「とりあえず、今日は…野菜たっぷりひき肉団子のごろ揚げ煮込みと
味噌汁とご飯とほうれん草のおひたしでいいか」
冷蔵庫の中身を見ながら、は顎に手を当て呟く。
買い物が終わり、帰宅してみると、既に時刻は午後四時であった。
それから、買ってきたものを冷蔵庫に入れたり、食器を出して洗ったりしていると
あっという間に時間は過ぎて。
結局、よぅし終わったぞとけりがついたのは午後五時半。
既に夕食の支度をしなければいけない時間である。
休む暇もなし。
とほほな気分でため息をついていると
両親の寝室からわいわいと賑やかな声が聞こえてくる。
居間にほど近いあの部屋の中では、現在買ってきた服を男四人が試着中だ。
『この赤は某のでござる!』
『誰もいらねぇよ。お、この青は俺が貰うぜ』
『……赤と青…そこを予想して買ってきたのは俺だけど
こうもあれでああだと、なんか微妙になってくるね…』
『…政宗様は、昔から青がお好きだった。趣味とはそういうものだろう』
『わぁ、右目の旦那、それ目を逸らさずに言いなよ!
見て、あそこの服の山。赤と青が大半だよ!』
『…………政宗様…たまには青以外の色も身に付けなさいませ』
『小言は聞きたくねぇな、小十郎。大体他の色も混じってんだろ、ちゃんと』
『いや、小言とかそういう問題じゃなくて…まぁいいや…
とりあえず旦那、この服も旦那のにしといて』
『む…赤くないが』
『いいから』
「………苦労してるなぁ…」
従者二人が胃を痛めているのを聞きながら、ははっと乾いた笑いをは漏らす。
いやしかし、主二人は案外子供っぽいようで。
まぁでも、下はジーパンとかだから、赤一色、青一色にはならないでしょうと
苦笑を漏らしていると、ため息をつきながら佐助と小十郎が寝室から出てくる。
「あれ、ちゃん一人?ちゃんは」
「そこで、眠いって言って寝てますよ。夜勤でしたから」
「あ、ほんとだ」
が指差した先には、机の陰に隠れるようにして
丸まって寝ているの後姿がある。
夜勤明けで一睡もしていないというのに、
食器洗いまでは頑張って起きていただったが、
終わった途端に眠気が襲ってきたらしく
ふらふらしながら『もう寝る』と呻いた。
しかし、あの化け物のこともあるし、一人で寝かせるわけにも行かなかったから
居間に布団を持ってこさせて、そこで寝かせているわけである。
良く寝てるなぁと、微動だにしないの姿を微笑ましく眺めた後
ところでとは二人を振り返る。
「四人とも、服の大きさとかは問題なかったです?」
「特にはねぇ。が、悪いな」
「いいえ。あの格好で出歩かれても、あとでご近所様が酷いですから」
可愛く無い返答である。
しかし小十郎は気にした様子も無く、そうみてぇだなと頷いた。
心の広い。
まぁ、金を出させた負い目もあるのだろうなぁと、
立派な成人男性の彼を見て、は頭をかく。
人に金を出させるのは、気持ちよくなかろう。
しかし、それをどうにかはしてやれないのでとりあえず
「じゃあ、私そろそろご飯の準備しますから」
宣言をしてから、夕食の準備に取り掛かった。
配膳のすんだ食卓には、湯気の立った料理が並んでいる。
考えたとおり、本日の夕食は、野菜たっぷりひき肉団子のごろ揚げ煮込みと
味噌汁とご飯とほうれん草のおひたし。
味噌汁とご飯はそうはいかないが、
ごろ揚げ煮込みも、ほうれん草のおひたしも
戦国武将たちを気遣って大皿に盛っている。
どんがんどーんと一杯に盛られた皿が机の上に乗っているのは
中々壮観で、大皿料理もたまにはいいな。見た目に全く気を使わなくていいし
と、は席に着きながら考える。
、料理をするのは割りと好きだが
見た目に気を使うのは嫌いな、豪快な女である。
「へぇ、美味そうだな」
「美味しいよ」
箸を取りながら言う政宗に返すのは、でなくてだ。
お姉ちゃんの料理は美味しいんだからと、小さな子みたいに自慢げな様子に
頬を緩ませながらは「はい、それじゃあいただきます」
と手を合わせた。
その後大皿からまず一番に、ごろ揚げ煮込みを小皿にとって
ふぅふぅとさましながら食べる。
山芋を入れたおおきなひき肉団子を揚げて、
白菜と人参とたまねぎの入った餡に入れて煮込んだそれは
醤油とだし味の餡が良くしみていて、美味しい。
団子を割ると、じわぁっと肉汁が餡に広がって
油がきらきらと輝いた。
良い出来だ。
自画自賛しつつ頬張って、それから白いご飯をぱくりと食べる。
すると肉の味とご飯の味が混ざり合って、
至福の一言がの頭の中に浮んだ。
もぐもぐうまうま。
黙々と食べていると、まず味噌汁を飲んで
それから煮物に手を出した佐助が、んっと声を上げる。
「ほんとだ、美味しい」
「美味いな。…、あんた料理上手なんだな」
褒められて、気恥ずかしく思いながら、はふるふると首を横に振る。
「普通ですよ、普通。ただちょっと手間隙を惜しまなければ良いだけで」
例えば、炒ってあるゴマを使うんじゃなくて、使う直前に炒るようにするとか
肉団子には山芋を加えてふわっふわの食感にするとか。
は特別料理の腕がいいのではなくて、そういう手間隙を惜しまないだけだ。
…と、自分では思っている。
しかし政宗はそんなの答えに、そうか?と納得いかなさげにした後
ごろ揚げ煮込みをもう一口食べて。
「…ちょっと後でこの作り方教えてくれよ」
「いいですけど…料理されるんです?」
まさかそうくるとは思わなくて、目をぱちくりとさせると
政宗はにやりとした表情を浮かべる。
「まぁ、ちょっとしたhobbyでな」
「へぇ…では後でお教えしますね」
「Thanks」
「あ、ちゃん、悪いけど俺様にも教えてくれる?」
「あれ、猿飛さんもですか」
「まぁ…俺は趣味とかそういう優雅なもんじゃないけどね」
ははっと笑うその姿は、それ以上触れてくれるなと言っていて
は黙って頷いた。
…なんだか、知れば知るほど微妙に可哀想なキャラなのはどうしてだろう…。
最初はあんなに怖かったのに…と思っていると
それにしてもと佐助が唸る。
「ほんと…美味しいよね…旦那と張り合えるぐらいの甘味好きっていうから
味覚はちょっとあれなのかと思ってたんだけど…」
失礼な。
ちょっとばかり甘いものが好きなだけで、別にの舌は馬鹿じゃない。
むしろ肥えている方で、味にはちょっとうるさいというのに。
無言の抗議をしかけただったが、それを遮るように
政宗と小十郎が揃って箸を落とした。
「What!?真田と同程度の甘味好きだと?!」
「まさか。冗談だろう?」
「いや、話聞いてるとそうなんだって。俺も信じたくないんだけどさぁ」
頼むから嘘だといってくれと言わんばかりの二人に、
いかにも残酷な真実を告げるように語る佐助。
その様子に、と幸村は揃って顔を見合わせる。
「いや、でもそんなすごくないですよねぇ」
「そうだぞ、佐助。人を異常者のように言うな」
帰りの車中でもお互いがどれぐらい甘いものを食べれるかという話をしていたが
精々、甘味屋のメニューの上から下までを二周レベル。
三周も四周も出来るほどじゃない。
「いやいやほんとさぁ…」
よって、我々は正常だと、会話を聞いていたはずの佐助に詰め寄ると
彼は死にそうな顔をして天を仰ぐ。
人の趣味にけちをつける気は無いが、
見ていて気持ちが悪くなるのだ、そんなに甘いものをがつがつ食べられると!
俺様泣いちゃいそう。
甲斐に来たときに、幸村のおやつ時の光景
(うずたかく積まれた団子の山三つが、あっという間に無くなっていく
正直見ていると胃がむかむかしてくるそれ)
を見た政宗と小十郎が、思い出してか口元を抑えているのを見ながら
佐助が俯くと、それまで黙っていたが
「………まぁ、見なきゃいいのよ」
ぽつりと言って、佐助は心の中で叫ぶ。
それが出来たら、苦労は無いんだよ。
そして、その空気に、買ってきたアイスを食べようかなーと、
が発言出来ぬまま。
夕食は薄暗く終わったのだった。
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