朝、おもむろに起き上がっては「…あ、プリンが食べたい」と呟いた。
プリンが食べたい、猛烈に食べたい。
これはもうプリンを作るしかあるまい。
枕もとの携帯電話を見ると、午前五時。
いつもの起床時間よりも、一時間早い。
なるほど、プリンを作れとの神の思し召しか。
すべてをプリンで解釈して、は立ち上がり部屋の中を見ると
佐助が窓から外を見ている。
も外を見ると、竹林の陰に隠れて、幸村が鍛錬をしていた。
なるほど。
一応危険が無いか見てるけど、一緒に鍛錬するのは嫌だ。
そういう状況か。
どうしようかなぁと思ってると、「何か用?」とこちらに目を向けないまま
佐助に話しかけられる。
横にも目があるわけだ、さすが忍び。と、いらぬ感心をしながら
はもう一度時計に目を落とした。
…やっぱり五時。何度見ても五時。
五時ならプリンが作れる。プリンが食べたい。
「猿飛さん猿飛さん、私プリンが食べたいので、もうご飯作ります」
「え、なに、ぷりんって……甘いものか」
「良く分かりましたね」
聞きながら自分で答えるという、一人上手さを見せ付けて佐助が自己解決した。
答えさせてくれてもと思いながら、はそれに感心する。
「まあ、そりゃあね」
が、そのそりゃあね、のあきれ果てた調子に思わず苦笑いを浮かべた。
そんな物凄い声出さなくったって。
しかし、そこでめげていても仕方が無いので、
材料あったかなぁと思い浮かべて、あーと肩を落とす。
生クリームが無い。
が知っているレシピでは、やわらかプリンを作るのには生クリームは必要不可欠だ。
…やわらかプリンが作れない。
「どうしたの」、
「いや、生クリームが無いから、固いのしか作れないなと思って」
「固いのとか、柔らかいのとかあるの?」
「はい。柔らか派と固め派の争いというのは、永遠に解決を見ない問題なのです」
「なるほどね。柔らか派なんだ」
「一応。でもプリンはプリンですから」
固いプリンも、別に嫌いじゃない。
まあ良いかと頭を手櫛で梳かしていると、ふぅんと佐助が呟く。
「なるほどねー。あんこの粒あん派とこしあん派みたいなもんか」
「ですです。ちなみにどちらで?」
それこそ、永遠に決着のつかない争いである。
プリン固い派と柔らか派はまだ妥協点を見つけられても、
粒あんこしあんの戦いに妥協は無い。
永遠の輪廻。輪舞。
連綿と続く戦いの嵐を生む派閥のどちらにつくのか問いかけると
佐助はあっさりと
「こしあん」
「…握手しましょう」
粒あん派だったらどうしようかと思ったは、熱烈なこしあん派だ。
なに、粒あんとか。
意味が分からない。
だって皮が入っててしかも歯に挟まったりする。最悪。
なめらかじゃないし。
あんこは断然こしあんがいい。
手を差し出したの顔を見て、佐助は理解したようで
がっちりと両者は握手を交わす。
「こしあん派か、よろしく。ちなみに旦那は粒あん派だから」
「!!信じられない…裏切られた気分です。あんな皮のはいったあんこ、何が美味しいのか分かりません」
「だよな!!旦那に言っても全然理解してもらえないんだよ。
いやぁ、ちゃんは話が分かる」
「ですよね。あ、小十郎さん、粒あん派ですか、こしあん派ですか?」
「……粒あんだが…」
「………信じられません」
トイレかどこかに行っていたらしい小十郎が寝室に戻ってきたので
おもむろに問いかけると、彼はえっという表情を浮かべたが、律儀に答えてくれる。
いい人だ。
いい人だが粒あん派か。
無いな。
いい人なのに。
は佐助と一緒にえぇーという表情を浮かべて、手で線引きをする。
繰り返すが、はこしあん派だ。
そしてそのの行動に、小十郎はショックを受けた様子だった。
「……そんな顔するほどのもんでもねぇだろうが。
大体どちらかといえばの話で、甘いもん自体好きじゃねぇ」
「………まあ、それなら……ところで朝ご飯作りますけど」
甘い物自体が好きでないなら、まあそれはそれで仕方が無いと置いておくとして。
とりあえずは、監視その2である小十郎にも声をかける。
監視される方が、監視する方を誘う状況ってなんだろう。
そんなの疑問を余所に、小十郎はおいおいという顔をする。
「そっちが主題だろう、どう考えても」
小十郎は、呆れる、慌てる、嫌がるの三種類ぐらいしか表情を見たことが無い。
が彼の苦労っぷりと常識人っぷりを可哀想に思っていると
いつもなら、即座に台所に歩き出す小十郎と佐助が動こうとしない。
はて、と思っていると、小十郎が佐助へ問いかける。
「……おい、猿飛。お前まだ監視するつもりか?」
「いやぁ、実は正直、そろそろいいかなぁと思ってたところ。
右目の旦那が台所についてくんなら、俺様もついてかないといけないけど?」
「俺もそうだ」
「ふぅん?」
腹の探り合いをするような、二人の対峙に手持ち無沙汰を感じながら
がぼんやり立っていると、佐助が
「ってことだから、今日から一人で作っていいよ、ちゃん」
「あ、そうですか?」
「嬉しそうだね」
「………そんなことないですよ?」
否定はしたものの、嬉しい。
何が嬉しいって、監視が解かれたことより何より
台所から大の男二人が消えてくれたのが嬉しい。
料理作るのに、邪魔。
冷蔵庫のものを取るにもいちいち声をかけて、
調味料入れるにも、確認してもらわないといけないし。
あぁ、これで手早く作れる!
と、みもふたもないことを考えて、はそれじゃあ作ってきますねと
足取り軽く台所へと向かうのだった。




「じゃあ、今日はかきとりドリルから始めましょう」
夜になって、会社から帰ってからはお勉強タイム。
に買ってきてもらったかきとりドリルを、
四人の前に広げて、は学習時間を宣言する。
「なんで今更書き取り…」
「だって皆、カタカナとか英数字とかローマ字とか分からないじゃないですか」
ぼやく政宗に返すと、幸村がくそ真面目な顔をしての言葉に頷く。
「確かに分からんでござる。見たこともありませぬからな」
「真面目に頷かないで。覚えてくださいね。覚えて損は無い…ですよ
いずれそれを使って専門書を読んで、それを向こうに持って帰れば」
「何でそんな手順があるんだ」
「だって、そちらで発達するローマ字と、こっちのローマ字が一致する確立が
どれぐらいなのか私には分かりませんので」
「小難しく考える…」
小十郎のぼやきは聞かない。
小難しく考えるのが、なのだ。
直線の道を示して欲しいなら、へどうぞ。
すましながら、はとんっと自分の暇つぶし用の
クロスワードパズル雑誌を机でそろえた。
「まぁ、これが終わったらプリンがありますから」
「!!某、力の限り取り組ませていただく!」
「………真田さんは良い子ですね、粒あん派ですけど」
「そうなんだよね、粒あん派だけど」
言いながら、幸村と佐助が、ドリルに取り組み始める。
「……なんだそりゃ。どっちでもいいだろ」
「いや、良くわかんない戦いがあるらしいのよ。良くわかんないけど」
「分からなくていいだろ」
「確かに」
と短く会話を交わして、続いて政宗と小十郎。
それなりにすらすらと進んでいる様子を見ながら
このペースがいつまで保てるかと、はパズルを考えるふりをして
横髪を指に巻きつけた。
とりあえず、小学校レベルまでは、このペースで進んでもらいたいものだ。