買い物は、それまでが嘘のように順調だった。
手を繋いでいることが幸いしているのか、二人とも迷子になることもなく
また、買うものが決まらないということもなく。
荷物を置きに車に戻ってきていたは、車内の荷物を見ながら
うんっと明るく頷いた。
「服も買ったし、食器も買ったし、諸々必要そうなものは揃ったから
あとは食料品だけですね」
「あ、もうすぐ終わり?」
「えぇ」
聊か疲れた顔をしている佐助に返して、は鞄に入れていた携帯電話を開く。
そこに表示されている時刻を見て、彼女はあらっと声を上げた。
「もう、二時なの」
表示されている文字は14:00。
午後二時を確かに示している。
確か、家を出たのが十時半頃だったから、移動に三十分として
三時間も買い物をしていた計算になる。
いや、そんなに買い物していないと思うんだけどと
思ったは、ふと迷子の一件を思い出す。
…こんなに時間が立っているのは、あれが原因か。
苦々しい気持ちで思い返しつつ、は車の傍で大人しく待っている
佐助と幸村に目を向けた。
「あの、にちょっと電話するんで待っていてもらえます?
…皆さんって、お昼ご飯を食べないんですよね?」
「あぁ、うん。お昼にご飯は食べないけど」
「じゃあ、いいや。ちょっと待っててください」
断りを入れてから、すぐにの電話番号を呼び出して発信する。
少しの間コール音が鳴っていたが、ぷつっと音がして
もしもしというの声が、の鼓膜を振るわせた。
「もしもし、?」
『なに、お姉ちゃん。どうかした?』
「うん、もう二時でしょ。で、これから食料品買って帰るから
お昼食べたいならちょっと自分で作って食べといて」
『お姉ちゃんは?』
「いや、うどんでまだお腹一杯だからいい」
普段食べないのに、結構な量を食べてしまったので
まだ満腹感すらある腹に手を当てながら答えると
電話の向こうで少しが笑った気配がした。
『分かった。でもあたしもあんまりお腹減ってないんだけど』
「あぁ、じゃあ良かった。んーあと一時間半ぐらいしたら帰れると思うから」
『わーかった。じゃあね』
がぷっつりと電話を切る。
も電源ボタンを押して、通話を終了させて、さてと振り返ると
なぜだか佐助も幸村も興味深そうにして、携帯電話を見ている。
「……これ?」
ためしに携帯電話を持ち上げてみると、二人の視線がそっちについてくる。
それを内心面白がっていると、佐助が車の天板に腕を乗せて
携帯電話を指差し尋ねてきた。
「それ、ちゃんと喋ってたの?」
「えぇ。離れた相手と通話できる機械です」
「それは、戦のときに実に便利そうでござるな」
きらっきらとした顔で幸村が言った台詞は、
しかし彼のその純粋無垢な眼差しとは逆に
えらく物騒では苦笑しながらそうですねと同意した。
「でも向こうに持って帰っても使えませんよ。
電波塔と電力あっての携帯電話ですから。
使いたければまず、電気を発生させる機械と
蓄電できるものを作るところから始めてもらわないと」
答えると、なぜだか佐助の視線が携帯電話からに移る。
「…あの、なにか?」
「いや、ううん。特に何もないよ」
その視線に問いかけたの言葉を曖昧に濁して、佐助は首を振る。
彼が口の中で呟いた、ちょっと安心したという言葉は
の耳に入ることはなかった。

携帯電話を教えてから五分後。
たちの姿は地下、食料品売り場にあった。
「ここが、食料品売り場です。
食料品買うところは、皆大体こういう感じなんで
配置とか、どんな感じか覚えておいてくださいね」
他の人に聞こえないようにこっそりと喋る。
現代人なら、覚えるも何もない光景であるのだから
大声でこんなこと言っていると、注目の対象になってしまう。
しかしそれにしても。
どうしようかなぁとは悩む。
買い物をするには、カートが必要で、でもカートを押していると
手は二つとも塞がってしまうし…。
でも、手を繋いでいないと不安で不安で仕方が無い。
………いっそ。
ちろりと、お子様連れ用のカートに視線をやる。
いっそどちらか片方だけでも、ここに押し込められないだろうか。
半ば真剣にお子様用シートを眺めつつも、は自分の考えに
ふっとニヒルな笑みを浮かべた。
………………無理だよね、やっぱり。
「じゃあ、このカートに食材入れていくんで
二人とも私の前方に居てもらえますか。
曲がるときには曲がるって言うので」
「承知したでござる」
はカートを出して、かごを積み、二人を促す。
すると、二人はが言った通りにカート手前へと移動した。
「じゃあ、行きますよ」
声をかけて歩き出す。
ゆっくり目に歩きながら、まず野菜売り場へと歩みを進める。
「所で、食べられないものとかあります?
一応伊達さんとかには聞いてきたんですけど」
「特にないかな」
「某も特には」
「作り手的には楽でいいですね、二人とも」
献立は何にしようかな。
考えながら、安めのしいたけに手を伸ばして
二袋かごの中に放り込む。
まぁ、いいか。
安めのもの買って後から考えれば。
特に食べたいものもないし、とりあえず和食だけ決めて
後はご飯を作るときに考えよう。とはアバウトに決めて
今度は白菜を一つかごの中に入れる。
それにしても、人数がいると、ハーフサイズの野菜を買わなくてすんで、結構いい。


肉売り場で、このような形で肉が売られているなどとは!
と幸村が大声を上げたり、佐助がうわ、鯛が切り身でこんなに…
などと驚いたりしているうちに、野菜肉魚売り場を通り過ぎて
飲料、菓子コーナーへと歩みを進めたは、
その移動をぴたりと止めた。
「あ………うーん」
「なに、どうしたの」
振り返ってくる佐助を、真剣な顔をしては見つめかえした。
これは由々しき事態であり、真剣な悩みである。
難しい表情で、は悩みを打ち明けるべく口を開き
「いや、甘いものを買おうと思ったんですけど
…どうしようかな。皆食べるなら和菓子にするし
そうじゃないなら洋菓子でもいいかなと」
の言葉に、佐助は段々と表情を変えて
最後にはあきれ果てた顔をした。
いや、そんな顔をされても、には重要な悩みなのである。
和菓子も嫌いじゃないが、はつい先日
一人和菓子フィーバーフェアを終えたばかりであり、
和菓子を散々食らった後なのだ。
できれば、洋菓子が食べたい。
プリントかケーキとかタルトとか。
しかし戦国時代から来た他の人間が、甘いものも食すというならば
出来れば和菓子の方がいいだろうし。
あぁ!と頭を抱えてしゃがみこんでしまいたいほどに
真剣なに声を返したのは、にとっては意外なことに
真田幸村だった。
「甘いもの…でござるか?」
「そうですけど」
彼の目に宿る色に、ひょっとしてと思いつつもは頷く。
「……和菓子、とは団子とかのことでござるか?」
「えぇ、そうです」
「ならば洋菓子とは、一体どのようなものでござろう」
真剣な声で幸村が問うた。
嗚呼という顔を佐助がしているのは、見なかったことにして
は素早く考える。
どうやったら、美味しそうに相手に言葉を伝えられるのかしら。
甘味好き仲間センサーが作動している幸村を
洋菓子も食べてみたい気分にさせるべく、
いかにも魅惑的であるというような表情を作って
「どのような…見たほうが早いと思うんですけど
ふわっふわのあまーいクリームに
しっとりとしたスポンジ、かつ季節の果物乗ったフルーツケーキとか
冷たくて甘いアイスクリームとか
あとはサツマイモと砂糖と生クリームを練ったスイートポテトとか
卵と牛乳と生クリームがおいしいとろとろプリンとか?」
「お、仰られている意味はさっぱり分からんが、
ともかく美味そうでござる」
「美味そう、じゃなくて美味しいんけど…
真田さん甘いものはお好きですか?」
魂が揺さ振られているかのごとき表情を浮かべる幸村に
にっこり笑顔で問いかけると、彼は一瞬固まった後
恥ずかしそうにから目をそらした。
「い、いや、特別そうでも」
その様子に、ははぁんと事情を理解する。
そうそうそうだった。幸村は年頃の男の子だった。
なぜだか、甘いもの好きなのはみっともないという
嘆かわしい思考に支配されがちな年代の彼を解き放つべく
はゆっくりと甘言を紡ぐ。
「そうですか?残念だなぁ…
男の人でも結構甘いもの好きな方は多いので
真田さんもそうなのかなっと思ったんですけれども」
「なんと…女子のようだと馬鹿にされはせぬのですか?」
「いえ、全く。行列が出来るお菓子屋さんには
男の人も結構並んでますよ。大体四割ぐらい?」
その中の何割かは、カップルだったり、はたまたお使いだったりするのだが
嘘は言ってない。嘘は。
しかし、そうとは知らない幸村は、四割も…と、神妙な顔で呟いている。
確実に、効いている。
甘いもの好きだってオープンにしちゃえよ、楽しいよ、甘味道は。
「真田さんが甘いもの好きだったら、私も甘いもの好きだし
色々連れて行ってあげようかとも思ったのに…
好きじゃないんですか、残念です」
「い、いや。好きでないと申しては…」
「特別好きじゃないってことは、どっちでもいいってことですよね」
「いや、某……」
尻尾をたらした犬のような、情け無い表情を浮かべた幸村を
にこにこ笑いながら待つと、彼はやがて意を決した顔で口を開く。
「女子のようだと笑いはしませんか」
「まったく。甘いもの食べられないより食べられたほうがいいし。
普通よりは好きなほうが良いに決まってるじゃないですか」
「そ、そうでござるか。良かったでござる」
ほっとした顔をして、幸村がにこっと笑う。
それににこっと返していると、幸村の横で
「うっわぁ…旦那騙されてる口車に乗せられてる落とされてる…」
と佐助が物凄い顔をして呟いた。
「猿飛さんは、甘いものお好きではなさそうですね」
「…昔は、結構好きだったけど。旦那の食べっぷり見てると
段々食べたくなくなってきて…今じゃ殆ど食べないかな…
ちゃんも、旦那の食べっぷり見たら、甘いもの好きじゃなくなるんじゃない?」
「そんなことありませんよ。私は甘いものだいっっっっっっっ好きですから」
「…すごい溜めたね」
「溜めますよ。好きです愛してますほんとだい好きです。
私一日三食甘いものでも、全然平気です」
「うわぁ………」
ケーキバイキング二周出来ちゃうに、
甘いものが好きじゃなくなるとはどういうことか。
甘いものは正義だ!
力強く主張すると、佐助が死にそうになって
カートに顔をうずめてしまったので、はいい加減可哀想になって
フォローに入る。
「あ、しょっぱいものが嫌いってわけでもないんですけど」
「………わぁぁ…言い訳にもなってない。
しょっぱいものが嫌いなわけじゃないけど、それ以上に甘いものが好き。
ってことでしょ、それ」
「うふふふふ」
………フォロー失敗。
佐助の言葉が図星をついていたので、つい笑って誤魔化すと
佐助は更に沈没した。
ごめんね。
しかし、彼も立ち直りの早い性質らしく
カートから顔を上げると、今度はの身体に上から下まで視線を走らせる。
「その割には…」
セクシャルハラスメントである。
女の体型をそんなにまじまじと確認するものではないが
気持ちは分かるので、も自分の視線に身体を落とした。
この間の会社の健康診断でも、BMI値はやややせすぎの範囲にあった。
昔から太らないのよねと思いながら、
はぴんっと指を一本立てて、甘いものを食べるときの
とっておきの方法を佐助に教える。
「甘いものを本当に食べたいときには、三食抜けばいいんですよ。
そうすれば摂取カロリーが減って、食べてもちょっと大丈夫!になります」
「うん、ちゃんと食べて、お願いだから。あと旦那も羨ましそうな顔しないで。
あんたは三食食べて甘いもの食べても太ってないでしょ。
しかも力いっぱい甘いもの食べてるでしょ」
「力いっぱいではない。某から、いい加減にしろといって
めいっぱい買ってきた団子を取り上げていくのはお前では無いか」
「際限なく食べすぎなんだって!」
突っ込む佐助の姿は、まぎれもなくおかんであった。
あれ、この人忍びじゃなかったかしらと思いつつも
は原因であるにもかかわらず、のほほんと彼らに声をかける。
「まぁまぁ。とりあえず洋菓子買ってもいいです?」
「是非とも!」
「あんまり買いすぎないでね…いや、お金出すのも買うのも俺じゃないんだけど…
あとご飯はちゃんとしたもの作ってね。いや、作れるよね?」
心配そうな顔をする佐助に、にこりと笑ってやる。
すると彼は、どっちの笑顔なのそれ…と更にぐったりとした。
まるでゆでた後のほうれん草のような、ぐったりさ加減だった。