…問うたのが、今まであまり口を開かなかった小十郎だったせいか
それとも、ばれていたとは思っていなかったせいか。
まともに動揺を顔に出して、そんな自分には行儀悪く舌打ちをした。
「…女がそんなことをするもんじゃねぇ」
するとすぐさま小十郎から窘められて、は一つ息をはく。
…動揺ぐらい好きにさせて欲しい。
思いながらも、そろそろと彼を見上げる。
しかし強面の小十郎の顔は、いまいち怒っているとも、そうじゃないとも
判別がつき難く、は結局眉根を寄せて政宗の方を見た。
すると待ち構えていたかのように、ぱっちりと目が合い
政宗は「Ah?」と面白そうに笑う。
…つまり、ばればれだったということか。
二人ともにばれていたことを見て取って、はがっくりと肩を落とした。
「あー。ばればれ?」
「まぁな。最初は血が昇ってていまいちだったが、後から考えてみりゃあわざとらし過ぎる」
きっぱりと言われ、そんなぁと小声で呟けば
HaHaHa、entertainingと外人めいた笑い声で政宗が笑う。
…くそ、戦国時代の癖に。
いやに流暢な彼の彼の英語は、打ちのめされ中のの癇に非常に触る。
しかし、今はは責められる側であり、うかつに反論することは許されない。
どう返そうかなと考えつつ、ちらちらと小十郎のほうを伺っていると
「別に怒ってるわけじゃねぇ」と静かに言葉が落ちてきた。
その声に小十郎の顔を見ると、彼はただじっとの顔を見た。
「…あの?」
「…そんなことして、怖くは無かったのか」
「………こわ、い?」
何がだろう。
言いたいことが分からなくてじっと見ていると、彼は俺達がだ。と言葉を続ける。
そこでようやっと言いたいことが掴めたは、あぁと納得の声を上げた。
それからちらりと、政宗と小十郎の横を見る。
その横にあるのは刀だ。
彼らはご飯を食べるときも、今こうしているときも決してそれを手放さない。
初めて見たときの剥き身のそれを思い出しながら、は考えながら言葉を紡ぐ。
「…そりゃあ、最初見たときは刃物持ってるし、びっくりしたんだけど。
怖いっていうか、うん。
遠いのよね、刀とか。
持ってたのが包丁とかなら、色々と対応も変わってきたんだと思うんだけど
刀なんて、博物館で見るだとか、そんな機会でしかお目にかかんないし。うん。
………怖いとかいう、以前の問題、かな」
「以前の問題」
「そう…だから怖いとか怖くないとかいうんじゃなくて
……えーっと、ある日小十郎さんが山に登りました」
「は?」
胡乱げな声をだす政宗と、声を出さないまでも何を言っているのか
理解不能だという顔をした小十郎を無視して、は話を続ける。
「山に登ると、どうやら立ち入ってはいけない場所に入ったようで
山の神様に、お前呪い殺す!と言われました。
……小十郎さん、怖い?」
「…………………………………………………………例えが分からん」
長い沈黙の後、眉間に皺を寄せたしかめ面で答えられて
はえぇっと不満げな声を漏らす。
これで分からないって言われても。
的には、スペシャルに分かりやすい例えだったのだが。
しかし、分かってもらえなかったものは仕方が無い。
の気持ちを分かってもらうべく、蜘蛛の巣の張った頭をフル回転させて
はわかりやすい説明を探す。
「だから、そういうことなんだって。
日常的にありえないことが起きても、なんかこう…
夢じゃないかな、みたいな心持ちっていうか」
「in short(つまり)。あんたは刀持った人間なんてありえなさ過ぎて
怖いとか怖くないとかそういう対象じゃないって言いたいんだな」
「そう!」
そのものズバリを言った政宗に手を打って大きく頷くと
哀れみの篭もった目で見下ろされる。
「お前…説明ド下手くそだな」
「放っておいてくれる?」
半眼で睨みつけると、政宗はおかしそうにくくくと忍び笑いを漏らす。
全く性格が悪い。
そんな政宗は無視して、は小十郎に向かって、そう言うことだからと話しかけた。
「まあ、あの化け物が現れて、うやむやになったって言うのもあるけど。
そういう感じで、最初がああだったとはいえ、別にお茶引っ掛けたときには
政宗のことも小十郎さんのことも、怖いなんて思わなかったよ」
「そうか」
の言葉に小十郎は頷くと、一旦言葉を切り
「それでも大したもんだ」
くっと、口の端を上げて笑ってみせる。
その表情に一瞬硬直して、それから言われた言葉には視線を彷徨わせた。
大したもんだ。
大したもんだ、かぁ。
まさかそう来るとは思わなくて、そっちの方面の気構えなど無く
無防備だったものだから、存外にパンチが効いた。
…照れる。
「おいおい、ここで照れるのか?」
「えーまーねー、いやいや、うん」
呆れたように驚く政宗に意味のある言葉も返せず、
えーいやぁと無意味な言葉を連ねながらも
はふと、ここがチャンスなのではないかと気がついた。
何のチャンスかといえば…謝るチャンスだ。
気がついた瞬間に、頬に感じていた熱さはふっと消えて
は表情を改めると、躊躇った末に口を開く。
「ところで、まあ、お茶のことが話題に出たついででなんなんだけど…」
「なんだ、いきなり改まって」
「いや………ごめんね!」
「何がだ」
「お前が謝ることなんざ、一つも無いだろう」
小十郎の言葉に、は首を振る。
はこらえ性のない子だけれども、言っていいことと悪いことぐらいの区別は付けたい。
言った時には「敵」だと思った。
だから毛を逆立てた猫のように、爪を立て噛み付いた。
だけれども、今こうして膝を突き合わせて話し
そしてこれから暮らしていく人になったのならば、
その相手に言った言葉は、謝らなくてはならない。
独りよがりな理屈ではあるが、にとってのけじめでもある。
現実を受け入れるけじめ。
どこか今も現実味の無い、戦国時代から来たお侍達と、
これから一緒に暮らしてゆくのだという
それと向き合うけじめだ。
「いや、あるよ。ある。頭おかしいんじゃないのって言ったりとか
お茶引っ掛けたりとか。…後から考えると…酷いなと思ったから
一回謝っとこうと思って…ごめんなさい」
頭を下げると、目の前で二つ、驚く気配がした。
それからしばらくして、深いため息が一つ。
「…顔を上げてくれ、」
降って来た言葉どおり顔を上げると、政宗も小十郎も困った顔をしてこちらを見ている。
そんな顔をさせたいわけではなかったのに。
ぎゅっと掌を握ると、小十郎が躊躇いがちに口を開いた。
「……そんな顔をしてくれるな。謝るべきはこちらだろう」
「その通りだな。…立つ瀬がねぇなぁ。女に先に謝らせてのうのうとしてちゃ」
頭をかきながら言うと、政宗はがばっと頭を床につけんばかりに下げる。
「…悪かった。戦で気が立ってたとはいえ、excuse(言い訳)にもならねぇ」
「政宗様よりも俺のほうが、だ。……すまん」
小十郎もまた、深く深く頭を下げる。
全くもって予想もしていなかった展開に、
は目を見開いた後あたふたと慌てる。
「ちょ、いいよ別に、そんな風なつもりで謝ったんじゃないし!」
「いいや、きちんと詫びをいれねぇと気がすまねぇ」
「政宗様の言われる通りだ。詫びを入れてどうにかなるもんでもねぇが
いれさせてくれ、頼む」
きっちりと頭を下げてくる男二人に、内心困り果てながら
はいいよ別にと繰り返した。
「そんな、あたしだって謝りたいんだからさぁ…
いいじゃないもう、別に。
両方悪かったってことで、手打ちでいいじゃない、ね?」
言いながらぐいぐいと袖口をひっぱると、ようやく政宗と小十郎が頭を上げる。
それには胸を撫で下ろして、ほっと息をついた。
「……っていうか、お殿様がそんなに頭、簡単に下げていいの?」
「Ha!悪いと思ったときに、下げられないような頭は持ち合わせてねぇな!」
ガキ大将のような笑みを浮かべて政宗が言う。
が、しかし。
「今回はそうですが…」と隣で小十郎が渋面を作っているのを見ると
良くは無いのだろう、良くは。
その小十郎の板についた苦労ッぷりにぶっと噴出して
ようやく、すっきりした気持ちでは来訪者達の存在を
心から受け入れたのだった。
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