車がひゅんひゅんと飛び交う交差点で一旦停止。
先ほどのチョコレート専門店から少し離れたデパートに向かう三人は
信号の横で黙って立ち止まった。
「……………大分、外には慣れたみたいですね」
「まぁ、これだけ歩けばね」
「しかし、凄いでござるな。これだけの人がここを歩いているというのに
あの建物の中全てに、まだ人が居るのでござろう?」
大きな建物が乱立する街を眺めて言った幸村に、は頷いた。
一番の中心地のショッピング街に来ているのだ。
しかも土曜日に。
当然周りを歩いている人間も多いし、周りのショッピングビルや百貨店に入っている人も多いだろう。
幸村の言ったことを改めて考えて、は確かにと納得した。
周りに山のように人がいるのに、これ以上人が居るというのは凄いのかもしれない。
信号がぱっと青に変わる。
すると、考えていて一歩遅れたよりも先に、車が来ないのを確認して幸村と佐助が歩き出す。
…チョコレート専門店に行くまでに、一つ信号を超えただけだというのに、思い切りのいい事。
そして学習能力の高いこと。
初日の買い物と、今日しか街に連れてきていないはずなのに
もはやごく普通に歩いている二人に感心しながら、は小走り気味に歩いて彼らに追いついた。
「あ、あそこ。あそこの階段を下りてください」
は目的地への階段を指差して、するっとそこを降りてゆく。
デパ地下へと続く階段は、少し薄暗い。
それでも階下に明かりが見えてきたのを確認して、は後ろを振り返った。
「…あの、今からデパ地下に入りますけど
人が多いのではぐれないで下さいね?」
「うん、大丈夫、大丈夫だから。さりげなく手を見ないでくれる?ちゃん」
「いやだって」
「大丈夫でござる。佐助は某が責任を持って、はぐれないように監督するでござるよ」
「俺!?俺様なの?!」
「佐助、何か文句が?」
「…………くっそー…」
ちらりと含みのある視線を向ける幸村に、負ける佐助。
珍しい光景もあるものだと思いながら、ははぐれる心配を
抑えつつデパ地下に入った。
二件目三件目の目的地であるシュークリーム屋と団子屋は
このデパ地下に入っている。
人通りの多いここに入るのは、正直躊躇われるものがあるが
…まぁ、テストも兼ねている。仕方が無い。
はちらちらと幸村と佐助がついてきているのを確認しながら、デパ地下を歩く。
しかし、心配は杞憂なようで
「地下だというのに、このように立派な造り…」
「いやぁ、人が多いね」
などと呟きながら、ちらちらと幸村と佐助は周囲に視線を走らせているが
今のところ、はぐれる気配は無し。
騒ぐ気配も無し。
ごく普通というには、少し足りないが十分な及第点をつけられる態度で
歩く二人にはふぅっと、知られぬように息を吐く。
…甘い物を、一緒に食べに出かけたかったのも本当。
黙って化け物を待つのも息苦しかろうと、息抜き代わりに誘ったのもある。
けれども三つ目の意図は、幸村と佐助に現代を歩かせる。これだった。
馴染まなくても良い。慣れてくれさえすれば。
死んだ後もなんとかできるようにすると言った以上
それについての責任は持つ。
本当は、そんなことなど考えず、帰せるのが一番良かったのだけれど。
化け物があれ以来現れないのを考えると、やはり長期戦は覚悟しなければならないような気がする。
幸いにも、政宗と小十郎はに任せて大丈夫なようだったが(本人が意図してでは無いにしろ)
を避ける幸村と、その彼の面倒をみていてやはりと接触が少ない佐助は
が面倒を見るより他ないだろう。
なんだか初日から、担当区分けがなされていたような気が、しなくも無いけれども。
考えながら、は目的地のシュークリーム屋の前で緩やかに速度を落として、立ち止まる。
他二人がそれにならって立ち止まったのを確認してから
鞄を開きながら注文を行う。
「すいません、持ち帰り八つと、イートイン用五つ下さい」
「はい、ありがとうございます」
その注文に、愛想の良いお嬢さんが、にこりと笑って、シュークリームを八つ箱詰めにして
五つトレイの上にのせた。
それをまたも笑顔で受け取り、幸村たちを連れてイートインスペースに座る。
「はい、どうぞどうぞ」
隣に幸村、その隣に佐助。
腰掛けた彼らにトレイを差し出しつつ、はシュークリームをぱくついた。
それを見て、佐助がシュークリームを口にして
最後に幸村がシュークリームを食べる。
ちらりとその光景を横目で確認しながら、二人がごく普通に
シュークリームを食べている光景に、は安堵する。
二度目の外出で、なんとなく現代の感覚を掴んだような主従に
はもう一度目を向けて、それからシュークリームをぱくりと食べた。
「ごめん、俺様ちょっと厠」
「はいはい。いってらっしゃい」
幸村とが二つ、佐助が一つシュークリームを食べ終わって
まったり座っていると、佐助が断りを入れて席を立った。
それを黙って見送ろうとしていただったが
はっと気がつき、急いで歩きかけた佐助の服を掴む。
「え、なに?」
「佐助さん、男子は青もしく黒。女子は赤のマークが厠の横に貼ってあります。
入る際には細心の注意を払って、間違った方には入らないように」
「………………あぁ…ありがと」
外出してトイレに行くのが初めてだからと、折角親切に教えてあげたというのに
佐助はなんだか疲れた顔をして、トイレを探して歩いていった。
………どうして、ちゃんはあんなに厠にこだわるんだろう。
佐助の頭の中はそういう疑問で一杯だったわけだが、当の本人は知る由もなく
先の佐助の態度に本当に分かったんだろうかと、眉間に皺を寄せる。
……だって、トイレばかりは間違われたら困る。
キャー痴漢!とか叫ばれたら本気で困る。
それはそれで忍び的に、華麗にかわしてくれないものだろうかと
半ば真剣に阿呆なことを考えていると、ひっく。というしゃくりあげる声が
雑踏のざわめきの中の耳に入った。
それは幸村も同じようで、二人して同じ方向を向く。
と、そこにはぐずぐずと鼻を啜る小さな少女が立っていた。
シュークリーム屋の前で、頼りなげに佇む彼女を見ながら
三十秒ほど待っていたが、家族が駆けつける気配もない。
は、幸村と顔を見合わせて席をたった。
「どうしたの。迷子?」
目をこすりながら、きょろきょろと辺りを見回している女の子の目の前にしゃがんで
が問いかけると、少女は躊躇った後こくりと首を縦に振った。
やっぱりか。
小さな五つばかりに見える少女に、親御さんはまだ若いだろうと見当をつけながら
も周囲を見回してみるが、それらしき人物は見当たらない。
同じように辺りを見た幸村が、口元に手を当て思い出しているそぶりで口を開く。
「迷子ならば…迷子せんたーに連れてゆくのでしたな」
「いえ、もう少し待ってからにしましょう。入れ違いになると大変ですから」
前回出かけたときに迷子になった幸村たちに、後々教えたことを覚えていたようで
確認する幸村に、腕に嵌めた時計を見ながら、
後十分待って現れなかったらそうしようと考えつつ
は少女と目を合わせながら、優しくみえる顔で微笑む。
「えぇとね、良かったら、お姉ちゃんにお名前教えてくれるかな?」
「………みずはらりえ」
「りえちゃんかぁ。ねぇ、りえちゃん。
良かったらお姉ちゃんともう少し端によってお母さん待ってようか。
ここだと人の邪魔になっちゃう」
「……………わかった」
ぐずぐずと鼻を啜りながら、りえが頷く。
その頭を良い子ねとぽんぽんと叩いて、は幸村を促しつつりえと端に寄った。
「りえちゃんは今いくつ?」
「ごさい」
「そっかー。幼稚園?」
「うん。おねえちゃんはいくつ?」
「二十三」
「としまね」
「……………うん」
子供の言うこととはいえ、悲しくなる。
二十三は年増だろうか。もうすぐ、二十四になるのだけど、そしたらもっと年増だろうか。
そんなをよそに、りえは幸村に視線を向けた。
「おにいちゃんは、おいくつ?」
「某は十七になる」
「………っていうことは、あれね。おねえちゃんとはむっつちがうのね」
「…そうねぇ」
………年増なのかもしれない。
十代の若々しさはもうないもの、と思いながらは幸村を見た。
その視線に、な、なんでござるか?と幸村が怯んだのはご愛嬌という奴だろう。
とりあえず、いやなんでも。と濁していると、橙色の頭が向こうから近づいてくる。
「佐助」
声をかけようとする前に、短く幸村が名前を呼ぶ。
すると佐助はぴくりと身体を反応させて、まっすぐにこちらを見た。
さすが部下。さすが上司。
近寄ってきて佐助はまずりえを見下ろして、それから幸村を見ずにまっすぐへ視線を向ける。
「…私だけじゃないですよ」
「別に何にも言ってないじゃない」
言ってるも同然の態度で何をぬけぬけと。
それにしても、拾ってきた子犬を抱いた子供に、家じゃ飼えないでしょ!返してきなさい!
と言うおかんの目をこちらに向けないで欲しい。
大丈夫だって。
拾うつもりはないし、そもそも拾えないから。
「迷子ですよ、迷子」
なんでもかんでも自分たちと同じだと思わないで欲しい。
人間は普通はほいほい拾えるもんじゃない。と思っていると
りえが佐助と幸村を見比べて
「ところで、おねえちゃんはどっちとつきあってるの?」
とおもむろに爆弾を落とした。
いや、警戒してしかるべき質問だったのかもしれない。
この年頃というのは、やたらこまっしゃくれたことを言いたがるものだ。
覚えのあるの言動を思い出して、それからはごく冷静に幸村の口を塞いだ。
真っ赤になって破廉恥!!と叫ぼうとしていた彼は、口を塞がれて
「ふへんひ!!」というくぐもった声を漏らす。
「わぁ…旦那の扱いが段々板についてきたね、ちゃん」
「こういうことを言うと、なんとなく破廉恥コールがくるだろうなと」
手を繋ぐで破廉恥がでてくるのだから、
男女のお付き合いが出てきた日にはそりゃあ、破廉恥がくるだろうと予想もつく。
は幸村の顔色が段々と戻ってきているのを確認してから
そろっと手を外す。
「何をなされるのだ、殿!」
「だって、こんなところで破廉恥なんて叫ばれたら、目立ちますもの」
「目立ったほうがいいんじゃない?その子のお母さんが見つけてくれるかもよ?」
「あ、そうか。……叫びます?」
「叫びたくて叫んでいるわけではござらん!
りえ殿。そなたも女子がそのように軽々しく、男女のあれこれを話すものではない」
しっかりと五歳児の肩を持って、一昔も二昔も三昔も前のようなことを諭す幸村。
その姿には面白がり、佐助はがくりと肩を落とした。
「…旦那。もうちょっと免疫付けてくれてもいいんじゃないの?
俺様涙出そうなんだけど。嫁取りどうすんの」
「それはそれで、某の義務だ。やらねばなるまい。
が、それとこれとは話が別だろう」
「……………倒れていい?ねえ、倒れていい?」
顔を覆う佐助は、可愛いお嫁さんがさぁなどと呟いているが
結婚するのは佐助じゃなくて幸村だ。
義務という言葉は引っかからなくもないが、まあ、彼の人生である。
彼の好きなようにすれば良かろう。
がやれやれと首を振っていると、小さく服の裾が引かれる。
それに視線を向けると、そこには面白くなさそうな顔をしたりえが居た。
「で、どっちがかれしなの?そこのおれんじ?それともちゃいろ?」
「…………うん、とりあえず、人を髪の毛の色で言うのはやめようね。
あっちが佐助で、こっちが幸村ね?」
「うん、で。さすけとゆきむらどっちなの?
たぶんおすすめはさすけだとおもうの」
……………どっちと聞く割に、佐助がお勧めなのか、そうか。
とりあえず、どっちがどうとか答える前には
「幸村さんもお勧めだと思うよ。いっつも食事の後片付けも手伝ってくれるし
甘いもの好きだし」
と返しておく。
フォローは大事。
破廉恥破廉恥叫ぶけど。
「…というか、何度も聞いてくれて申し訳ないんだけど
二人ともお姉ちゃんの彼氏とか恋人候補とかそういうんじゃないのよ、りえちゃん」
「じゃあ、なに?」
「………えぇと……」
なんだろう。
言葉に詰まって、は幸村と佐助を見る。
しかし彼らも答えを持ち合わせていないようで、困った表情の二人と目があった。
じゃあ、なに、か。
なんだろう。
一緒に暮らしているけれども、お互いが望んだわけでもなく。
家族というには距離があって、同居人というには距離が近い。
知り合いでも、恋人でもなくて
「………お友達かな」
「だんじょのあいだで、ゆうじょうはせいりつしないものなのよ」
ようやく返した答えは、あっというまに切って捨てられた。
「……りえちゃんは、難しいことを言うのね?」
「このあいだ、ようちえんで一番なかが良いたく君にいわれたの。
だんじょのあいだで、ゆうじょうはせいりつしないんだぜって
わたしはたく君のこと大好きなのに」
「…………現代の子供って、ませてんだね、ちゃん」
「は、破廉恥」
「いや…そういう意図があるかどうかは………」
例えば年頃の男女の間で、そういうやり取りがなされたのならば
そりゃあ遠まわしな愛の告白だろうが。
この年代ならどうだろう。
知った言葉を使いたかっただけかもしれないしなぁと、と思いながら
無意味にはりえの頭を撫でた。
も動揺しているのかもしれない。
しかし、男女の間に友情は成立しない、か。
「そうでもないと思うんだけどなぁ…」
それは必ず、どちらかの間に恋の感情が芽生えるということだろう。
そういうことは、ありえないと思うんだけど。
例えば、幸村と佐助と、自分との間に恋が芽生える。
………無いな。
思っては肩をすくめた。
幸村は破廉恥だし、佐助もそういうものは求めていないだろう。
し、自分だって恋なんて興味も無い。
でもとりあえず、そのたく君とやらがどういう意図を持って
りえちゃんにそう言ったのかは気になると、が考えていたその時
「りえ!!」
向こうの方から金切り声が響いた。
周囲も、そしてたちも思わずぎょっとしてそちらに目をやると
くたびれきった様相の女が、強張った顔つきでこちらを見ていた。
その女を見て、りえがぱっと顔を明るくして、女に駆け寄り飛びつく。
「おかあさん!!」
「りえ、どこ行ってたのよ!」
「え、そこに居たの。で、おかあさんがいなくなっちゃったからね
あっちでおねえちゃんたちに」
「やめなさい」
たちを指差したりえの手を叩き落として
女はこちらを嫌そうな顔で見ると、そそくさと歩き出した。
「あ、え、おかあさん?」
「知らない人についてくなって、お母さん言わなかった?!」
「だって、いっしょにまってくれるって」
「そういうこと言う人には、ついてっちゃ駄目って言ったでしょ!!」
段々と遠ざかる声も、声が大きいせいで全てこちらに筒抜けになる。
周囲の同情の視線を受けながら、は小さく呟く。
「世知辛い世の中」
「な………………なんだ、あの態度は」
そのの呟きに、硬直がとけた幸村が憤慨する。
「仕方ないんですよ、幸村さん。
最近物騒ですからね。親切面して子供をかどわかすような人は、一杯いるんですよ」
「しかし、殿はそうではなかろう!!」
きっぱりと言われた言葉に、は思わずぱちくりと目を瞬かせた。
え、私?
自分を指差して首を傾げると、幸村は大きく頷く。
「某は、殿がどれほど心優しい御仁か分かっておる。
その殿に対してそのような疑いをかけるなど、あの母親は人を見る目がなっておらぬ!」
「…いや、えぇと、あの、その……」
「佐助、お前もそう思うだろう。殿が某達に対して行ってくれておる事を考えれば
某は、殿に足を向けて寝ることなどできぬ。
元は見ず知らずの人間に、それほどの事が出来る方が、かどわかしなどするはずもない」
「いや、それは旦那が…………まぁ、そうだね。ちゃんは何だかんだ言って人良いから。
それが分からないなんて、あのお母さんもかわいそうに」
そう言って、佐助がため息をついた。
いや佐助さん、あなた一旦諭しかけたでしょう。
諭すなら諭しなさいと心の中で突っ込みながら、は躊躇いつつ
「えぇと、私だけじゃなくて、幸村さんも佐助さんもああいう態度をとられて」
「それでも、一番に駆け寄ったのは殿で
りえ殿の相手をしていたのも殿でござろう」
真剣な目で言われてしまって、は叫びだしたいような気分で、掌をぎゅっと握った。
つまりあれだ。
幸村は、が親切を袖にされたのに対して怒っている。
そして佐助も、それに対してはを慰める態度をみせている。
むずがゆい。むずがゆい、とても、むずがゆい。
人に優しくされると、どうしてこんなにむずがゆいのだろう。
それと同時に、そんな良い人じゃないのよと叫んでしまいたい。
ただ、今回のこれに関してばかりは、利己的な理由が見つけられなくて
は黙って俯いた。
自分の他は皆他人で、他の人で、だから自分の思うとおりに事が運ばなくても仕方ないと思うし
優しさに見返りを求めるつもりは毛頭ないのだけれども。
情けは人のためならずといわれるように、
巡ってこういう形で返ってくるのだとしたら、それはそれで十分な見返りでないかと
は思って、横髪をくるりと指に巻きつける。
…物凄く照れくさかった。
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