動揺してばかりもいられない。
はまず携帯電話を拾うと、エレベーターへと向かう。
無論その間も絶え間なく視線を走らせて、幸村や佐助の姿を探す。
しかし彼らの姿は見当たらず、はこみ上げる不安を抑えながらも
エレベーター傍のフロア案内表へと視線を走らせた。
迷子センターは、四階。
玩具売り場の横にある文字を見つけて、すぐさま走って階段を駆け上る。
普段座ってばかりの身体は思うように動いてくれずに、
それでも焦りながらは迷子センターに駆け込む。
「あのっ」
「はい…迷子ですか?」
扉を開いた部屋の中には、子供用の遊び道具がいくつかと
優しげな面持ちの女性職員が一人座っていた。
女性職員は、いかにも親切げな声を出しながらの目を覗き込む。
どうにも若いお母さんと思われているようだが、違う。
が探しているのは、過去から来た戦国武将で
でも常識を知らない点では小さな子供と大差なくて。
あぁ、駄目だ思考が混乱している。
は二度ほど胸で息をして、それからゆっくりと考えながら口を開く。
本当のことは言えない。
もっともらしい嘘をつかなくてはならない。
考えろ、考えることだけが、お前が出来る事だ。
「迷子、なんですけど…えぇと…親戚の子でもう大きいんですけど
この辺の地理とか全然分からない上に携帯も持ってなくて。
申し訳ないですけど呼び出しをしていただきたいんですが…」
「あ、はい、かしこまりました」
「…○○から来た、………幸村と佐助で、が待っていると呼び出しお願いします」
迷った末にで呼び出す。
まさか真田幸村と猿飛佐助では呼び出せない。
名前が胡散臭すぎる。
異様に記憶力の良い佐助には、初めてあったときに住所を教えてあるし
名義の呼び出しなのだから
これでが呼び出していると、分かるはず…。
携帯電話をぎゅっと握り締めながら、は思考を走らせる。
呼び出しをする。
しかし、彼らに迷子センターが分かるのだろうか。
呼び出して来ない可能性も、考慮しなければいけない。
あぁ、いの一番に迷子センターのことを教えておけばよかった。
後悔に身を浸しながら、迷子センターの女性職員に
はいかにも、恥ずかしくも申し訳ないという表情を作って話しかける。
「それで………迷子センターに呼び出すような年でもないんで
ちょっと恥ずかしがって出て来ないかも知れないです。
なので、その辺りをこっちでも探してみようと思っていますので
…もし来たら携帯に連絡していただけますか?」
「そうですね、番号を控えますので少々お待ちください」
の言葉に女性職員は、なんら不審を抱いた様子もなく
紙とペンを机から取り出すと、どうぞ番号を、とに向かって促す。
は自分の携帯番号をそらで言うと、女性職員に礼を述べて
迷子センターを飛び出した。
「どこいっちゃったんだろ…」
口から漏れる声は、思った以上に頼りない。
『○○からお越しの幸村様、佐助様。お連れの様がお待ちです。
迷子センターまでお越しください』
出てすぐに、女性職員の優しげな声がスピーカーから流れる。
四階から三階に降りて、辺りを見回す。
が、後ろだけ長い茶色い頭も、夕日みたいな橙色もそこにはなくて
は俯いて掌を額に当てる。
「…掴んで、どっか横にずれておけば…」
週末でごった返した人の波は、黒山の人だかりと呼ぶに相応しくて
おそらく、そんな場所を歩くのに慣れていなくて
流されていってしまっただろう二人を思って、は唇をかみ締める。
見たことが無いものは怖いでしょう、見たことが無い場所は、怖いでしょう。
覚えのないものばかりの場所は、とても怖くはないですか。
携帯電話は、鳴らない。
は手の中にある携帯電話をきつく握り締めると
人の波をぬって駆け出した。




………三周回って、四周回って。
ひょっとして他のフロアに行ってしまったのではと考えて
他のフロアも駆けずり回って。
一時間たった頃、三階に戻ってきた
階段の踊り場に設置されたベンチにふらふらと腰を下ろした。
「どこ、いっちゃったんだろ」
顔の前で手を組んで、額を押し付ける。
どうして目を離したりしたのだろうと、の心の中は悔恨で一杯だった。
慣れない場所ではぐれさせるなんて。
もし、このまま会えなかったら。
ぎゅっと固く目を瞑る。
と、不意に視線を感じた気がして、は顔を上げ
視線の方へと振り向く。
「あ」
そこにはいつのまにか幸村と佐助の姿があった。
ざわざわと賑わうフロアを背景に、人通りのない
薄っすらと暗い階段の踊り場に、二人が確かに立っている。
殿?」
どういう顔をしていたのか、驚いた顔で幸村がの名前を呼ぶ。
は堪えきれなくなって立ち上がると、
一目散に二人の方へと駆け寄って、近いほうに居た佐助の腕をがっちりと掴んだ。
ちゃ…?」
「み、見失ってごめんっごめんね」
驚いた顔をする佐助も、目を見開く幸村も気にせず
は一気に捲くし立てる。
「怖くなかった?大丈夫?
変な人に声かけられてない?ぶつかられたり、勧誘されたりしなかった?
怖いこと、なかった?」
あ、やばい。泣きそう。
見つかってほっとしたのと、どうやら無事な様子に気が緩んだのか
鼻の奥がつんとする気配がする。
だって、ほんとに心配で。
彼らが誰かを傷つける心配じゃなくて、傷つけられる心配。
見たことが無いものは怖いでしょう、見たことが無い場所は、怖いでしょう。
覚えのないものばかりの場所は、とても怖くはないですか。
寄る辺もない世界に、放り出されたならば、きっと恐怖を覚えているでしょう。
それを思うと、だから手を繋ごうって言ったのにだとか
そういう小言めいたことは吹っ飛んで、ただただ心配ばかりが先に立つ。
抑えるために、顔を手で覆ってはあああああと、肺の中の空気を全て吐き出すと
佐助が戸惑ったのが分かった。
「さるとび、さん?」
「……………置いていこうとか、思わなかった顔だね」
小さく呟かれた声を、しかしの耳はきちんと拾った。
その内容に、怒ろうかどうしようか迷って、
結局は、ばかねぇと佐助の目を見て言ってやる。
「面倒みるって、ゆったでしょう?はぐれたからって、置いて帰ろうなんて思わないわ」
小さな子に話しかけるようにして、は喋る。
なんとなく、そうした方がいいような気がした。
迷子になったからといって置いて帰ったりしない。
そりゃあ、化け物云々の問題だけならば政宗たちが居れば
それで事足りるのかもしれないけれども。
ここで置いて帰ってしまえば、幸村も佐助もの家に戻って来れないだろうし
二人片付いてしまうのかもしれないけれども。
にとってそれは、ばかねぇで片付くような問題だった。
そんな非道なことしたりしない。
…優しくしたいって、思っているのよ。
ひょっとすると、猿飛さんはとても簡単な子なのかもしれない。
と、根拠もなく思ってから、は佐助の手と幸村の手を取った。
「え、ちょ」
「じゃあ、買い物行きましょうか」
「っていうか、何で手」
「はぐれないでね、動かないでねって言ってたのに
現に、はぐれた上にうろちょろしてたじゃないですか。
私、何回もはぐれた場所に行ったんですよ」
「いやだって」
「だってもなにもないでしょ。またはぐれたらどうするの、このお馬鹿っ」
「おば………」
抵抗する佐助をばっさりと切って叱り飛ばすと、佐助が絶句したまま黙り込んだ。
それに幸村がくすりと笑う気配がしたので
そちらを見ると、彼はなぜかえらく機嫌が良さそうだった。
「真田さんは、機嫌が良さそうね?」
「叱り飛ばされる佐助など、久しぶりに見たでござる」
初心な彼はほんのりと頬が赤いけれども、抵抗するつもりもないらしく
おとなしく手を繋がれたままにしている。
口笛を吹きそうなほどに機嫌の良い幸村の姿に
首を傾げながらもは、よしと気分を切り替えて二人の顔を見比べる。
「じゃあ、買い物始めましょうか」