なにはなくとも朝ごはん。
とりあえず、一旦区切りの良いところまでいったので
後は食べながらということにして、は大鍋に湯を沸かして
うどんを茹でている。
男の人がどれぐらい食べるのか分からなかったので、
とりあえず人数×1.5人前計算で、乾麺は入れた。
「…………そろそろ塩入れますけど」
「はいはい舐めさせてね」
横で控えている男二人に塩の容器を差し出すと
二本腕が伸びてきて、それぞれ少量中身をすくって帰ってゆく。
「ていうか、作りますか」
「ん、旦那だけなら俺もそうするけど」
「…お前に任せるなんざ、冗談じゃねぇ」
「かといって、右目の旦那だけには俺も任せらんないしねぇ」
言いながら、佐助も小十郎も二人で目を合わせて
嫌そうに肩をすくめるのだが、別にこれで気があわないわけでは無いらしい。
主の食事をおいそれと、他の領の人間に任せられないのは
戦国の世の慣わしだと言ったのは佐助だったか。
ともかく。
その戦国の世の慣わしに従って、全員分のご飯を作っている
ただいま従者二人に監視され中なのだ。
「すいませんねぇ、キッチン狭くって」
「キッチン?」
「台所、です」
気を抜くと外来語を使ってしまう。
不思議そうな顔をする佐助に、自分の発言を訂正して
はうどんの入った鍋を、菜ばしでぐるぐるとかき混ぜる。
「特別狭いとは思わないけど」
「いや、成人が三人入ると手狭でしょう。
お城だったら、そんなこと無いんだろうなと思って」
「それはそうだが、城は台所は台所でそれ用の場所があるんだ。
こことは比較はできんだろう」
「まぁそうですねぇ」
非常に和やかな会話である。
しかしその実、横の二人がが妙なものを混入しないかどうか、
鋭く探っているのを、はその視線から感じていた。
戦国の世の慣わし、ねぇ。
心の中でその言葉を繰り返して、はさりげなく肩をすくめる。
嫌な慣わしだこと。
菜ばしで一本うどんを摘まんで、指で持って口に入れる。
つるりと喉に入ったうどんの茹で具合を確認して
は横においていたタオルで、鍋の取っ手を持った。
「とりあえず、そこどいてください。うどんが茹で上がりましたので」




どでかい容器に山盛りの釜茹でうどんは、見るも壮観だった。
これ、食べ切れるんだろうか。
現在時刻は朝の九時。
元気良くおなか一杯に食べるには、少々厳しい時刻のように思える。
大体、休日に朝はあんまり食べないんだけど。
休みの日にはおねぼう派のとしては、
自分がこんな時刻に起きている時点で奇跡のようなものである。
失敗したかなぁと思いながら、とりあえず食卓に置いたうどんを最初にとって
ずるずると啜る。
次がで、その次が従者、最後に従者の無事を確認してから
主がうどんに手を伸ばした。
「とりあえず、どうしようかなぁ。何から説明すればいいのか
さっぱり分からないんだけど…とりあえず……トイレ、…便所から?」
「……何故厠」
「だって、必需品かなと、思いまして」
気が抜けた突込みをする幸村に答えてやると、政宗がOhと感嘆するような声を上げる。
「真田に突っ込ませるなんざ…」
「お姉ちゃんは天然なのよ」
「そうか」
政宗の言葉に首を横に振る
すっかり仲良くなったようで何よりではあるが…。
「馬鹿にされてる気がするのは、どうして…」
眉間に皺を寄せると、「いの一番に厠とか言うからだろう」と
今度は小十郎から突込みが来る。
無言で彼のほうを見ると、なぜか物悲しそうな顔をしていたので
反論するのを止めて、は黙ってうどんを啜った。
「…あぁ…ところで、伊達さんももすっかり打ち解けたようで…」
はinterestingだからな」
面白いという政宗に、は肩をすくめたが、まんざらでもなさそうな顔をしている。
は割りきりが早い上人懐こいタイプだが、
政宗の方は、が、気が強くて、無礼も何も気にせず言葉をぶつけてくるような
周りに居ないタイプだから、目新しいのだろうか。
面白い玩具を見つけた子供のような顔をしている政宗に、
とりあえず、無礼者で斬られる心配は無いわけだと、ほっと胸を撫で下ろしては考える。
実のところ、目下の心配事は、が無礼だ!で斬られる心配だったわけなのだけれども
それはクリアしたから次は、ご近所様への言い訳である。
ようするに、突如として現れたいい年の青年達を、どうやって誤魔化すかとかそういうあれ。
現れたのが二人なら、恋人とかそういう言い訳でいいのだけれど。
田舎だからなぁ。
凄い勢いで噂が回るのよねとげんなりしつつ、はとりあえず
全員火事で焼きだされたことにしてやろうと考える。
小十郎を家長にして、次男佐助、三男政宗、四男幸村の四人兄弟は
家を火事で全焼し、通帳印鑑全て燃えてしまったため
佐助のつてによって、家を頼ると。
全然似てない兄弟ね…と言われたならば、複雑な事情があるみたいでと
言葉を濁して微笑んでやればいいかと、
鬼畜な発想では、とりあえず対ご近所用の言い訳を考え終えた。
非常に簡単な言い訳だが、こういうのは仔細考えずにいたほうが
周りが勝手に盛り上がって作ってくれるものだ。
さて後は
「ほんとに、何を教えればいいのかしらねぇ」
「とりあえず、ご飯と厠が分かれば人間生きていけると思うよ」
「お願いですから、お風呂も含めてください」
発言者である佐助が、無くても生きていけるだろうという思考で
外したのが分かるので、首をふって否定しつつは食べる手を止めて食卓を囲む全員を見る。
「まずは服。食料。布団は客用のがあるから良いとして、あとは…靴?」
「あ、買い物行くの?」
「行かなきゃどうしようもないでしょう」
未だに戦国時代の格好の真田主従に、現代の格好ではあるものの靴も無い伊達主従。
おまけに冷蔵庫に入っているのは二人分の食料だし。
「とりあえず、便所については使い方教えるんで。その後誰か一緒に買い物行きましょうね」
「うん、とりあえず厠って言ってくれる?」
佐助を見ると、やはり物悲しそうな顔をしていて
とりあえずは、厠については後で教えますと、小さな声で言い直した。
…別にどっちだっていいじゃない!!