、上手くやってんのかしら」
「大丈夫でしょ。あれで意外と竜の旦那は寛容だよ」
の独り言に応えが返る。
概ね運転は一人でしているものだから、慣れないと思いながら
「そうっぽいですけどね」と言葉を紡ぐ。
「…いや、心配しすぎなのは分かってるんですけど、つい」
殿は妹思いの御仁にござるな」
「そんな大したもんじゃないですけど」
苦笑を浮かべると、ルームミラー越しににこにこと笑う幸村の顔が見える。
「……それにしても、真田さん。シャツ、似合いますね」
カッターシャツとカーディガン、それから父親のスラックスを着た幸村は
どこぞの高校生に見えなくもない。(えらい長髪だが)
それを褒めると、にこにことした笑顔を一変させて
いや、そんなことはと慌てふためく幸村に
にやりと心のうちで笑んで、はそっと視線を前に戻した。
「……あんまり旦那からかわないでよ」
「からかったんじゃなくて、話をそらしたんです」
小声で隣から囁かれた佐助の声に、同じように小声で返しながらそれにしてもと思う。
ありあわせで着せたにしては、意外と現代っぽく
それなりになったのではないか、この主従。
端々にある鋭い雰囲気、空気だけは、のんどりとした現代に馴染まないものの
こればかりは仕方ない。
が、それ以外は、そのまま街を歩かせても目立たない程度に
現代に馴染む姿の二人を見ながら、ほっと胸を撫で下ろす。
それなりになってもならなくても連れ出す気ではいたが、
なってくれた方がいくらも良いのは確かだった。
ひゅんひゅんと街路樹を飛び越して、景色が移り変わってゆく。
それを幸村は興味深そうに眺め、佐助はの手元を覗き込んでいる。
ちょっとハンドルが狂うと、死ぬと散々出発する前に脅しているので
二人とも乗り込んでから暫くは、息も潜めていたのだが
少し慣れてきたらしい。
助手席との間の、ナビゲーション画面に表示された時刻を見ると
出発してから約十分ほど立っている。
そろそろいいかな、と思いながら、前に視線を戻し
は見えてきた大きな建物を、左手を離して指差した。
「あの、茶色い壁の建物が見えますか。大きな奴。
あれは国立病院。国の経営する病院です。
あ、病院っていうのは医者が常駐していて診察に当たる施設のことをいいます」
「なんと…あのように大きな建物に…」
感嘆の言葉を漏らす幸村。
「先ほども言いましたように、あそこの施設は国が直接経営している病院。
他にも個人経営の病院だとか、独立行政法人経営とか、大学病院とか色々あるんですけど。
まあ、施設の内容に違いはありません。
…で、それは置いておいて、今国と私は言いましたが、
現状この国は北は蝦夷から南は琉球までを領土とし
日本という名称でもって、統合された民主主義国家として機能しています」
「みんしゅしゅぎこっか」
「一人の君主が終身で国を支配する政治体制を君主制。
逆に、国に暮らす人間全てで、国を支配する政治体制を民主主義。
ようするに国民一人一人が政治を行えるということです。
まあ、それをやるには数が多すぎるので、普段政治をするのは政治家と呼ばれる人たち。
その人たちを、選挙と呼ばれるときに選んで決めれるのが有権者。
有権者は二十歳以上の日本国籍を持つ人間のことで
その有権者が政治家に立候補した人たちで、良いなと思った人に
選挙日に投票して、票が多かった人が政治家になれます」
「なるほど、皆平等なのだな」
「そうですね、割と。………で、ですねっ」
一際強く言葉を切って、佐助と幸村に視線を走らせる。
何もかもが違う世の中に、ひたすらにの言葉に頷いていた二人であったが
その視線に感じるものがあったのか、のほうへと意識を向ける。
それを確認してから、はゆっくりと重たくなってくる口を開いた。
今までのは全て前置きだ。
出発前から考えていた説明は全て順調に運んでいるが、
ここから切り出しにくい話をしないといけない。
唾を飲み込んで、やや緊張しながらは車内の二人に話しかける。
「……で、ですねぇ……本題なんですけど。
今の日本は法治国家で、法律を遵守して国民は生活しています。
例えば人を殺さない、とか、物を盗まないとか。
そういう基本的なルール…規則ですね。
基本的には遵守しています。皆守ってます。
守らない人は、警察………えっと…検非違使みたいなのに捕まります」
「…あー…刃渡り十五センチ以上の刃物を持っていると
銃刀法違反で捕まるんだから!だっけ?」
「よく聞いてますね、猿飛さん。そして良く分かりましたね!」
言いたいことを先回りして言われ、しかも政宗と小十郎が現れた混乱の最中に
の台詞を聞き覚えていたらしい佐助に感心しつつも…。
分かっていながら、持って来たのね…と、は暗澹たる気持ちで佐助の足元に視線を落とした。
運転中である、ちらりとだ。
………あぁ、もう…仕方ないと分かっていても…。
は泣きそうな気分だった。
なぜならば、佐助の足元には巨大手裏剣、幸村の足元には朱色の二槍が転がっているからだ。
剥き身で転がっているわけではない。
一応毛布で隠してはある。
だがしかし。
検問があって車内を検められたら社会的に死だと、虚ろな目をして思いながら
はそれでも口を開く。
手元にないのは不安なのだろうと、車内に持ち込むのは許した。
しかし、目標断固車外持ち出し禁止!!
「法律での取り決めで、治安維持のため刃渡り十五センチ以上の刃物
もしく銃器は持ち歩き禁止になっています。
…よって、お二人の武器も持ち歩き禁止、です」
「っていわれても、誰か襲ってきたら」
「二十三年暮らしてますけど、誰かに襲われたことなんて一回もありませんよ。
あと、こればっかりは譲れませんから。絶対譲れませんから。
隠しておける武器ならいいですから…」
すかさず反論してきたのは、勿論佐助である。
それに珍しく語調を強くして、断固として許さない意思を見せると
警戒心の強い彼は、飛ぶように流れてゆく景色を見ながら
考え込んでいる様子ではあったが、最終的には「隠せる武器は持っていくよ」
と非常に色よい返事を返してくれた。
幸村はといえば、多少不安げな顔をしたものの
「素手でもやってみせますぞ、お館さまぁあああ!!」
と叫びを上げて気合を入れたようだった。
…それなりに落ち着いていると認識していた彼のことが
正直分からなくなる叫びだったが、了承してもらえたようでほっと胸を撫で下ろす。
良かった良かった。
武器さえ何とかなれば、絶対何とかなる。多分。おそらく…。
「じゃあとりあえず、服とか食器とか色々買おうと出てきたんですけど
ショッピングモールに行こうと思ってるんですよ」
「ショッピングモール?」
「一つの建物の中に、複数のお店が並んでるお店です。
で、それなりに人が多いんで、手、繋ぎます?」
首を傾げて問うと、車内の空気がざっと凍った。
しかしその反応は予測済みであったので、は焦ることなく
車線変更、追い越し、車線変更を行って
緩みなく運転を進める。
「……えぇと…ごめん、俺様耳が馬鹿になったのかも」
「手を繋ぎますかって言ったんですけど」
「繋ぐわけないでしょっいくつだと思ってるの!!」
「そうでござる、そ、そのような破廉恥な!!」
「いや、手を繋ぐのが破廉恥かどうかはおいといても、嫌だからね、絶対嫌だからね」
必死で言い募る佐助と幸村。
やはり、手を繋いで歩くのは嫌らしい。
としてはそんなこと言われてもなぁと思うのだが、
そのあまりの必死の形相に、そんなに拒否らなくてもとつい零した。
「ほんとに、はぐれたら危ないし面倒じゃないですか。 大体はぐれたとして探すの私ですよ」
「だから、はぐれないってば。俺も旦那ももういい歳なんだって」
首を横に振る佐助。
思いっきり振り続けている幸村。
からすれば、現代知識のない彼らは
三歳児、四歳児と一緒なのだけれども。
それを言うのはあまりにも酷だ。
いい年をした人間があまり言われたい言葉ではなかろうと思って、
自分の考えを飲み込み、は絶対にはぐれないで下さいねと
二人にきつく念押しをした。