罪悪感の結果に、苦笑するしかない。
「すごいぴかぴかですねぇ」
「…sorry」
「そ、そんなに気にしなくても。今は綺麗じゃないですか」
項垂れて、すっかり凹んでいる政宗の様子に、は顔を引きつらせる。
この状態でまだこれということは、一体どういう状況になっていたのだわが城は。
しかし、それも聞くのも恐ろしく、は結局口をつぐんだ。
聞かないほうが幸せなこともきっとある。
決してこちらを見ないようにしながら、冷蔵庫の中に買い物してきたものを入れている
真田主従を恨めしげに見て、はぽんぽんと政宗の肩を叩いて慰めてやった。
結果から言うと、政宗が結局一人で作ったらしい料理は、非常に美味であった。
舌鼓をうちながら、洋食をマスターされたら太刀打ちできなくなる!
と戦慄を覚えたのは内緒だ。
料理人でもなんでもないが、それなりに自信のある分野で
人に負かされるというのは悔しい。
見ると佐助も同じようで、美味しいのは美味しいけど…と僅かにしかめ面をしている。
やっぱりそうよね、と安心しながら料理を食べて
少ししてから、買ってきたデザート(シュークリームと団子)を出す。
政宗と小十郎は、やはり遠慮したいようだったが
洋菓子ということで、シュークリームにそろそろと手を伸ばす。
「お、美味いな、これ」
しかし、食べてみると態度をがらりと政宗が一変させた。
シュークリームのパイ生地が気に入ったらしい。
料理に使ったら面白そうだとか何とか言っているが、
そういう料理は既にあるので、あとで教えてやろうとは思った。
小十郎は、甘いものはそう好きでは無いと言う話は本当だったのか
もそもそと食べているが、一緒に出したコーヒーは気に入ったらしい。
渋い色のマグカップでコーヒーを飲む彼は、どうみても渋い大人の男だった。
…結局彼はいくつなのだろう。
微妙な疑問が頭を掠めたが、予想よりも若かった場合
叫ばずにはいられないだろうという、危機回避能力によっては危うい質問を投げるのをやめた。
ちなみにの予想での年齢は三十五歳。
彼の実年齢よりも六つ違う。
さすがにそれは、小十郎が可哀想であるが、
の予想はの中だけに今のところ止められているので
彼女の考えを訂正できるものはどこにもいない。
そうして、はといえば。
もそもそもそもそ。無言で料理もシュークリームも団子も食べすすめている。
よほど凹んでいるらしかった。
それに対しては、どうしたものか反応を決めあぐねている。
下手に慰めて、私料理爆発するの克服する!!という反応に行かれても困る。
いや、直ったら直ったでそれはそれで喜ばしいことなのかもしれないが
そこに至るまでの過程で発生してくるだろう、キッチンの汚染や
食料の消費、出来た残飯もどきを捨てる事を考えると
あんまり進んでそちらには行かせたくない。
が、もう作らなかったらいいじゃないという話に持っていくと
必ず凹む。絶対凹む。
………どうしたものかなぁ。
ふと佐助と目が合う。
その苦労人だねぇと微かに笑っていたのに、はデコピンをする仕草を彼にした。
人の悩みを笑うんじゃありません。
「おい、やる」
しかし、が悩んでいる間に、小十郎が団子をの方へと差し出した。
それにがのろのろと顔を上げて、差し出された団子を受け取る。
そこに政宗も無言での膝の上に、パックごと団子を置いた。
「…ありがと」
四つになった団子に礼を言ったに、小十郎はどこか満足そうに頷き
政宗がの頭をぐしゃりと撫でる。
「へへ」
笑みを浮かべたの顔を見て、はそちらから視線を外した。
自分が出張る必要はなさそうだ。
しかし。
政宗と仲が良いのは最初からだったが、小十郎とも仲良くなったようで。
共通の趣味があるってのは強いのかしらねぇと
は黙ってコーヒーを啜った。
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