いつも通り、下座に座りかけた義子だが、この場合は上座だ。
危く止めかけた足を動かして部屋の奥に座ると、軍師二人は入り口側へと座った。
義子は、背に負うていた銃を袋ごと前にやり、そこから袋を脱がして
連発式燧石銃を表に出す。
「はぁ…一見普通の燧石小銃なのに、連発式か」
「割に簡単に中見えますけれども、内部機構がからくり式で
装填棒のように見える所に球状弾が入っていて、発射薬等々の蓄えを使い
ハンマー、当り金を戻して、引き金を引く動作をした後
その運動の力を使って再装填するような仕組みになってるんですよ」
「はああ。上手く考えられてる。けど」
「機構が複雑すぎる」
「そうです。実のところこれは、兵器としては三流以下です」
褒めたかと思ったらめったくそである。
持ち主までめったくそ。
けれど事実そうだ。
この連発式燧石銃、強力なことこの上ないが、兵器としては五流以下だ。
武器とは戦争の道具、兵器。
ならば、それがどれほどまでに強力でも量産できなければ意味がない。
兵器は、強力であるだけでは駄目だ。
作りが単純で、量産がしやすく、かつ低コストで出来るものが、望ましい。
そうしてこの連発式燧石銃は、そのどれにも当てはまらない。
完全に、個人が金にあかせて使う道具である。
せめてもの救いは弾丸・火薬が通常の火縄と一緒の規格である点か。
そうして、三人ともがぼろっくそに言うと、うち二人
半兵衛と官兵衛は僅かに意外そうに義子の方を見た。
持ち主本人がぼろっくそに言ったのが意外だったらしい。
だから、義子は二人に向かって量産できないでしょう?と首を傾げる。
「機構が複雑すぎるのも考えもので、こんなもの職人技で作るしかない。
だから、どんなに強力であってもこれは七流以下です。
まぁ、量産できるならしてますがね。こんなもの、大量にあれば戦況は簡単にひっくり返ります」
「誰であっても」
「なにであっても」
火縄、燧石で、熟練の者が次の弾込めにかかるまでの時間は、二十から三十秒。
それが僅か一瞬で出来るのならば、銃は刀槍を駆逐して
主力武器となるに違いない。
誰であっても何であっても、どれほどに武勇に優れた人間でも
遠くから弾幕を張られて、おまけにその弾幕がいつまでも止まぬほど装填が早いならば
生きられる人間は、居ない。
…が、それは所詮この連発式燧石銃が量産できればの話だ。
もしもすぎる。
この銃の問題点はいくつもあって、一つは今上げたように機構が複雑すぎて、量産化できない点。
もう一つは。
「…というか、そもこんな複雑な機構のもの、量産しても整備できる人間がそうそうはいません」
「平時ならともかく、戦場で壊れたらそこでおしまい、か。だから銃剣にしてるのか」
「はい」
銃剣の理由を納得する半兵衛。
彼の言うとおり、戦場で壊れた場合、この銃は直せない。
機構が複雑すぎて、直すには一度どこかに潜伏して
銃をばらして一つ一つ機構を確認しながら整備する必要がある。
…とても現実的でない。
というか、銃剣にした理由はもう一つあって、銃だけである場合
突っ込まれた場合に、射撃以外に相手を殺す手段が無いのだ。
複数人で突っ込まれた場合には、直線しか撃てない射撃より
振りおろして面積を広く攻撃できる斬撃の方が有利だ。
しばらく、半兵衛と官兵衛はまじまじと義子の銃を見ていたが
やがて官兵衛が
「自分より実力の上の者を殺すことを前提にした装備だな」
今上がった幾らもの決定的な不利を飲み込んで、この銃を使う必要性がある人間は
己が己の敵に、現在の正攻法では決して叶わぬと知る者だ。
それを官兵衛はその頭の良さで鋭く読み取り、義子は図星をさされて正直にそれを認める。
「まあ、そういう方向性での方向転換をしましたので」
「武田の赤備えと当ったのだったな、卿は。なるほど」
義子の顔を少し見て、それから官兵衛は納得をした。
その表情から読み取れるのは、実に納得がいくという感情の色だけだ。
この人は、実用的であることが好きらしい。
その感情の色から、そういう予測を立てて
義子が官兵衛に対してなんとなくの好感を抱くと、それとは反対に
半兵衛がむーっという表情をして義子の顔を見た。
義子様いくつだっけ」
「十三です。もうすぐ十四」
数えでは、皆正月に年をとる。
正月ももう近いと答えると、彼はむっと頬を膨らませて義子の頬を突いた。
…気安い。
「なんだかなーもー」
けれども彼はその自分の気安さに気がついていないようで
むくれた顔をして義子を見ている。
悪気のないそれに、注意をするほどでもないとされるがままになっていた義子だが
官兵衛はそうは思わなかったらしい。
「半兵衛、気安い」
「あぁ、そうだった。すいません」
眉間にしわを寄せ注意をする官兵衛に、半兵衛はあっと気がついて
手を引っ込めて義子に謝る。
「いえ、特に良いのですけど」
「あれ、いいんだ?」
「まぁ、別に。元が元ですし」
けれど、義子は元々注意をするほどでもないとされるがままになっていた。
だからそのまま別に良いというと、半兵衛はきょとんとして義子を見る。
どうやら怒られると思っていたらしい。
…彼の中で、微妙に義子が扱いづらい子扱いな気がするのは気のせいか?
思いながら、「良いです。元々は今川の姫でもないわけですし」と
正直に言えば、半兵衛も、また官兵衛もそういえばという、表情を浮かべた。
義子があんまり固い言葉遣いをしているせいか
情報としては知っていただろうに思い出せなかったらしい。
「あぁ、そういえば拾われっ子だっけ。そんなことも聞いたけど…本当に?
それにしちゃ、しっかりしすぎてない?実は隠し子とかいうことでもなく?」
「はい。過分な扱いを受けておりますが、拾われました」
「何年前?」
「私が十の頃ですから、三年前です」
「三年でそれか―…。義元公は良い拾いものしてるよ、全く」
「ありがとうございます」
良い拾いものは、義子が良いということだ。
褒められたので礼を言うと、半兵衛はまたも微妙な表情をする。
「んー……………」
「あの?」
その微妙な表情に、それをされる思い当りが無く
義子が戸惑った声を上げると、半兵衛がまっすぐに義子と目を合わせてくる。
思わず身を引きかけた義子だが、失礼だと思ってそのまま受け止める。
が、気まずい。
そんな義子を気にすることなく、半兵衛は唸り声を上げると
「んー…官兵衛殿もだけど」
そこで、ちらりと横の官兵衛を見て、それから
「あなたももっと、笑えば良いんじゃない?」
「笑う」
「あんま笑わないから」
きっぱりと言われた言葉に義子は首をひねった。
あんまり笑っていない。
そうか?
けれど思い返してみればその通りで、義子は戦国の世に来てから
余り笑ってはいなかった。
多分、そんな余裕が無かったのだろうと思う。
おや、いけない。
笑顔は人間関係の潤滑材である。
心理的な要素として、人はいつもむっつりしている人間よりも
笑顔の人間の方に好感を抱くものだ。
おやおや。
反省しながら義子が口角に手をやって、ぎゅっと持ち上げると
半兵衛は最初ぱちっと目を瞬いた後、あぁ、と気の抜けた声を漏らした。
「あ、そういう………俺、なんか義子様のことちょっと分かったかも」
「え?あ、はい」
「あぁうん、良い良い。ごめん今言ったことは忘れて。
なんだ、そうか、そういうね。はいはい。
俺、峠で思ったこと忘れてたわ。うっかり」
「は、はぁ。あの、官兵衛殿」
わ、訳が分からない。
笑えと言ったくせに、行き成り良いと言い始めた半兵衛の思考が
本当に分からなくて官兵衛に助けを求めると
彼は面倒くさそうな顔をして、ふぃっと義子から目をそらす。
「私に聞かないでもらえぬか」
「と言っても、あなたしかいないんですが」
「半兵衛の思考は読めない。諦めたらどうだ」
勧められる言葉は諦念に満ち溢れており、かつ投げやりだった。
しかも面倒くさそうな空気が漂っている。
もうちょっとちゃんと相手をして欲しい。
思いながら、義子は官兵衛に詰め寄って、半兵衛を指さしこっそり言うのだ。
「……そういわれても、官兵衛殿。
こういうですね…この手のその…なんというか、人の話をあまり考慮してくれない方に私は弱くて
余り強く出れないのですが、それにしてもその手の類が増え過ぎるのは困るのです。
官兵衛殿になら分かっていただけると思いますが」
………酷い言われようだが、これが義子の偽らざる心境である。
義子は未だ義兄にいろんな所が敵わない。
というか、この手の人の話を聞かない人間に弱い。
気を抜くと負けっぱなしになる。
義兄然り、風魔小太郎然り、ねね然り。
であるから、これ以上はそういう人間増やしたくないのだと
一生懸命に言うと、相手方にも伝わったようで、官兵衛は小さく眉を上げ
それから僅かばかり同情的な光を目に宿した。
けれども。
「………諦めよ。卿に対して言えるのはそれだけだ」
官兵衛が言ったのは、事実上の敗北宣言であった。
しかしそれは、男が半兵衛と言う存在を受け入れている証拠にしかならず
義兄と義子の様だと思ったのが間違いでないことを、義子に教える。
それに半兵衛を見ると、彼は官兵衛の言葉にこそばゆいような笑みを浮かべていたが
義子と目が合うと、にっと笑って口角に指を当てたので
義子は一瞬止まった後、ふっと表情を緩めて笑う。



―それに半兵衛は、出会ったのら猫を呼んでたら、振りかえった時のような気持ちになって
愉快なそれに、あははと声を上げて笑った。
無論その彼の反応に、義子は目を白黒させたし、官兵衛は僅かに表情を動かしたが
結局その後半兵衛は笑った理由に関しては口をつぐんだため
何故、笑ったか。というのは彼しか理由を知らぬことである。