「それでは、この資料をご覧ください」
食卓を囲む面々に、プリントアウトして、ホッチキス止めをした資料を配布し
は説明を開始する。
一昨日知った、過去と未来がイコールで無いという、並行世界としか考えられない事実。
それを説明するのに、口頭だけで説明したところで信じまい。
そう考えて昨日の夜用意した資料も、武将達が読めなければ意味が無かったが
彼らは、問題なく読めているようなので、は話を先に進める。
「お手元の資料一枚目が、この度皆様から頂いた証言です。
間違いございませんか?」
「…間違いは、無いが…」
幸村の主は武田信玄、や、政宗たちが前田との戦の最中だったことなどを書いた資料に
意図が分からないという様子を見せた政宗を無視して、は資料を一枚めくる。
さて、ここからが難関だ。
紙のめくれる、ぺらりという軽い音に緊張を覚えながら、は乾く口を開く。
「…では、続いて二枚目の資料ご覧下さい」
「…………なんだ、こりゃあ」
「インターネットと呼ばれる…情報閲覧の道具で見つけてきた
この世界の伊達政宗の肖像画です」
二枚目に載せたのは、一番分かりやすいと思った政宗の肖像画。
真ん中に大きく印刷した肖像画と、その下にやはり大きく載せた伊達政宗肖像画という文字に
凍りつく一同に、は淡々と、説明を続ける。
その説明に、政宗は資料を投げ捨て、がたんっと音を立てて立ち上がった。
「なっこんなの俺じゃねぇ!」
「分かっています」
「…………どういうことだ」
そんな政宗に、分かっていると手で落ち着くように促せば
小十郎が眉間に皺を寄せてこちらを見る。
それにぺらりぺらりと、紙をめくり、
は順番に、降ってきた来訪者達と目を合わせていった。
大丈夫、分かってる。あなた達は、嘘をついてはいない。
「説明しますので、以降、三枚目、四枚目、五枚目の資料ご覧下さい。
真田さん、猿飛さん、片倉さんについての、この世界での資料です」
その言葉に、三人は揃って紙をめくり、揃って渋面を作った。
「……………」
「……某は、信繁という名だったことは、一度もござらん」
「……創作上、ねぇ」
これで、「この世界」と自分たちが異なるものだと認識させることは出来た。
明らかに違和感、ずれを感じている四人の表情に
ここまでは計算通りと、は心の中だけで笑う。
顔に出してはいけない。
別にこれは商談でもなんでもないけれども、話し合いをスムーズに進めるためには
相手を自分のペースに引き込む事が肝要だ。
そうして、が出したい結論に、四人を持っていく事が
今回の目的なのだから、さあ、次へ。
は、また、一枚資料のページをめくる。
「……では、続きまして六枚目の資料をご覧下さい。
これには、並行世界という概念の説明が載っています」
「並行、世界」
「良く似た別の世界のことです。例えば今日は豚のしょうが焼きを食べましたが
…良く似た別の世界では、今日は我々はサトイモの煮っ転がしを食べたかもしれない。
ゲームの腕前が一番劣るのはでしたけど、
良く似た別の世界では、それは私である可能性もあるし、真田さんたちであった可能性もある。
そういう、ここじゃない、別の可能性を持った、近くて遠い世界のことです」
並行世界と、誰とも無く、呟く声がした。
言いたいことは分かったのだろう。
混乱していた表情を、困惑に変えて。
政宗がまず、口を開く。
「…………要するに、あれか。
俺達の世界の続きはここじゃない。ここは、俺達が居た場所の未来じゃないし
ここの過去も、俺達のいた場所じゃない。そういうことだな」
「そういうことですね」
「……………Shit」
頷くと、政宗は舌打ちした。
それは、そうだろう。
続いている世界ならまだしも、違う世界といわれると
途端に放り出された迷子のような気持ちになる。
ようやっと落ち着いてきたのに、また暗闇の中を手探りで歩かされているような、不安。
一昨日にが味わったそれの、何倍もの不安を感じているであろう彼らに
なりの結論を言おうと、口を開きかけたそのとき
「……え、でもさぁ」
「ん?」
きょとん、とした顔でを見る。
「でもそれって、今までと何の変わりがあるの?」
「Ah?」
「何の変わりって、お前」
「だってそうでしょ?五百年先の未来も、五百年先の未来に良く似た世界も
そんなに変わらないじゃない。遠いことに変わりないでしょ」
「それは、ね」
「でしょ?」
当たり前の顔で、当たり前のことを言うように、は首をかしげている。
どうして、この人たちはそんなに深刻そうな顔をしているの?と、言わんばかりの表情で。
その表情に、心が落ち着いたのか、大分冷静さを取り戻した様子の四人に
が少し顔を傾けて、それから天井を見て、指差す。
「大体、そんなになったところで、帰る方法が、いまんとこ化け物しかないのも、全然変わらないじゃん。
あたし達も、あんた達も、あそこからまた化け物が出てくるのを期待して待ってるしかないのよ、結局」
「………確かに」
幸村が、神妙な顔で、の言葉に頷いた。
そう、そうなのだ。
結局が落としたかった落としどころはまさにそこで、
化け物頼りなのには全く変わりなく、今までと違うところなど
何一つとしてないというところが言いたかったわけで。
並行世界という言葉に惑わされ、が二日考えて出した結論へ
ごく当たり前に一瞬で到達したに、はぱちぱちと拍手を送る。
「さすがちゃん」
「えへ」
照れ笑いするは、少し恥ずかしげに頭をかいた。
みると、誰も皆、それもそうだと納得したらしく、冷静な顔つきになっていた。
それを確認してから、はぱんっと、一つ手を打って視線を集める。
「で、ですね。世界が違う。この事実は事実なわけですが
が今言ったとおり、帰還の望みについては全く変わらない。
これもまた事実です」
言い終えて、はあらかじめ自分の横においていた
ビニール袋に入った荷物を食卓の上に置き、その中身を机の上に並べてやる。
袋の中身は、国語算数理科社会の教本に、それからついでに書き方ドリルと、絵本。
「で、私もちょっと色々と考えてみたんですけど
とりあえず、皆さんには色々勉強していただきたいなぁと」
「勉強」
目を瞬かせながら繰り返す佐助に、はこっくりと頷いた。
「そう、一般常識とか、普通の人は知っている学問ぐらいはね。
何でかっていうと、それぐらい知っておいてもらわないと、
私とが死んだとき困るからです」
「おいおい、随分とまた話が飛ぶな」
の言葉に呆れたように言う政宗に、は本当にそうですか?と
並べた本たちを纏めて、またビニール袋の中に入れながら、問いかける。
これは、避けては通れない問題だ。
が居るから初めて、戦国武将たちは現代で生活できている。
その居るという前提が崩れ去ったときのことぐらい
本当に面倒を見る気で居るならば、考慮しておくべきだ。
二日間隙間隙間で考えて、色々と結論は出た。
例えば、並行世界といえども、帰る手段は変わらないこと。
例えば、面倒を見るといったのだから、最後まできちんと見れるようにしておくこと。
一つ目は納得させられた。
じゃあ、今度は二つ目を。
たちが、例えば明日死んでしまっても、
並行世界からの客人たちが暮らしてゆけるような土台作りに
客人たちの協力は不可欠だ。
彼らにも努力してもらえるよう、納得はしてもらわなければ困る。
「例えば、具体的に言えば、私との両親も、交通事故で突然に帰らぬ人となりました。
殺傷事件に巻き込まれる確立は馬鹿みたいに低く、
戦に巻き込まれて死ぬことは無いにしろ、
そういった、不慮の事故で命を落とすことというのは、十二分に考えられることです」
………ただし、納得させるための説明のうち、は、一つ嘘をついている。
殺傷事件に巻き込まれて死ぬ確立は、馬鹿みたいに低いけれど
その低い確率に当たったのが、の両親だ。
しかし、同時に事故でもある。
ま、この辺りは、話がややこしくなるから
またおいおいにと自分の中でぼやかして、は話を前に進める。
「そりゃあ、私たちが生きている間は、何が起こっても、なんとか出来ますよ?
ただ、死んだ後はどうしようもありません。
だって死んでいるんですもの。
そうしたら、当たり前ですけど生活収入もなくなるし
電気水ガス全て止められます。
お金を残すにも保険金の受取人に、あなた方指定できるか分からないし。
…でですね、私としましては、いつ現れるか分からない化け物を待つのであれば
皆様方には、もし私たちが死んでもここで生活して
化け物を待てるように、今言った諸々が分かって、生活収入が稼げるぐらい程度には、
一般知識ぐらいは身につけていただきたい。
そういう万全の備えをもって、事に当たってゆきたい。
私は、そういう考えなわけです」
お分かりいただけました?と首を傾げて、それからはとんとんっと机を叩く。
そう、勉強させて、それで暮らしていけるようにはする。
するのだけれど、勿論死んだ後もと考えるならば、他にも問題は山済みなのだ。
言うかどうしようか迷いながら、しかし、勉強していけばそのうち当たる問題なのだからと
先に話しておく事にして、はまぁ、と話を続ける。
「…まあ、色々と他にも問題はあるんですけど、
私たちが死んだら、この家は誰に渡るんだとかそういう。
その辺は、調べてどうにか残せる手段が無いか、検討しておきますので」
「検討って、遺言状残したり?」
の言葉に、は首を横に振る。
「さっきも言ったけれど、遺言状残して家を残すにしても
相続の手続きで多分戸籍が居ると思うのよね。
だから、架空の会社起こして、この家の所有権とかその会社の法人名義にして
そこから賃貸って形にしたらどうにかならないかなぁとか、考えてみたんだけど
こればっかりは法律調べてみないとわからないな」
そうなのだ。
この辺りがクリアされないと、死んだ後の事が全面的に解決されない。
化け物が「ここ」に現れる固定条件を持っているのか、どうなのか
その辺りが解決されないのならば、「ここ」を離れさせて生活させるのは
武将達の帰還のためにはならないだろう。
戸籍がネックになるこの辺りは、近日中にどうにかしておきたいと、
が解決目標日数でも定めようかと考えていると
佐助が机に肘をついて、なんだか疲れた表情をしながら大きく息を吐く。
「………良く思いつくね、そんなこと。どういう育ち方すると、そういう風になるのかなぁ」
「褒めてないですね?」
なーんでそんなこと考えちゃうかなぁと言いたげな彼の様子に、
は横髪をくるりと指に巻きつけた。
どういう育ち方って、育児放棄されて、先々の、それも最悪な事態の予想を立てながら
その回避方法を探して生きたら?
しかし、必要も無いのに、しかもこんな場でそんなことを言うつもりは無い。
指に巻きつけた髪を放して、指を握ると、ふと、小十郎と目が合った。
彼は佐助と違って神妙な顔をしながら、に向かって頭を下げる。
「…悪いな、そこまでしてもらって」
その行動に、ぐっとは言葉を詰まらせた。
やめて欲しい、人を、優しい人みたいにいうのは。
そういう扱い方をされるのは、苦手だ。
は視線を机に落とすと、小十郎の顔を見ないようにするが
閉じようと思うよりも先に、口が勝手に、言い訳めいた言葉を吐き出す。
「………いや………なんていうか、拾ったものに対して面倒見るのは当然というか…
無責任な事をしないのは、まあ、子供の情操教育上当然というか」
「素直に、いえ…ぐらいですませとけよ、そこは」
この家のどこに子供が居るんだといわれて、思わずを見るが
彼女は無論、成人女性である。
分からないことも無いがという顔をした政宗に、がえぇとと唸りながら
「お姉ちゃんはその………………ツンデレなのよ」
「つんでれ?」
…とんでもない発言をした。
多分、彼女なりに考えての発言なのだ。フォローしようと思っての、発言なのだ。
でも、お姉ちゃんはちゃんの思考回路が、どこに繋がっているのか良く分からない。
妹との隔たりを感じて、は食卓の上に突っ伏した。
の、どこが、ツンデレだというのだ。
デレはあるが、ツンは………
あ、あなたのためなんかじゃないんだから!!
テンプレ的台詞を脳内で再生して、は自分の発言に当てはめて、死にたくなった。
言ってる。
意味的に同じことを言っている。
いやでもしかし、ツンじゃない。
のあれは、断じてツンデレのツンじゃない。
しかし、の葛藤を余所に、政宗どころか全員に
なんだそりゃあと言いたげな顔をされた
一生懸命にツンデレの説明を試みる。
「こう、つんつんしてるけど、でれっとしてるっていうか
だからつんでれ、みたいな」
「良く分からん。…言葉がじゃない。お前の説明が、良く分からねぇ」
え、言葉が?と言いたげな顔をしたの思考を読んで
小十郎が首を振る。
そうね、その説明じゃ全然わからないですよね。
思いながら全く説明する気の無いは、場の混乱を余所にそっぽを向いていたが
の良く分からないながらも懸命な説明を聞いていた政宗が最終的に
「…………要するに、素直じゃない人間のことってことか?」
奇跡的に答えにたどり着き、がぱんっと手を打ってそれを祝福する。
「そう、それ!さすが政宗、信じてた!」
「信じられたくねぇよ!お前その説明能力の無さどうにかしろ!」
「無理!」
「即答すんな!」
仲の良い事。
すっかり気のあった様子の二人に、はため息をついて食卓から身を起こし
乱れた髪を手櫛で整える。
さてさて。
話はすっかりそれてしまったけれど、これで説明したかったことはおしまい。
場を締めるために、ぱんぱんっとは二回手を鳴らす。
「さ、じゃあ今日言いたかったことはこれでおしまいです。
明日から言ったとおり、皆さんにちょっとづつ勉強をして頂くということで。
……何か質問、異論のある方」
ふるふると、首が振られる。
それには、じゃあ終わりです。お疲れさまでしたと
にっこり微笑み場を締めたのだった。