「政宗君、小十郎さん、これが街です!」
「Oh…すげぇな、こりゃ」
少し時を戻って。
市営駐車場に車を止めたは、車を降りた政宗たちに
片手で街を指し示して見せた。
駅前、一番の街中心部であるその手の先には
高層ビルなどの、巨大な建造物が立ち並び
戦国時代の人間である政宗や小十郎は呆気に取られるしかなかった。
あまりにも、街並みが違いすぎる。
自分たちが知っている、木や漆喰とも違うそれで出来ているらしい
使われている材質すらも違う建物を見ていると、
が面白そうに、にこりと笑う。
「そうでしょそうでしょ。ちなみにあっちが駅前で、こっちが商店街ね」
「あのでっかいのは何だ?」
「あれはねー街頭ビジョン………街頭…びじょん…せつめい…」
政宗が指差したのは街頭ビジョン。
くるくると映像の移り変わるそれを、興味深そうに見ている政宗に
説明しようとして、は速攻で心を折った。
無理。出来ない。
こういうのはお姉ちゃんの領分だから。
即決三秒で、説明するのを諦めたは
きりっとした顔をして政宗に向き直り、きっぱりと言う。
「ていうか、説明しづらい!近くで見たほうが早いよ!」
「よし、行くか」
「お待ちくだされ政宗様、そしてお前も待て」
速攻。速攻。速攻。
が諦めるのも早かったが、政宗の決断も早かった。
そして小十郎が止めるのも早かった。
ノリ良く、無茶をしがちな主を持つと、反射神経が磨かれる。
そういうことだ。悲しいながら。
「なんだ小十郎」
「なんだではありませぬ。見も知らぬ場所でそのようにふらふらなさって」
くるっと振り返って言う政宗に、苦言を小十郎が返すと
政宗はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「固いこと言うなよ小十郎」
「政宗様。立場をお考え下さいませ」
「あー」
こう言われてしまえば、政宗に反論する術は無い。
いくらここが五百年後の世で、暗殺の危険性はないといっても
五百年後だからこそ起こり得る危険性に対して、政宗は無知だからだ。
政宗、撃沈。
それをがわー怒られてると、他人事に見ていると
意外なことに、小十郎の矛先はにも向いた。
「。お前も」
「あたし?」
「車中で頼まれ物をしたと言っていただろうが。
目的の物がそちらにあるのか考えて、それから行動しろ。
ノリで行動するんじゃねぇ」
きっぱりと、真面目に言葉を紡ぐ小十郎の言葉に
は二度、ぱちくりと目を瞬かせて、それから
「はーい」
「…………」
と、元気良く返事をした。
もっともな言葉は素直に聞く。
のモットーであるが、あまりに素直すぎる行動に
小十郎はそうは思わなかったらしく、無言で疲れたような顔をされる。
さすがに心苦しくなって、は鞄の中から飴を取り出して
小十郎の手にそれを握らせた。
「小十郎さんごめんね、これあげるから元気出して」
「なんだこりゃあ」
「飴だよ」
掌の中の小さな袋を、訝しそうに見つめる小十郎に答えると
政宗がとんとんとの肩を叩く。
「俺にはないのか?」
「苦労人の証だよ、欲しい?」
「Oh…じゃあ遠慮しとくぜ」
「ちょっとは反省しなよ」
「お前もだろ」
言うと、途端に首を振った政宗の腹を肘でつつくと
にやっと笑って返される。
「へっへっへっへっ」
それに同じくにやっと笑ってやると、小十郎が頭が痛そうな顔をした。
しかし、彼はそれ以上何かを言うのも嫌なようで
頭を切り替えようとしてか、首を二度三度振り、の方へ顔を向ける。
「………で、何を頼まれたんだ」
その言葉に、は鞄からメモを取り出し、もう一度メモに目を通す。
…どうして、これが必要なのか。
には良く分からないけれども、多分姉がいうのだから間違いは無いのだ。
「えっとー本だから、本屋かな。駅前の本屋いこっか」
とりあえず答えて、進行方向を指して歩き出す。
後ろからついてくる政宗と小十郎を確認したは、
ふと思い出して、鞄の中から携帯電話を取り出し、振り向いて二人に差し出す。
「っと、これ、携帯」
「けいたい?」
「けーたいでんわの略が携帯ね。
ここを押すと、電話が鳴るの。
電話が鳴ったらここ押して出て。そしたら離れた人と会話が出来るの」
二つ折り携帯を開いて、自分の携帯から姉の携帯へと電話をかけて、自分で出る。
もしもし、と自分の携帯に小声で囁き、姉の携帯を政宗たちの向けると
姉の携帯から、自分の囁き声がもしもし、と漏れた。
「信じられねぇな」
目を丸くしながら、呻くように政宗は言う。
こうも離れたところに声が届けられるなど…。
「これ、どんだけ離れてもいいのか?」
「えー…まあ」
「ふぅん。持って帰りてぇな」
これがあれば、戦がどれだけ楽になることか。
指示を飛ばすにも、いちいち忍びか伝令を使わなければならない戦場で
これがあることの有利さを政宗は考える。
そんなことは考えもつかないは、便利だもんねぇと思いながらも
「難しいんじゃない?」
と答えた。
「使うのに、必要な物がないもん、だって。
電波とか、いろんな物が必要なのよ、携帯電話使うのって。
…詳しい説明はおねえちゃんに聞いてね」
だって、携帯電話が電池とか電波とか良く分からないものを使用して
動いているのぐらい知っている。
携帯電話を、そのまま戦国時代に持っていっても使えないのも、分かる。
教えて、残念そうな顔をする政宗には、申し訳ないと思うけど。
でも使えないものは使えないの。
諦めてもらうしかないと思いながら、は政宗と小十郎の手に
それぞれ携帯電話を一つずつ握らせた。
「じゃ、これ。二人で持ってて」
「Ah?なんでだ?」
「お姉ちゃんが、迷子対策にだって。ここ押したら家に繋がるからさ」
「Stray child(迷子)?」
訝しげな顔をして、それから政宗は暫く考え込んだ後
得心の行った顔をした。
それを言い出したわけ、昨日外に出た面子。
それを考えれば答えは大体の確立で出る。
「迷子、迷子ね」
「ん?どうかした?」
「いいや。別に。ただ色々と大変だと思ってな」
「ふぅん」
教える気のない政宗の様子に、面白くない気分になるであったが
それよりも気にかかる事があって、政宗と小十郎二人の顔を見比べる。
するとやっぱり、今朝方から思っていたことは気のせいじゃなさそうで
は歩きながら、二人の顔を覗きこんだ。
「…ところでさぁ。二人とも、なんかいい事あった?」
「は?」
「いや、なんとなく。うーん。雰囲気とか、顔?
いいことあった顔だなっと思って。
…っていうか、どっちかっていうと心配事がなくなった顔?」
輪郭をなぞるようにして指を動かすに、答えは返らない。
「まあ、ないならいいのよ」
間違っていたのかと思って、がはたはたと手を振ると
政宗が瞠目した表情で口を開いた。
「いや、あった。あったが」
政宗も、小十郎も信じられない気持ちだった。
確かに、あった。
撤退についての心配事が、幸村からの情報によって消えたのだ。
帰ることだけを念頭において、考えないようにしろとは言った所で
気にならないわけが無い。
それが、消えたのは良いことだった。それもすこぶる。
しかし、政宗も小十郎も仮にも軍の上層部に属す人間である。
機嫌の良い悪いをよっぽどでない限り、顔に出すことは無い。
今回にしても…いや、見知らぬ場所で、他国の者がいる状況だからこそ
その辺りにはより一層気を使っていたはずだ。
その状態の政宗と小十郎の様子を、一日付き合っただけのが
見抜いたというのならば、鋭いにも程があるだろう。
「なんで、分かったんだ?」
信じられない気持ちで問いかけた政宗に、そうとは知らぬはごく普通に
「勘だよ?」
と、答えた。
なんでといわれても、なんとなくとしか言いようのないそれは、勘としか呼べないだろう。
正直に答えたに、また政宗と小十郎は驚き、
そして政宗はくっと苦笑した。
「女の勘はこえぇな」
「あは。なにそれ。とりあえず、良くわかんないけど良かったねぇ」
その気の抜けた様子にが笑うと、政宗がありがとよと軽く返す。
それに頷きながらは、向けていた顔を前に戻して
もう一度、進行方向を指差した。
「じゃ、こっちだからはぐれないでついてきてね」
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