結果から言おう。
散々たるものであった。
何がといえば、厠レクチャーである。
そもそも気がつくべきだったのだ、教える対象が
・男
・年頃
であり
教えるのが
・自分
・女
であることに。
まあ、そういうことである。
は女であるので男の用の足し方なんて知らないし
家のトイレは洋式便座で、教える対象は戦国時代の人間
洋式便座など、その時代にあろうはずもなく
ということは洋式便座の使い方から教えないといけないということで
………よそう、もう考えたくない。
がらがらっぺと、口をゆすいでは顔面を乱暴にばしゃばしゃと洗った。
催したときに、厠の使用方法から尋ねないといけないという事態は、
そりゃあ避けてやるべきだろうという親切心がこんなことになるとは。
…いや、情けは人のためならず。
回りまわって自分のところに、親切は返ってくるのだ。
結局教えなければいけないのだったら、切羽詰った状態で無いだけましだったろう!
と強引に結論づけて、はタオルで顔を拭う。
「……ふぅ…」
すっきりとしたところで一息ついて、はよっしと拳を握った。
気分を切り替えよう、気分を。
なにせこれからお出かけなのだから。



「えぇとーそれじゃあそろそろ、買い物に行って来ようと思うんだけど」
厠レクチャー後、逃げるように居間を飛び出した
何食わぬ顔で戻ってそう告げると、その場の全員がほっとしたような顔をしたのが見えた。
「えっとー、ついていけば良い?」
「いや、は残って伊達さん達にこっちのこと教えといて」
尋ねてきたにそう言うと、はぱちくりと目を瞬かせる。
「…いや、だって何にも説明して無いでしょ、伊達さん達には」
とはいうものの、幸村達にもさして説明しているわけでもないが。
そういう面で言えば、不安である。
出来ればまだ外には出したくない。
しかし、男連中の誰か一人でも居ないと、色々と差支えがあるのだ。
主に服とか靴とかのサイズ選びに。
そこで考えて連れて行くならば、朝方現れて
まだ混乱の残っているだろう伊達片倉主従よりも、
昨日の内から居た真田猿飛主従の方が良いだろう
…と、は考えたわけだ。
決してそうは言わないけど。
恩着せがましいのは好きじゃない。
あと、他人を気遣ってるとか見られるのも、好きじゃない。
パジャマ代わりのジャージのポケットに手を突っ込みながら
は幸村と佐助のほうを向く。
「で、真田さんも猿飛さんも、別に良いです?ついてきてもらっても」
「某は特に問題ござらん」
「俺も旦那が行くなら別にね」
返ってくる良い返事に頷いて、はふぅむと天井を見え上げた。
とりあえず、のどでかいカーディガンと、父親のシャツとスラックスで
何とかいけそうかな、どうかなと内心不安半分で
「じゃあ、とりあえず服出すんで着替えましょうか」
しかしそれをおくびにも出さず、はにっこりと笑みを浮かべた。



「で、何で居るの」
「いや、聞きたいことがあって」
ジャージを脱いでパンツ一丁の格好というのは、
例え実の妹でもあまり見せたいものでもない。
幸村と佐助に服を出して、着方の説明をしてから自室に戻り
さて着換えようかとしたところに、の襲撃を受けた
パソコンラックの椅子に座ったを胡乱な顔で見た。
本当は色々と着換えている隙に考えようと思っていたのだが…。
例えば、彼らはどうやったら帰れるのか。だとか
一度それぞれの城まで連れて行ってみるか。だとか…その辺りを諸々。
「…寝るときにしようか…」
「ん?」
「ううん。こっちの話」
引く気のなさそうなの顔を見てすっぱりと諦めると
はベッドに腰掛けたまま頭を下げ、タイツを
寄らないように少しずつ上げながら、に話しかける。
「で、どうしたの」
「……うーん。何から言えば良いんだろ。言いたいことは色々あるんだけど…
とりあえずさぁ、謝った方がいいと思う?」
「………えーと伊達さん達に?」
「そう。っていうか、政宗達じゃないほうとは、謝らなくちゃいけないぐらい喋ってないし」
「そりゃそうだ」
どうも幸村の方が近寄らないでいて、前日組みとはあまり喋ってはいない。
(…やはりあのきっつい物言いがあれなんだろうかと、
は密かにちょっぴり困っている。
家庭内不和は避けたい)
もっともな言葉に微かに笑うと、は笑い事じゃないのと膨れ面になる。
「………っていうか…初対面のあれは、正直いらっとするどころの話じゃないんだけどさ。
でも戦国時代から平成にタイムスリップって、酷いよね」
確かに、酷い。
戦乱の最中から、戦争の遠いこの時代に飛ばされて。
しかも、急速に発達した文明は、彼らに馴染みも無く
西洋文化が取り入れられた日本は、既に彼らにとっては異国、異世界に他ならないだろう。
「…だから、混乱してちょっと乱暴になっても仕方ないかなって?」
「そう。で、そこに頭おかしいんじゃないの発言は、ちょっとまあ…」
「どうかな、と思って後になってから反省していると」
「そう」
タイツの上からスパッツをはいて、選んでおいたスカートを履く。
……まあ、はこういうところが可愛いのだ。
怒るのも一瞬、冷めるのも一瞬。
からすると、まあ向こうも向こうでどっこいどっこいなんだから、
気にせずにいれば良いんじゃないのと思わなくも無いが
それでも謝りたいと思うところがらしい。
微笑ましく思うだったが、微笑ましがってばかりもいられない。
結論の出ている相談事を持ちかけるのは、背中を押して欲しいからだ。
はベッドから立ち上がると、上を着るついでにの額をちょんとつついた。
「まあねぇ、が謝りたいと思うなら、素直に謝ればいいのよ。
悪いなぁって思ってるんだったらそれはちゃんと伝えないと。
話さないと伝わらないんだから。ね?」
顔を覗きこんで同意を求めてやると、は二拍後にこくんと小さく頷いた。
年が近い割りに手間のかかる、可愛い妹の方をぽんぽんと叩いて
それからカットソーに袖を通す。
さてジャケットは何を着ようかなと、クローゼットを開けた所で
それと、とが小さな声を出してを見上げた。
「それと、政宗達、あの四人がタイムスリップしてきたってことはさ
…………………タイムパラドックスって…どうなると思う?」