…朝起きると、半兵衛が腹の上に乗っていた。
「……………」
寝起きだけじゃなくて、寝相まで悪いのか、この人。
無言で半兵衛をよいしょとどけて、背伸びをすると
ぐぅっと背筋を眠気が駆けて去って行った。
「ふぁ…」
小さな声を漏らして背後を振り返ると
「……………」
後ろに、官兵衛が。
「…おはようございます…」
「あぁ…」
気を抜いていた所を見られたという気まずさを味わいながら義子が挨拶をすれば
官兵衛も気まずそうな表情で、軽く頷いて頭を下げる。
………表情が、無いわけでもないのだよな、この人も。



ほどなくして半兵衛も目が覚めた。
のだけれど、いつかと同じようにうつらうつらしながら、前後に揺れているのだから危なかしい。
朝餉を食べながら、彼の向かいに座る義子ははらはらと注視し
隣に座る官兵衛はどうでも良さそうにしながら、半兵衛の頭を時々押して
バランスをとってやっている。
地味に優しい。
粥を食べながら見守っていると、そのうちに揺れが少なくなって
ぴたりと止まった頃に、半兵衛がふあぁと大欠伸を漏らした。
「あー…ねむた…」
「相変わらず寝汚い」
「放っておいてくれる。寝るのって気持ちいいじゃない」
「どうでもよい。寝ずに生きていられるのなら、寝ずとも良いほどだ」
「…うわ…。その辺官兵衛殿とは永遠に分かりあえない」
「分かりあいたくもない」
軽口の応酬が目の前で飛び交う。
ぽんぽんとかわされる言葉の遠慮の無さは、彼らの仲を表しているのだろう。
いい年をした大人同士とはいえ、他人の友情は見ていて微笑ましい。
義子は他人事のような顔をして、外野から観戦していたのに
しかし半兵衛が彼女を巻き込む。
義子…殿、義子殿は寝るのって大事だと思うよね?!」
「え」
「えじゃなくて。人間寝ないと死ぬんだから、寝た方が良いに決まってるよね、当たり前の話だよね?!」
「放っておけ。ただの詭弁にすぎぬ。半兵衛、卿は明らかに寝過ぎだ。
少しは真面目に働け」
「働いてるじゃん。俺が一回でも期日に間に合わなかったことある?
無いよね?間にあわなかった事実があってから言ってくれる?」
「事実は無いが、期日間際ではある。常にだ。
余裕をもって行動してもらいたいものだな。提出されたものをまとめる側の都合もある」
「だったらもっと早く期日を設定すれば良いじゃない」
「…半兵衛」
「なに。期日は、期日。余裕を持って出来る日時を設定するのも、お仕事」
つんっと顔をそらして言う半兵衛に、この舌戦は軍配が上がったようだ。
…なるほど、半兵衛殿の方が大体強い、と。
年の甲か、性格か。
思えば秀吉相手でも負けていなった半兵衛の言動を思い返しながら
得な性格をしていると、義子が暢気に思っていると
「で、寝るのって大事だと思うよね?」
…話がふり戻された。
関わりたくない。
見ている分には微笑ましいが、その下らなくも苛烈な舌戦に人を巻き込まないでくれ。
切実な目をして半兵衛に訴えかけて見るが、彼は知らぬ顔をして、うん?と首をかしげるばかりなので
仕方なく、本当に、仕方なく義子は重い口を開けた。
「…その話題、さっき半兵衛殿の勝利をもって終わりませんでしたか?」
「何言ってんの、義子殿。俺は優しいから官兵衛殿に民意による反撃の機会を許すよ」
「…私が官兵衛殿に同意したら、官兵衛殿の勝ちなんです?」
「ううん。義子殿も交えてもう一回討論する」
「……………いや、いやいや」
聞けば聞くほど、この竹中半兵衛は減らず口を叩く人だ。
首を振った半兵衛に、義子も頭痛を覚えながら首を振る。
今の話の流れだと、義子が同意したら官兵衛側の勝ちだったろう。
それが何故、義子まで交えて再舌戦なのさ、お前。
けれども半兵衛は、いっそ悲壮な表情をして己を見る義子に構うことなく
平然とした態度で、義子の否定を否定する。
「反撃の機会をあげるって言っただけであって、俺は多数決をとるとは言って無い」
「……………」
…このように、あっさりと。
良い性格してるな、この人。
今更ながらに思って、義子は思わず遠い目をした。
義兄も面倒で良い性格をしていると思うが、似たりよったり。
厳しい時代に生きていると、性格がひん曲がるのだろうかと
どうしようもないことに考えを飛ばして、現実逃避をしていたい義子
半兵衛は許してくれない。
「で、どっち?」
しつこく問いかけてくる彼の目を見る。
…諦めそうにない。
義子がつれなくしている間に、なんだか意地にならせてしまったらしい。
自らの失態を悔やみつつ、義子は沈んでゆく心に付き合って、沈んだ口調で声を出す。
「…寝るのは、大事だと思います」
「お、義子殿、話が分かる。っていうか、普通そうだよね!」
それに、喜ぶのは半兵衛。
「でも、さぼりは良くありませんね」
「………そう言うであろうな、普通」
それに、頷くのは官兵衛。
「なので総括すると、適度に睡眠をとって、真面目に勤務時間は働きましょう」
その二人に向かって、ため息をつきつつ義子
「実に模範的な意見だな」
「模範は手本にすべきだから模範です」
「なるほど、一理ある」
……いや、普通こうだろう、普通。
寝てばっかりいるのも、寝ないのも駄目です。
きちんと適度にバランスをとって、規則正しく生活しましょう。
「…いやいや。いやいや。義子殿、第三の意見を出せとは俺言って無い…。
どっちの味方なのかはっきりしてよ」
…官兵衛は義子の意見に納得して、どうでも良さそうに頷いたのに
この半兵衛ときたら。
「私は私の味方ですよ。いいからさっさと食べて出発しましょう」
むぅっという様子で言う半兵衛に、義子は目を閉じて
どうしようもない義兄相手に言うような口調で言い捨てると
朝の食事を再開させた。