「燃 え 滾 る わぁあああああああああ!!!」
「へ、なになに?!」
「ひぁあ?!」
眠りを妨げる怒号に、とは布団を跳ね除けて飛び起きた。
目の前にある時計の時刻は午前四時半。
え、ちょ、なにこれ。起きたいとは思ったが、こんな早いならもう一回寝る。
呆然としながら、寝なおそうとするだったが
タイミングよくまた
「Come On!真田幸村!!」
今度は挑発するような叫びが、の鼓膜を震わせる。
あ、今のは伊達さんだな、と思いながら渋々起き上がって
カーテンを開けると、未だ明けきらぬ空の下
各々の武器を持って対峙する武将が二人。
真田幸村と伊達政宗である。
「あ、なんだ、真田さんか」
政宗の声がして、幸村がいるということは、必然的に声の主は
幸村という事になる。
そういえば、真田さんの声だったなぁと呑気に思い返していると
いつの間にか隣に立っていたが、がらりと窓を開けた。
「真田さんか、じゃないよ、お姉ちゃん!
ちょ、なにやってんのっ!!」
「鍛錬でござる」
「たん…き、昨日確かに好きにして良いとは言ったけど
鶏も鳴かないような時間に大声出すな、近所迷惑っっ!!」
「鶏?鶏なら先ほど鳴いたでござる」
怒鳴るも十二分に五月蝿いが、しかし。
それに、さらっと怒髪天をつくような答えを返した幸村は
ひょっとして頭が悪いんだろうか。
危険を察知したのか、そっぽを向いて遠ざかろうとしている
奥州筆頭の賢さを眺めながら、は腕を組んで考える。
そして、政宗は正しいようで、幸村の答えにぶちっと
堪忍袋の尾を切らせたらしいは、ぎりぎりと眉を吊り上げ
「なにが鶏が鳴いたか!そういうことを言ってるんじゃないっ」
「…殿が、某に鶏も鳴かぬようなと」
「うるさいうるさいねむいんじゃあああっ!!」
「……………うん、二人とも少し黙ろうね」
…初めての会話が、初めてのまともな会話がこれか。
思いつつも、は大人しく二人を窘めた。
なぜならば、は年長者だからだ。
年長者はつらいよ。
「………帰って、戦働きが出来ぬような状態になっていては
お館様に申し訳が立たぬと思ったゆえ…」
「I'm sorry…」
自主的に正座をして、ひたすらにしょんぼりする幸村に、
それに倣って正座をしながらも、怒られてんのはお前のせいだというオーラを放つ政宗。
あぁ、小学校の頃、こういう光景をよく目にしたものだ。
悪戯の見つかった男子達のような光景に、戦国武将のはずなのにと
悲しくなりながら、はしゃがんで二人と目を合わせる。
「ともかく、控えめにね、真田さん。伊達さんも」
「すまぬでござる」
「…悪い」
素直に頭を下げる二人に、は「はい、良い子ね」とにっこりと微笑む。
的には、目が覚めたかった所なので、別に今から寝直せば良いだけの話だ。
が、そうもいかない人物が後ろに一人。
「そうやって甘やかす、すぐ甘やかす…」
じっとりとした目で睨むは、のあっさりとした許しに納得がいかないようだった。
元々寝汚いのと、夜勤で疲れていたせいもあって、睡眠を邪魔されたのがよほど嫌だったらしい。
うーうーと唸りそうな調子で、二人とを睨むに、は苦笑する。
全く、うちの妹は猫みたいだ。
「ちゃん。甘くないよ、別に。ただ、分からないんだから
一回は見逃そうかなと思ってるだけで」
「一回は」
「えぇ。……次やったら…………どうしようかな」
首を傾げて、二人を見る。
この二人だったら何が良いだろう。
「……暴力沙汰は無しだし…食べ物を粗末にするのは好かないから
……向かいの家の、何年も掃除してないような藻とゲンゴロウと良くわかんない虫だらけの
池に突き落とそうかしらね」
「わ、分かり申したっ!!日が昇るまでは絶対に叫びませぬ!!」
「あ、安眠の邪魔はしない。以後絶対にしない。安心しろ」
顕著にぞわっと鳥肌を立てて、幸村と政宗が叫ぶ。
その時点で、幸村は言った事を守れていないのだけれど。
やっぱり真田さんは、頭良いのか悪いのか良く分からないなぁと思いながら
はよろしくね、と二人ににっこり笑って見せた。
別々にちょっと山へ散歩に出ていたらしい、佐助と小十郎を迎えて作った
朝食は、鮭ハラスと、握り飯とお味噌汁。
握り飯の具は高菜と梅干と、あと具無しを少し。
お味噌汁の具を、お中元で貰ったそうめんにすると
武将達は面白そうな顔をして、味噌汁を飲んでいた。
メジャーだと思っていたんだけど。
物珍しそうな彼らに、心の中でちょっぴりショックを受けながら
は今日はどうしようかなぁと考える。
明日にはもも仕事に行かなければ行けないし
もう少し武将達を現代に馴染ませておきたい。
とりあえず、一度全員外には出しておいて
あとは家のものに過敏に反応させないようにはしておくべきかと
結論を出すと、はの方へ向き直る。
「とりあえず、今日はは伊達さんたちとお出かけね」
「お姉ちゃんは?」
「私は…拭き掃除して、ケーキでも作ろうかなぁと」
結局、昨日は買ってきたのにアイスを食べられなかった。
その恨みを晴らすべく、今日はアイスクリーム添えシフォンケーキでも
作ってやろうと意気込んでいると、幸村が途端にぱっと顔を輝かせてを見る。
「ケーキ!あの白いのでござるな!!」
「はい、その通りですよ、真田さん」
「…そういえば、一口にケーキといっても様々な種類があるのでしたな。
して、今日は何を作っていただけるのでござろうか!
すとろべりーけーきでござるか?それともあの黄色いちーずけーきという奴でござろうか」
「今日は、シフォンケーキにしようかなぁと」
昨日スーパーにあった限りのケーキを羅列してうっとりする幸村に
にこにこしながらは答える。
あぁ、家に甘い物好きがいるって素晴らしい。
ちゃんも、いつの頃からか付き合ってくれなくなったものねぇと
自分の胸焼けのする量を棚に上げ、残念がる。
幸村は涎をたらさんばかりの表情で
うっとりと聞いたばかりの味わったことのない菓子の名を呟く。
「しふぉんけーき………」
「ふわふわに出来るといいんですけど」
「ふわふわでござるか…楽しみでござる…」
うっとり。
という表情を浮かべる幸村に、斜め向かいの政宗がうっぷっと自分の胸元をさする。
「………胃がむかむかしてきた…」
「どれだけ心の傷になってるんですか、伊達さん」
話をしているだけなのにと、思わず突っ込むと
「…あんたには分からねぇ話だ」
冷たい表情で返される。
事実その通りなので、には反論しようが無い。
「………あぁ、そうだ。出かける前に
洗濯機の使い方とかを教えようかと思ってたんでした。
うん、食器片付けたら、出かける前に説明しますから」
どうしようかなと思いながら目を逸らし、それから話の軌道を元に戻す。
うん、そう。
元々話はこっちが本筋だったもの。
それを正常に戻すだけ。けっして逃げるわけじゃないんだから。
「話を逸らしやがったな」
例え政宗が舌打ちしながらそう言ったとしても
それは真実なんかじゃない。…多分。
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