「ところで、小十郎さんは土はどういう風な配合にしてるの?」
それじゃあ、畑に植える種とか苗とか買いに行こうか!
という話になって来た、ホームセンターの畑・園芸コーナーの一角
肥料の前にしゃがみこみながら言ったに、小十郎が首を傾げた。
「土?」
「あれ、土こだわってないの?」
「ああ。特にはな」
「肥料も?」
「そっちも、その時々だな」
というか、そこまで強く拘れる環境ではなかったというのもある。
こんな風に、肥料がいつでも買えるような、そういう環境ではないのだ
あの時代というのは。
農民達も、こんな環境なら、一揆も起こさねぇんだろうがな。
北端で起こった少女が主導者の一揆を、小十郎が思い出していると
が感心した顔で数度頷き、小十郎をやや、尊敬の眼差しで見た。
「へーそれでそんなに美味しい野菜が出来るんだ。小十郎さんは緑の指なんだね」
「緑の指?」
「植物を上手く育てれる人のこと」
「Ah-。そりゃ、ぴったりだな」
「ありがたいお言葉です」
の言葉に、政宗が頷く。
小十郎の畑の植物というのは、雑草までもがいきいきとしていて
政宗などは、見るたびに感心を覚えるものだ。
あぁいうのが、緑の指か。
言いえて妙な言い回しだと、城の人間にも広めてやろうと
政宗が幾度も頷いていると、小十郎が少し照れくさそうな表情を浮かべた。
それをにこにことした顔で見ていただったが、
ぽんっと肥料を叩いて
「じゃあさ、とりあえずあたしのお勧めでいい?
っていうか、それなら家にあるんだけど」
「ああ。それで頼む」
「じゃ、それで。まあ、何を育てるかにもよって
配合変えたりしないといけないと思うんだけど。何植える?」
「今だと、ネギは葉ネギだな」
考えながら言った小十郎に、はえぇっと声を上げる。
「ネギ、ネギなの?しかも葉ネギって、根っこ植えるだけじゃん。
まあ、今の時期植える野菜もそんなにないけど」
「そうなのか?」
植えれるって言うと、ちょっと早めの種まきになるからなぁと
難しい顔をしてしまうに、政宗が問いかけた。
それに、と小十郎は二人して政宗に答える。
「まあ、休耕時期っていうか」
「寒い時期には、植物も育たぬものです」
「そりゃ知ってるが。これだけ色々あるんだ。
それぐらい出来てるのかと思ったんだよ」
「ないない。それはさすがに」
そんな自然の摂理に逆らうようなことは…ハウス栽培でもなければ出来ないが
ハウス栽培の説明が上手く出来ないので
は現代においても、自然には無理だという説明を政宗にしてやった。
なんだか、現代が魔法使いのような印象を政宗は…というか
小十郎も抱いているようだった。
とりあえず、ネギは家のネギの根っこを植えることにして
あとは早めだが、ほうれん草の種を買い、今回の買い物は終了。
一路帰路につき、あっというまに家に帰って玄関を開けると
ぱたぱたと駆ける音とともに、姉が玄関口に現れた。
「お帰り。買ってきてくれた?」
「はい、どうぞお受け取りくださいませ」
「はいはい。ありがとね」
「どもども」
買ってきた本を姉に渡していると、がの後ろの
政宗と小十郎を覗き込んで、視線だけで部屋を示し喋りかける。
「あ、伊達さん、片倉さん。お部屋の掃除は済ませてありますから」
「Thanks」
「すまないな」
「あ、小十郎さん、畑行く前にジャージに着替えてきて。
あたしも着換えてくる。あのね、山側じゃない方」
「分かった」
「あら。畑で何かするの?」
優しい顔で笑うに、は自室へと戻ってゆく背を見ながら
こくんっと素直に首を縦に振る。
「小十郎さん、畑いじりが趣味なんだって」
「あらら。良かったわね」
「うん。同じ趣味の人っていいよね」
園芸が趣味の人なんて、近くに滅多に居なかったから(居てもとても歳が離れている)
とても嬉しい。
素直な気持ちを伝えると、姉は自分ごとのように嬉しそうな顔をして
の頭をなでる。
「うん、そうね。遅くなると冷えるから。格好には気をつけなさい。
片倉さんにも言っておいて。お姉ちゃんはこれからご飯の支度するから」
「はーい。今日ご飯何?」
「ぶり大根と、ご飯とお味噌汁と山芋あげたの」
「和食」
「あの人たちが、現代に慣れるまでは和食です」
昨日も、今朝も和食だった。
抗議の目で姉を見ると、どうしようもないでしょという顔で返された。
その絶望に、はの身体に縋りついて、大仰な呻き声を上げる。
「おおおお、なんたる…」
洋食、中華、エスニック!!
「我慢なさい。徐々に慣らしていくから」
「カレーとかーシチューとかーこの時期美味しいよ?」
「そうね。グラタンとかも美味しいわね。でも作りません」
「おおおおおおおおお…」
冬場にカレーもシチューも食べられないなんて。
しかもグラタンとか忘れてたのに、言われるとものすっごく食べたい。
思わず床に手をつきそうになっていると、は仕様のないという顔をして
一つため息を零す。
「………和っぽいのでいいなら、考えとく」
困った子ねぇと、言いたいような表情で
二階への階段を上がってゆくの後姿に、はたはぁと笑いを漏らした。
今のは、ひょっとしてひょっとしなくても、ものすごーく甘やかされている。
嬉しいような恥ずかしいような。
ももう二十を超えているのだから、そんなに甘やかさなくったって。
「お姉ちゃんってば優しいっていうか、甘い」
床にごろんごろん転がりたいような、気恥ずかしい気持ちを味わっていると
小十郎が自室から出てきて、ジャージ姿でを訝しげに見た。
「着替えてくるんじゃなかったのか」
「あ、小十郎さん。……その格好寒いよ」
「そうでもねぇだろ」
着換えなきゃと思うよりも先に、は小十郎の格好に突っ込んだ。
なにしろ、小十郎はジャージの上に何も羽織っていない。
しかも寒くないのかといえば、ごく平然とした表情で、彼は寒くないと首を振る。
えー。と思っていただが、ふと閃いた考えがあって、ぽんっと手を打った。
「あー着物の人だからだ、そうだ」
「は?」
そうそう。
彼は着物の人なのだった。
あんな薄い布っきれで過ごしていた彼らは、寒さにも強いに違いない。
しかし、この格好で外に出したのを見つかった場合
確実に姉には怒られる。
(ちゃん?保険証ないのに、風邪引かすようなことしてどうするの?)
にこやかな笑顔で、目だけ笑っていない、底冷えするような声の姉の幻覚を見て
ぶるりと震えたは、それはいかんと首を振った。
なんとしてでも小十郎に、上着を着ていただかなければ!
「小十郎さん、お姉ちゃんに怒られるから、上着てよ」
「上ってなんだ」
「上って、ジャケット」
どうも上という言い方が分からなかったらしい彼に
答えを返しただったが、ふと彼の持っているというか、買ってやったジャケットは
結構良い感じの、間違っても畑仕事に使っちゃいけないものなのを思い出して
あちゃあと顔をしかめる。
「………あー良いの着てたんだ。
汚れても良いのもってくるから。ついでに着換えてくるから待ってて」
近所のおっちゃんにいらないからと、貰った作業着があったはずだと
記憶を探りながら、は急いで二階に上がり、自室で速攻で着替える。
そしてこれまた速攻で、冬眠していた貰った作業着を探り当て、
ついでにネギの根っこを貰って
一階へと速攻で降りて、大人しく待っていた小十郎へ、はいっと作業着を手渡した。
「はいこれ。上着て」
大人しく、小十郎が作業着を羽織る。
それを確認してから、は玄関を開けて外に出た。
駐車場スペースと、竹林の迫る場所を抜け、玄関の右手側に庭はある。
ぽっかりと開いたスペースの半分には、プリムラやノースポールなどの花が咲き誇り
そこから少し間を置いて、テントが立っている。
「あっちのテントに、鍬とか鋤とか入ってるのね。
で、ここ畑」
「広いな」
「まあ、田舎だもの」
は肩をすくめた。
謙遜ではない。
確かに家の敷地は広いけれど、家自体はそんなに広くないのだし。
大体この家は、畑を一緒くたにつけているようなものだから、
広く見えるだけだ。
他の家なんか、畑と田んぼを二面づつ持っていたりして
合計面積で行くと、たちの家の比じゃない。
とりあえず、植えようよと声をかけ、と小十郎は、ネギの根を植え
ほうれん草の種をまいた。
元々、耕している土地であったので、そんなに時間も手間もかからず
作業自体はあっという間に終わる。
「よく育つといいねぇ」
「そうだな」
肥料と、水をやって、小十郎ににっこりと笑いかけると、彼も微かに微笑みかえした。
土を払って、家に入ると、上からが顔を覗かせる。
「おかえりなさい。良い様に出来た?」
「うん」
「じゃあ、手、洗ってきたら、ご飯にしましょうか」
「はぁい」
穏やかに微笑むの姿。
鼻をくすぐる美味しそうな夕食の匂い。
幸せだなぁと思いながら、は靴を脱いで家に上がった。
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