『本日は快晴です。降水確率ゼロパーセント』
天気予報の流れるテレビを見ながら、それじゃあとは口を開いた。
「それじゃあ、政宗さん、小十郎さん。お留守番よろしくお願いしますね。
………えっと、一緒に来てもいいんですよ?」
朝食を食べた後一服している政宗と小十郎に言うと
彼らは一様に一様に嫌そうな表情を浮かべた。
そんな、あからさまな。
「…甘いもの、食べに行くんだろうが」
「はい」
「断る」
にべもない返答だった。
政宗の心無いそれに傷ついていると、ふと小十郎と目が合う。
「畑がある」
…やはり、にべもない返答だった。
そんなに嫌がらなくてもと思いながら、とたとたと音のしている階下をは伺った。
そろそろあの二人の準備も整いそうなことだし、出発の時間だ。
はちらりと居間の時計に目をやって、
あと一時間ほどで、夜勤、朝番のが帰ってくるのを確認する。
「じゃあ、そのうちが帰ってきますから、
お風呂入れてるっていうのと、ご飯があるのだけ言っておいて下さい。
あ、布団はまだの分は上げないでおいて下さいね」
「分かった」
「伊達さん、もし料理されるんだったら、火には十分注意して下さいね。
片倉さんは、畑仕事されるんだったら、ジャージ一枚はやめて下さい。
寒いですから風邪引きますよ」
「分かった分かった…あんた、本当母親みたいだな」
「あと、呼び方が戻ってるぞ」
「あら」
小十郎に注意されて、は口元を押さえる。
昨日、寝る間際に許可を貰った呼び方も、やはり慣れないせいか
うっかりすると苗字呼びに戻りがちだ。
外に出たら気をつけなければなるまい、と気を引き締めて
はにこりと笑って、二人に手を振る。
「じゃあ、いってきます」
「ああ」
「…いってこい」
頷きや、だるそうに振り返される手に、微笑みながらは階下へと降りた。


「美味いでござる…」
一つ目の目的地であるチョコレート専門店に併設されたカフェにて。
頼んだチョコレートパフェを一口頬張っての幸村の
思わず零れた調子の呟きに、は心の中でガッツポーズをする。
連れて行った先の食べ物に感動されると、無性に勝った気分になる。
惚けた幸村の顔を見ながら、も一口パフェをぱくりと一口。
濃厚なチョコレート味のアイスと、生クリームの相性は抜群だ。
チョコレートは幸せの味。
鼻を抜けてゆくカカオの香りに、もほうっと息をはいた。
「やっぱりここのチョコレートパフェは、美味しい」
「これ、美味いな」
そんなたちの様子を、半ばどうでも良さそうに見ていた佐助でさえも
頼んだホットチョコレートの味に、おっという顔をする。
そうだろうそうだろう。
「美味しいでしょ、ここのチョコレート。
ここで食べちゃうと、市販のが食べられなくなっちゃいますよ」
「そうなのですか、殿」
「市販のはやっぱりべとつく甘さというか、
量産品は量産品、という味なんですよね」
上等なチョコレートというのは、すぅっと溶けて
舌の上に味を残さない。
口の中にあるときには、とろりと舌の上に味をとろけさすというのに。
もう一口、パフェを食べて、こればかりは自分では無理だなと唸っていると
幸村ももう一口食べて、真剣な顔で頷く。
「武具と同じにござるな。流れ作業で作るものよりも
魂を込めたものの輝きと切れ味が違うのは
その対象が変わったところで同じだと」
「…ギリセーフ…」
その危ない発言に、は一瞬で思考を走らせて、セーフ判定を出した。
多分、誰かが話を聞いていても、マニアックな趣味で終わったはず。
周囲をさりげなく探るだが、当の幸村は全く分かっていないようで
そんなの行動に、心底不思議そうな顔をしている。
「どうかなされたか、殿」
「発言の可否を、頭の中で論じておりました」
「………唐突に意味のわかんないこというよね。
頭良い人間ってのはこれだから」
「いえ、今のは佐助さんにも分かったでしょう」
肩をすくめる佐助に突っ込む。
は知っている。
幸村の発言の瞬間、さりげなくこちらの会話に聞き耳を立てているものがいないか
佐助が探っていたのを!
それでもの発言を、唐突だの意味わかんないだの言うのか。
「知ってて無視してるんだよ。旦那の思考が、すぐそっちに結びつくのは諦めて」
「…仕方ないですね」
半眼で佐助を見ると、彼はからさりげなく視線を外し
ホットチョコレートを落ち着いて様子で飲む。
その彼の行動に、本当にいつものことなのだと、もまた
パフェをつついた。
幸村は、本当に頭がいいのか悪いのか良く分からない。
多分、頭が悪いことは無いけど、バカなんだろうと、
切ない考えに行き当たっただったが
ふと見ると、幸村の顔が微かに気落ちしているのに気がついて
想像の正解を確信する。
彼の頭は、悪くない。
「何の話をしているのかは、なんとなく分かり申した。
申し訳ござらん」
悲しげな顔で言う幸村に、は微かに微笑んで首を振った。
「いえ、いいんですよ。過敏になりすぎていただけです」
通り過ぎるばかりの他人の話など、聞き耳を立てていてもすぐに忘れる。
そうまで気にするほどでもなかったと、多少が自分の大げさな行動を反省していると
「いや、以後は気をつけよう。申し訳ござらん」
幸村が時代がかった物言いで、頭を下げる。
それに、ちらりと向いた視線がいくつかあって、はほんの少しだけ、顔を引きつらせた。
「……………多分、あっちよりもこっちですね、うん。
もう言いませんけど」
「は?」
「いえ、なにも。それよりも、パフェ溶けますよ」
言うまい。もう何も言うまい。
通りすがる他人を警戒するあまり、言葉遣いを直させるというのは
あまりにも非道な気がして、は大分表面が溶けて
滑らかになったパフェのアイスを指差した。
それに幸村ははっとして、スプーンを慌てて握りなおす。
「!!ご忠告感謝する!」
「ふっ……」
そうして、がつがつとパフェを食べ始めた幸村に
が小さく笑うと、佐助が頭が痛そうに肩をつついてくる。
「……あのね、ちゃん。お願いだから旦那を掌で扱わないでくれる?ねぇ。
その人、俺の一応上司なんだけど」
「佐助さんに言われたくは……あ」
反論しようとして、佐助の立たせた髪の数本が、茶色く染まっているのを見つけて
はぱちりと瞬きをした。
「珍しい、ついてますよ」
言いながら手を伸ばして、髪についたホットチョコレートを取る。
「あー、悪いね」
「いえいえ」
多分、飲んだときに下に髪の毛が下がってきてしまったのだろう。
紙ナプキンで、指についたチョコレートをふき取って
ふと横を見ると、そこには綺麗にパフェを食べ終えた幸村が居た。
どうやったのかは知らないが、パフェ容器は未使用状態のように綺麗だ。
「…綺麗に食べましたねぇ」
「大変美味でござった」
にぱっという笑顔は可愛らしいが、食べるように促したときには
三分の二はまだ残っていたような気がするのだが。
食べるの早いですねと、オブラートに包んだ言葉を言って
は自分のパフェに向きなおった。
大分、運ばれてきてから時間のたったパフェのアイスクリームは
どろりと溶けかけている。
「………それはそれで美味そうでござるな…」
「はい。これはこれでおつなものです」
羨ましげな視線をかわして、ぱくり。
ぱくり、ぱくり………。
………一口食べても二口食べても、幸村の羨ましそうな目はそらされない。
「う………うぅ…」
気分はさながら、犬を目の前にものを食べている飼い主だった。
美味しい?それ美味しい?と訴えかけている瞳が
つぶらな瞳がを見ている。
食べ辛い。正直食べ辛い。
「…旦那、今度来たときああやって食べればいいじゃない」
段々スプーンを口に運ぶスピードを落とすに、
佐助が見かねて注意したその言葉に、はぴたりとスプーンを止めて
それから幸村と佐助を見る。
考えたのは一瞬で、はそのまま黙って幸村に向かってパフェを押し出した。
「幸村さん、どうぞ」
「え、いや、しかし」
「いいんですよ、甘いもの仲間が食べたそうにしてるんですもの」
「す、すみませぬ」
一旦は遠慮したものの、の言葉にぱっと顔を輝かせて
幸村は自分のスプーンを手に取った。
佐助は申し訳なさそうな顔をしているけれど、は黙って微笑む。
そうそう、好きなだけ食べればいい。
次があるとは限らないし、次はないほうが良いのだから。
いずれ帰る人たちを前に、はいずれ見ることのなくなるだろう光景を黙って見つめた。