ご飯を食べ終わって洗い物をする前にと、
は紙とペンを食器を片付けた食卓の上に置いた。
「じゃあとりあえず、今から見取りを描いて、この家の説明をしたいと思うんで
聞いていただいてもよろしいですか?」
そう言うと、未だに食卓を囲んでいた武将達は、の手元を覗き込む。
しかし、前衛的な絵を描く天才で、画伯とあだ名されていた
黙ってに紙とペンを渡した。
お願い」
「じゃ、描くよ」
美術の成績は5だったの手によって
さらさらとペンが走り、家の見取り図が描かれる。
は、あっという間に描き終えると、
ぱんっと勢い良くペンを置いて、じゃお願いと、にバトンを返した。
それにこっくりと頷き、は見取り図の一階二階を順に指でなぞる。
「じゃあ、まずこの家は二世帯住宅用に作られていて
元々一階が親世代の家、二階が子世代の家ということで作られました。
それが親世代が死んだことによって売りに出された後、うちの両親が購入。
で、まあ現状この家に住んでるのは私たち二人だけなんですが
そういうコンセプト……えぇと思想?で作られているので
部屋数はそこそこあるんですね」
「みたいだな」
見取り図を覗き込んだ小十郎が、の言葉に頷く。
一階は、まず玄関から入って右手に洋室、左手に畳の寝室があり
その奥に和室が三間。
それから水周りの洗面所に脱衣所、風呂場、トイレ。
二階は、の部屋、の部屋、両親の寝室、居間、キッチン。
ちなみに二階のほうが部屋数が少ないのは、一つ一つの部屋が広いからで
一階の部屋が多いのは、不動産屋曰く、親世代が物置代わりの部屋が欲しいといって
無闇矢鱈と部屋数を欲しがったからであるらしい。
勿論、その分部屋は狭い。
間取りに従って、風呂がここで厠がここでと一通りの説明を終えた後
はその場の全員の顔を見渡した。
「で、ですね。これから暮らすにあたって
皆さんの部屋割りを決めたいと思うのですけど。
一つどうしようかなぁと思っている点があって」
「なんだ?」
「寝るときにですねぇ…昨日私は、あの化け物が現れたときに
一人で対処できる自信がなかったというか、
恐ろしかったので猿飛さんと真田さんのいる寝室で
一緒に寝かせていただいたんですけど。
今後寝るときにどうするかという話をしたいかなと」
政宗と小十郎が現れたときの一件から見るに、あの化け物は人を襲う。
起きているときにはまだいい。
だが、寝ている最中に襲われたら、ことだ。
寝転がっている姿勢からの咄嗟の対処など、たかが知れている。
おまけに全員寝静まっていたら、よほどの大声を出さない限り
別室での異変など、気付きようがないだろう。
そう説明すると、まず一番に頷いたのは政宗だった。
「…なるほどな……まぁ、それは確かにそうだ。
一人で寝るのは危険すぎるな」
「確かにね。眠る場面から殺戮が始まるのは、ホラー物の常套だし。
たださぁ…二・二・二に別れて寝るにしても、
あたしも夜勤がある関係上、お姉ちゃん一人にさせることもあるし。
お姉ちゃんも忙しいとき、たまに二時三時に帰ってくるでしょ?」
嫌なことを言いながら首を傾げるに、は渋い顔をする。
今は閑散期だから、ないとは、思うのだけれど。
「…うーん。すぐには多分、ないんだけど…
飛込みが入ってくるとわかんないなぁ」
「だよね。で、そういうときに、あたしも一人で寝るのは不安すぎるし
他の人だって、分かれみても何とかできるとは限らないんだし
いっそ皆で寝ればいいんじゃない?」
「……まぁ、うん、そりゃそうなんだけど。…どうです?」
頬杖をつきながら言ったの言葉に、男性陣は一瞬目をむいたものの
戦いの覚えのない女子が一人で寝る危険性を考えたのか
一斉に眉間に皺をよせ、考え込む姿勢をとった。
そうして一番に口を開いたのは、小十郎で
「…諸手を上げての賛同はできねぇな」
反対の言葉を吐いた彼に、政宗が驚いた顔をする。
「おいおい小十郎、命の危険があるときに、どうこう言う問題じゃねぇ、そうだろ」
「それは理解しております。が、それを二人がきちんと理解しているかどうかは
また別問題である。そうは思われませんか、政宗様」
つまり、襲われるとかどうこういう話をきちんと考えた上での
発言かどうかが知りたいと、そう言っているのか、この片倉氏は。
それを考えた上でそれでもというならば、良し。
そうでないならば、考えろと。
…薄々感じてはいたけれども、この中で一番大人で一番良い人なのが
この片倉小十郎ではなかろうか。
思いながらも、はすぐさま口を開く。
その問には、大分前に結論が出ているからだ。
「少なくとも、私は理解したうえで、の発言に同意しておりますよ。
命の危険があるときに、そのような低俗なことをする方では無いと。
そもそもそれを言いだすと、置く置かないの時点で
そういう問題は発生しているのですから
その辺り位は、信じさせて下さらないと」
「…なるほど。口の上手い」
一緒の家に住まわせるのだから、それぐらいは信じさせてくれなければ困る
と言えば、それ以上の異論は無い様で、小十郎は少し笑うと
そのまま腕組みをして押し黙った。
他の者もまた、それ以上の意見は無いらしく
一緒に寝るという案は可決されたようだった。
「じゃ、とにかく一緒には寝るって事ね。
ってことは、寝るのは一階の寝室?」
「うん、そうしようかなって。
っていうことは、一階のここには物はあんまり置けないから
…別の所を部屋にしてもらわないといけないよね」
間取りを見ながら言うと、もそれを覗き込んで
空き部屋をひのふのみと数え
「じゃ、一階の部屋全部使ってもらえば、いいじゃん。
丁度四部屋あるし。
洋室だけ広いように見えるけど、あそこ簡易キッチンあるから
和室と同じぐらいの広さだよ。
部屋割りは…好きに決めたら?」
「大雑把だな、おい」
「いいじゃないのよ。アバウトばんざーい」
アバウトなの発言に突っ込む政宗をさらっと流して
まぁと、は続ける。
「どっかで言っとこうと思ってたんだけどさ
置くっていったんだから、この家は好きに使って好きに暮らせばいいのよ。
節度を守れば、お姉ちゃんもあたしも何にも言わないし
干渉しないから。
訓練したいなら、裏の竹林ですりゃ見えないし、
走りたいなら道路の歩道走りゃいいし、
勉強したいなら、本あげるからさ。
好きにすればいいのよ?
だからこの部屋はあんたらのって、あたしとお姉ちゃんが言ったんだったら
その部屋はあんたらのなんだから、部屋割りぐらい好きに決めりゃいいの」
好きにしろ、大丈夫、それを許すとなんでもないように言って
はさてとーと、立ち上がった。
「じゃあ、こんぐらいで、お姉ちゃんが説明したかったこととか
決めたかったことって終わりでしょ?
あたしお風呂入ってくる」
「え、まだお湯入れてないけど」
「大丈夫、今日はシャワーだけだから。お湯はついでに入れといたげる」
恩着せがましく言って、は自室へと入ってゆく。
………自由人め。
今の行動は照れ隠しでもなんでもなく、ただ単にお風呂に入りたかったからだと
姉妹の勘と長年の経験で分かるはそっと肩を落とした。
いい事言うのならば、場ぐらい締めていけばいいのに。
あくまで気負わず、自然体に相手を気遣って、相手が欲しいだろう言葉を素直にあげられる
とても良い子…なのだけど。
言いっぱなしジャーマンはご遠慮いただきたい。
これで放っておいても良い様な気もするが、
培われた長女気質がそれを許さず…
「まぁ、私も遠慮されてばかりだと、逆に心苦しくなりますし。
部屋割りが決まったら、また教えてくださいね。
私は洗い物をしていますから」
穏やかそうな笑いを貼り付け、もまた立ち上がる。
これで、部屋割りを報告に来ないこともないし、締めも出来た……はず。
多分ね、と思いながらも、はそれでも洗い物をするべく、台所へと戻る。
それにしても、長い一日だった。
ようやくし始めた、一日の終わる気配には息を吐いて。
それからこれからのことに思いを馳せ、微妙に憂鬱な気分になるのだった。
とりあえず、今日はもう何も起きませんように。