「ポトフどうですか?」
「おいしいよ。南蛮の料理?」
「そうです」
食卓に、初めてのせてみた洋食の感想を、恐る恐る聞いてみる。
と、好意的な感想が返ってきて、はほっと胸を撫で下ろした。
癖のないポトフで嫌だと言われたら、本当に和食生活になるところだ。
それは、嫌だ。
平成に生きる日本人たるもの、和食も洋食も中華もエスニックも食べていきたい。
…本当はもう少し徐々に慣らしてゆくつもりだったのだけれど…。
でもが、カレーとかシチューとかいうから…。
本当に気落ちしていたの姿を見ていると、作らないのも可哀想になって
多少ペースを速めたのだが、これならちょっとずつ馴らしていけば
このシーズン中には、カレーもシチューも食べれるようになるだろう。
明日から徐々にね。と、意気込む。
「。これもrecipeくれ」
「いいですよ」
そんな彼女に、政宗がポトフを三口ほど食べて、レシピを強請る。
それを快く了承しただったが、固形ブイヨンはどうやってレシピに表せばいいのだろう。
…考えた末、はブイヨンの作り方を横につけておくことにする。
固形ブイヨンがあれば簡単な料理だが、ブイヨンから作るとなると…
考えたくない。
そこからとなると、時間のある暇な人かプロが作る料理だ。
心の中で政宗に手を合わせながら、ポトフを食べていると
が眉間に皺を寄せてを見て、それから政宗の方を見る。
「っていうか、政宗、あのお姉ちゃんのレシピで分かるの?」
「どういうことだ?」
そのの言葉に、不思議そうな顔をしたのは小十郎だ。
親切そうに見えるが、そんな読めないレシピを渡すとは考えにくかったのだろう。
しかし、それは大きな間違いで
「お姉ちゃんのレシピって、全部材料の分量適当とか煮込み時間適当
小麦粉ならどれぐらいぐらいとかって書いてあるの。グラムとか分じゃないのよ」
「………某、料理は分からぬが、それは、物凄く大雑把ではないだろうか」
「そりゃあもうね」
は頷く。
あれは、絶対親切じゃない。
しかし、料理をする三人組は、そのの意見にうーんと唸る。
「いやでも、結局分量も好みだしねぇ?」
これは佐助。
味付けは人それぞれだし、あんまり細かくかかれても面倒。
小さじ大さじもそんなに拘らない。
というか、普通目分量じゃない?
「食べれば大体分かるだろ」
これは政宗。
人数と、提供される量を見れば、大体使う材料の量も分かるし
食べれば使っている調味料も分かる。
今回みたいに、全く食べたことの無い味は、また別だが。
「ね?」
そうして最後にが頷いて、ね。と料理をする組みで顔を見合わせた。
だって、それで分かるもの。
その言い分に、料理をしない組みは良く分からないながらも
良く分からないので、納得をするしかない。
だって料理作らないし。
「そんなもん、かなぁ」
「…とりあえず、そんなに大したことでもねぇらしいぞ」
「まぁ、人によりますよ、人にね。大体料理番組だって、適当とか適量とかしか言ってないでしょ」
本当は、物凄く大雑把には違いなかったが
料理する二人がそれでまぁべつにと言ってくれたので、
その尻馬に乗って誤魔化そうとする。
「あー確かにね」
のごまかしに頷くだったが、意外なことに反論は政宗からくる。
「ありゃ、初心者にも分かるっていう前提じゃやってねえだろ。
中級者向けじゃねぇか?」
「あれ、伊達さん料理番組見てるんですか?」
「面白えぜ」
「良く見てるよ。畑から帰って来ると、大体テレビの前に座って料理番組とか見てるもん」
それはそれはと思っていただが、それでは、見た料理を試してみたいこともあるだろう。
「あぁ、そうだ。良かったら、台所使ってくれても構いませんよ、伊達さん」
「いいのか?」
「はい。伊達さんの料理も食べてみたいですしね。
使って作ったんだったら、メールの打ち方を教えますから
メールを私の携帯に入れていただけると助かります」
「OK。とびっきりのを食わせてやるよ」
頷く政宗の顔は嬉しそうで、はにっこりしながら
同じく料理をする組である佐助にも、薦めてみる。
「猿飛さんも、よければどうぞ」
「あー俺はね、どっちかっていうと、そんな好んでしてるわけでもないから」
ちらっと、幸村を見ながら佐助。
「…なるほどね」
ちらっと、幸村を見ながら。
「お疲れ様です。今度お酒でも買ってきましょうか?」
「いやいや…あーでもお酒は嬉しいかも」
同情から労うに、労われて嬉しそうな佐助。
そんな二人を見ながら、ポトフを食べていた幸村が箸を止め
じっとりとした目で佐助を見る。
「………某に面白くない話なのは、良く分かるが?」
「そう思うなら、お給金あげてくれると助かるな、旦那」
「断る」
「ちょ、即答…」
苦労人と、背中に貼り付けたような佐助の姿に、
慌てて割って入りながらは、さりげなーく話題をそらす。
「まぁまぁ……あ、忘れるところだった。
あのですね、もうあと二週間ぐらいしたら四十九日の法要をするんですよ。
で、そのときには家の一階でお経を上げてもらう慣わしで
近所の人も来るので、できれば四人とも外に出てもらってもいいですか?
朝のうちに市街地まで送っていきますから」
「それはかまわねぇが」
「じゃ、よろしくお願いします………あと、これ」
頷く小十郎に、保護者役は佐助と二人で頼んだ。と心の中でいらないものを託しながら
は立ち上がって、居間の端の棚から封筒を四つ取り出すと
四人それぞれの前にまっすぐに置く。
「……なんだこれ」
「生活費?とりあえず、私に買ってと言いにくいものもあるでしょうから
そういうものは、そこの中から出して買ってください」
女ではないのだから、生理がどうこうは無いと思うけれど
も男の生活というのが、どういうものかは良く分からないので。
それから、も一応女子であるので、そういうものが欲しいと言われても、多分困る。
しかし、金を受け取るには抵抗があるようで、誰も封筒に手をつけようとはせず
困惑した顔をしているだけだ。
「いや、しかし」
そして、こういうときにいの一番に躊躇いを見せて、
そうして生贄になるのは幸村だった。
躊躇う彼には口元に手を当て首を傾げ
「だって、パンツ破れたから買って欲しいとか、私に言えますか、真田さん」
「ぐっ…は、破廉恥でござるぞ殿!!」
「破廉恥かどうかは置いておいて。
言いにくいでしょ?躊躇い無く言えるといわれても、それはそれで嫌ですけど」
「いやぁ、まぁ…そこら辺を言われると、確かにそうなんだけど…」
それでも躊躇う佐助に、今度はが箸をおいて、難しい顔をして、封筒を見た。
「でもさ、電車乗るのもタクシー乗るのも電話かけるのもお金いるじゃん。
万が一市街地に一緒にいってはぐれたときに、電話もかけらんないよ、お金ないと。
だから、持っててくれたほうが、お姉ちゃん的には安心、そうでしょ?」
「うん。そう」
こくんっと、頷くと、また暫く沈黙があった。
さすがに、現金を受け取るのは躊躇いがあるのだろうが
それが物で供給されるかそうでないかの違いで、
彼らの生活費と言うのは、姉妹から出ていることには変わりは無いのだ。が。
お金を受け取れないのは、健全な証拠。
逆に、すぐに懐にしまいこまれたら、逆にどうしたものかと思っていただろうと
じっと黙って待つ。
「…分かった、これは預かっておく」
それでも、やがて折れた彼らが、封筒を受け取ったときには
はやはりほっとした。
ある程度の現金は、一応持っておいてもらいたい。
なにかがあってからでは遅いのだ。
すっかり冷めかけているポトフを食べてしまおうと、
口に入れると、が唐突に、がさっと新聞をとって広げた。
「、行儀が悪い」
「いや、新番組今日からだったかなーと思って。
あのさ、あたしドラマみたいから誰か先入って」
……この子は、新番組チェックが本当に好きだ。
やがて見もしなくなるくせに、ドラマでもバラエティでも
新しく始まったときには、必ずチェックを欠かさない。
こういうのも趣味って言うのかしらねと思っていると
幸村がのほうを見て、一番風呂を勧める。
「では殿」
「私も、ちょっと調べ物がしたいので。お先にどうぞ?」
ただ、たまには一番風呂を入らせてやるのも良かろうと
居れば、常に一番に入るが入らない今日ぐらいは、とはやんわり断る。
すると小十郎が他三人を見て
「誰が最初に入るんだ?」
「某は後で良いでござる」
「俺もあとで良い」
幸村、小十郎が断ったところで
「じゃあ、俺が入る」
政宗が遠慮なく自分が入ると宣言した。
「独眼竜の旦那、遠慮が無いね」
はなから一回遠慮しておこうかという気も無い彼の姿に、
佐助が力なく笑うのも気にせず、政宗は食べ終わったらしく
すくっと立ち上がった。
「上がったら声かけるぜ?」
「はい、よろしくお願いします」
一番風呂が嬉しいらしく、機嫌よく歩いていく姿に
たまには一番風呂を譲らせようと思っていると、
佐助も食べ終わったらしく立ち上がる。
「…あ、布団敷いとくね」
「あら、いつもすいません」
「いいや、いいんだって」
笑いながら去っていく佐助。
「小十郎さん、今日寒いから庭の方にシートひきに行くけど」
「霜対策か、ついていく」
かと思えば、と小十郎が連れ立って、庭の方へと向かい
「殿、これは流しに運んでおいた方がよいでござるか?」
「あ、はい。大きいものから下にひいて、
小さいものを順番に重ねていってくださいね」
「おお。そのようにすれば、効率的でござるな」
最後には幸村が、残った大皿の片づけを手伝ってくれる。
慣れない手つきであるのは、彼がお殿様だからだろう。
それでも、手伝ってくれるのは何もしないことに引け目を感じるからなのだろうけどと
風呂を入れたり布団を上げ下げしたり、
雑用をあれこれやってくれる客人たちの姿を思い浮かべて
「なんだか、いつかであっという間に」
…家の中に馴染んでしまったような。
最後のご飯をぱくっと食べて、は天井を見上げて、やれやれと箸を置いた。
同居生活、最初はどうなることかと思ったけれど…
なんとかどうにかなりそうですね。
嵐の起こる気配がしないのにほっとしながら、はふぅっと安堵の息をはいた。
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