昨日の話し合いで、和室が外から見て片倉小十郎、猿飛佐助、真田幸村
洋室は伊達政宗が使用することに決まったらしい。
その、佐助の部屋の前に立って、はこんこんと扉をノックする。
「猿飛さん、私シフォンケーキ焼きますけど」
「あぁ、行くよ」
声をかけると、掃除中だったと思しき佐助が中でがさごそと音を立てている。
悪いなと思いながらも、工程を見せておかなければ
佐助は幸村の口にケーキを入れるのを許可しまい。
それは、真田さんが可哀想だものねと、が考えていると
ふいに扉が音を立てて開く。
そこから出てきた佐助の姿に、はぷっと思わず吹いた。
貰った自室の掃除をするからと、掃除用具を貸して欲しいと頼んできた佐助に
汚れるからと割烹着を渡したのはだが、まさか。
まさか、こんなに佐助に割烹着が似合うなんて……。
「…似合いますね…こう…腕カバーとか三角巾とかつけて欲しいぐらいですよ」
真っ白な割烹着が似合う成人男性(忍び)
そのギャップが面白くて、ぶるぶると震えるのを堪えつつ
は素直な感想を述べる。
出来れば今すぐ三角巾を持ってきて、きゅっと頭に被せて結んでやりたい。
その隙間から見える橙の髪の毛を想像して、吹きそうになるのを堪えていると
佐助が物凄く眉間に皺を寄せてを見た。
「嬉しくないんだけど」
「ふふ、すいません」
「佐助、床は拭けたが」
笑いを堪えすぎて、涙の出てきた目元を拭っていると、
突然に隣の部屋の扉が開く。
そこから出てきたのは幸村で、あぁ、彼も一緒に掃除をしているのだなと
が思っていると、幸村の部屋の中を覗きこんだ佐助が
悲しそうにため息をつく。
「…旦那、拭けたって、丸く拭いちゃ駄目でしょ。
丸く拭いちゃ。部屋の隅まで拭くようにしないと」
その言葉に思わずも部屋を覗き込むと
綺麗に雑巾の跡がまぁるく残っていた。
あちゃあ。
昨日見た資料の中では、真田幸村はお殿様のはずだから
幸村も一緒であれば、お殿様のはずで、それならば掃除に慣れていなくても仕方が無いが。
もうちょっと端まで拭いてもいいのにと、人事ながらに思っていると
幸村が佐助の悲しげな視線にむむっと唸る。
「む…難しいものだな」
「難しくないから。後で俺やるから、旦那は埃とっといて」
「分かった」
そこで素直に頷けるのは真田さんの可愛いところ。
そして猿飛さんは素直におかん。
と、考えながらふと、幸村を見たは、その表情をぴしりと凍りつかせた。
「…あの、真田さん。割烹着は」
「あ…ちょ、旦那!」
割烹着は、確か、二枚ほど、渡したはずなのだけれども。
幸村は何もつけずに掃除をしていて。
ということは、昨日買ったばかりの服が、埃、まみれ。
それはそれは、もう見事に。
「う……着ぬと駄目なのか」
「…そりゃあ、なにも着けずに掃除してると、汚れちゃいますから……」
思わずくらりとするだったが、幸村の言葉に、あぁと納得もする。
そりゃあ、年頃の男の子は割烹着を着るのは嫌だろう。
躊躇わずに着ちゃっている、佐助があれなのであって。
男の子だものね、と思って、はにっこり幸村に微笑みかける。
「真田さん、じゃあ、ジャージ着ましょう。ね?」
「じゃーじ」
「あの…えーっと、昨日着てた寝巻きですよ。真ん中にチャックついてる奴」
「おぉ。あれならば着ずとも良いのですか?」
「まあ。あれなら」
ぱっと顔を輝かせた幸村に、は頷く。
ジャージなら上下一揃い千円で売っているし
どんなに汚れても、外に着ていかないから別に良い。
それではじゃーじで掃除をするでござる!と元気よく言った幸村に
もうっという顔をしながら佐助が腰に手を当て
「じゃあ、俺様はケーキ作り見てるから
旦那はそれでちゃんと掃除しててよ!」
「分かった!」
やはり元気良く返事をして、幸村が部屋の扉を閉める。
「…ほんとに分かってんのかなぁ」
「ふっ……仲良いんですねぇ」
それにぼやく様は、まるで母親か、それか兄のようで
は口元に手を当て、笑った。
本当にここの主従は仲の良い。
しかし佐助はの言葉に目をむいたあと、少し嫌そうな表情をした。
「えーこれも仕事っていうか」
「えぇ、はい」
「別に、みたくてみてるわけじゃないから」
「…そうですね」
あからさまなポーズのそれに、は内心笑いを噛み殺しながら、
もっともらしく佐助に頷いた。
…面白い。
佐助の監視を受けながら、プレーンのシフォンケーキを二台(幸村と自分の分)焼いたは
出かけていった政宗と小十郎の部屋を掃除するべく
ジャージに着替えて掃除を開始する。
「しかし、汚い」
まず祖父が死に、それを追う様に祖母が死んでから丸三年。
彼らの私物を片付けて以来、全く使用もしていなければ
掃除もしていないのだから、当然だけれど。
身体を動かすたび、埃が足元で舞う環境に
うへぇと顔をしかめながら、まずは持ってきた箒で埃を集め始めた。
もふもふと舞う埃は、すぐにあちらこちらに行ってしまうけれども
それを何とかかき集めて、ちりとりで取り、ゴミ袋に入れる。
それから雑巾掛けをして、掃除機をかけて。
二部屋掃除し終わったのは、約二時間後のことだった。
「物が無い割りに、結構かかったかも」
手際悪いかしらと、反省しながら小十郎の部屋から外に出ると
丁度佐助が自室から出てきたところだった。
「あら。掃除終わりました?」
「あ、うん。今、真田の旦那の部屋が終わって
自分の部屋の掃除も終わったところ。
…手伝おうかと思ったんだけど、終わった?」
問うてきた佐助には頷く。
埃とりと、床と壁ふきは終わらせ、それなりに部屋は使えるようにはなったので。
「えぇ。それなりに。ありがとうございます。
…っていうことは、お二人ともお掃除終わられたんですね」
「まあねー。窓の桟から天井から、全部拭いたらこんな時間になったんだけどさぁ」
「…そこまでしてないんですけど」
問い返したは、佐助の言葉に、正直に自己申告をする。
…天井…か。そこまでは思い至らなかった。
今からでもやってくるべきだろうかと悩んでいると、
佐助がいやー?と口を開く。
「いいんじゃない?右目の旦那も、独眼竜の旦那も
それぐらい自分でやったって罰当たんないでしょ」
「なら、いいんですが」
それでも気になるので、天井はあとでやっておこうと思いながら
は二階へ視線をちらりとやって。
「………で、そろそろケーキも冷めたと思うんで
食べようかと思っていたんですけど。
猿飛さんも真田さんも着替えてから、上に上がってきてくださいな。
一息つきましょ」
「分かった。旦那ー聞こえた?」
「何がだ?」
佐助が叫ぶと、がらりと戸が開き、幸村が顔を出す。
言った通りに着替えたらしいジャージは、しっかりと薄汚れていて
着替えさせて良かったと思っていると、佐助が幸村に向かって話しかける。
「ちゃんが、着替えてからケーキ食べようだって」
「すぐ行く」
「ちょ、何聞いてんの!着替えてからだって!」
言葉を聞くや否や、すぐに駆け出そうとする幸村を押し止める佐助に
は深く頷いてから、ちらりと二人の足元に目をやる。
スリッパを履いていると違って、素足の彼らの足は、裏を見なくても非常に真っ黒い。
「そうしてください。あと…足拭くもの持ってきますから。
ちょっと待ってていただけると助かります」
そのまま二階に上がられたのでは堪らないと、
は濡れ雑巾をとってくるべくその場を離れた。
「…しふぉんけーき…某そなたを持ち帰りとうござる…」
「うん、そういう言葉は女の子に言ってね、旦那」
ふわふわのシフォンケーキは、幸村にとって非常に魅惑的だったらしい。
うっとりと言葉を紡ぐ幸村に、突っ込みをいれる佐助は非常に疲れた顔をしていた。
おそらく佐助は、放っておいたら幸村は菓子類と結婚しかねないと
思っているに違いないと、はその様を傍観者の立場で楽しむ。
騒動は、騒ぎの外から見ている分には面白いものだ。
一口自分用の紅茶を啜り(幸村と佐助は緑茶)シフォンケーキを切り分け
一人だけ優雅に過ごしていると、ふいに佐助の視線を感じる。
顔を上げると、佐助はなんだか疲れた表情をして、の
正確にはの手元のシフォンケーキを見ていた。
「それにしても…ほんと良く食べるね」
「美味しいですよ」
「うん、美味しいけどね」
彼の手元にもシフォンケーキ、八分の一カット。
本当はあれも食べたかったんだけどと思いながら
は自分のところにある、残り八分の七をつつく。
言いたいことは分かるのだけれど、としては
これぐらい軽いなら二台は余裕だし、幸村としてもそうだろう。
シフォンケーキを、猛烈な勢いで食べ進んでいる幸村を
ちろりと見て、はうん、と頷いた。
あの調子なら、三台ぐらいは余裕そう。
それと同時に、それだから嫌なんだろうなとも思うけれど
こればっかりは改善する気になれない。
だって美味しいんだから。
言い訳めいたことをそっと考えて、は居間の時計を見上げた。
出かけてから、結構な時間が経っている。
ポケットに入れている携帯電話が鳴らないということは、
おそらく問題は無いということなのだろうけれども。
「たち、問題ないと良いんだけど」
「…それ、昨日も言ってたけど」
佐助に言われてしまって、はわははと心の中でどうしようもない笑いを漏らした。
が、これだけのことを心配するのは、の過去の行動が原因だ。
と、いうのが。
昔々その昔。が病んだ母親の世話をしているときに
何も出来なかったことを悔やんだらしいは
せめて物理的に強くなろうと空手を始め…。
……まぁ、そこまでは良いのだけれども、痴漢がいれば痴漢を捕まえ
誰かが絡まれていればそれを助け、弱きを助け強きを挫き
「理不尽」に噛み付く、さながら正義の味方のような子に育ってしまったのである。
それもまた、過去の事が起因しているのだろうけれども。
まぁ、ともかくとして。そんな正義の味方の彼女は、外に出ればしょっちゅう警察のお世話になる。
いや、悪い意味でなく、犯人逮捕に協力してとか痴漢告発!とか、諸々。
…そういうわけで、は、昔からそんな彼女に胃を痛めているのだ。
かなり強いらしいが、そうそう、そこらの人間に負けはしないと知ってはいても
心配は心配、なのよね。
言っては聞かせているのだけれども、一向に聞く気のない妹が
いつか手痛い目を見るのでは無いかと、としては本当に心配なのだけれども
同時に、あの二人を連れて無茶をしないかどうか、そこも心配だ。
この辺忘れてうっかりを行かせちゃったのよね…。
まぁ…の分別に期待したい。
そろそろ店で何かが起これば店員を、外で何かが起これば警察を呼ぶという
自己防衛を覚えたのだと、的には信じたいし
口に出すと、本当に事が起こりそうな気がする。
……ので、別のことで茶を濁す。
「というか、まあ。今日、私が心配してるのは片倉さんのことで」
「え、右目の旦那なの」
シフォンケーキを食べる手を一旦止めて、頬杖をつきながら言うと
佐助の目が少し丸くなる。
「私の見立てだと、多分、と伊達さんがふらふらして、
片倉さんがその首元ひっつかまえないと
いけない状態になってると思うんですよね…」
言ったことも、それはそれで心配なのは、本当。
…あの三人を見ていると、絶対そうだと思うのだけれど。
もふらふらしたがる傾向にあるし
伊達さんも見てると、そんな、くそ真面目なタイプではなさそうだから
必然的に片倉さんにしわ寄せが行くと思う。
「確かに。某、殿は良く分からぬが、政宗殿は片倉殿がいらっしゃると
遠慮なく戯れる傾向があるようにござるからな」
「………真田さん」
半ば確信めいたものを感じていると、それまで黙っていた幸村が
静かに顔を上げて、の言葉に頷いた。
人に対する見立てはさすが城主と思わせる、説得力のある言葉だったが
「格好良いこというんなら、口元のアイス拭ってから言ってくださいね」
「ほんとだよ旦那。台無しだよ」
べったべったにシフォンケーキに添えていたアイスを
口元につけながら言ったのでは台無しだ。
なんだか物悲しくなりながら、傍にあったティッシュを引き寄せて
幸村の口元を拭う。
なんだかが二人に増えたみたい…。
あれで食べ零しの多い妹を思い出していると、幸村も同じことを思ったのか
「……佐助が二人に増えたようだ…」
ぽつりと、呟いたその言葉に、と佐助は顔を見合わせて
同時に肩をすくめた。
小言を言われたくなければ、そういう行動をしなければいいのだ
こちらから言わせれば。
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