「こんにちわ」
「こんにちわ、義子様。秀吉様との話は終わったの?」
「はい。この度はご迷惑をおかけすることとなりますが
秀吉殿に岐阜城まで送っていただくことと相成りました」
「やっぱりねー。そりゃそうだ」
両腕を頭の後ろで組んで、頷く半兵衛の調子は軽い。
それとは正反対に、一言も喋らない官兵衛の持つ空気は重く
鋭い目で彼は義子を見下ろしている。
………面倒事に巻き込まれたと思っているのだろうか。
義子が無事に岐阜城までつけたのならば、義子を護衛した秀吉の手柄になるだろうし
そこまで面倒事とは思わないのだけれども。
内心首を傾げながら、じっと官兵衛の顔を見て心の内を窺ってみる。
じっと。
じっ。
じぃ。
じぃぃぃぃ。
…何故か、見つめ合いになってしまった。
官兵衛は目をそらさないし、こちらも目をそらすと負けの様な気がして、そらせない。
黒田官兵衛、読めない人だ。
些か間違った感想を抱きつつ、尚も見つめあっていると
放っておかれている半兵衛が面白くなさそうな顔をして
二人を見比べてから眉を寄せる。
「……あのさ、二人で見つめあって何してんの?」
「…いえ、見られていたので、何か言いたいことが御有りなのだろうかと」
「卿ではない。卿の後ろの物を見ていた」
その半兵衛の言葉に、義子は首を傾げ、その義子の言葉を官兵衛が否定する。
後ろ?
義子は一瞬はてなと思ったが、自分の後ろと言うならば
未だ背負った銃に違いあるまい。
官兵衛の視線の理由を理解した義子はぽんっと手を打ち納得をする。
連発式燧石銃。
世にも珍しいこの品を見たいと思うのは、分かる人間ならば当然だろう。
「あぁ。それならそうと言ってくだされば。
差し上げられませんが、見せるだけなら見せますのに」
だから、ここまでのお礼も兼ねて親切にしておこうと義子が申し出ると
官兵衛よりも先に、半兵衛の方がぱっと顔を輝かせてはしゃぎだす。
「え、ほんと!?俺見たい、見たい!」
「あ、はい。ではどうしましょうか」
その半兵衛の様子に、その容姿でそれをやると、本当の童の様だと
失礼な感想を抱きつつ、場所を迷うと、半兵衛は今出てきた部屋に入り直して義子を手招く。
「あぁ、官兵衛殿の部屋で良いよ。ここだから。入って入って」
「…何故卿が私の部屋に勝手に招き入れるのだ、半兵衛」
「えーだってさ、一番近い部屋のここ、官兵衛殿の部屋じゃん。
移動の手間を省こうと思って呼んでるだけだけど?」
「多分そういうことではないと思いますが。よろしいのですか、官兵衛殿」
なんだか、どうも、何かを彷彿とさせられるような。
強引な人と、突っ込むのに流されてしまう人。
………要するに、義兄と義子だ。
信長と秀吉の組み合わせでも思ったが、普段義兄に突っ込んでいるのに
聞いてもらえない悲しさから、義子はこういう場合、突っ込む側に同情的だ。
一杯の気遣いの気持ちを目にこめて、官兵衛に聞くと彼はどうにも言えないような表情をして義子を見た。
まるで、分かるのか。とでも言いたげに。
分かりますとも、官兵衛殿。
…そうか。
「断るんだったら俺だけ見せてもらう。その間、官兵衛殿は一人でゆっくり寂しくしてれば良いよ」
「断るとは言っていない。ただ、卿の発言のおかしさについて指摘しただけだ」
けれどその心の会話は、半兵衛がさらっと官兵衛に対して鬼のようなことを言うので中断された。
さらーっと言う半兵衛だが、からかい半分本気半分なのが
声の調子からうかがい知れる。
だからか、官兵衛はむっつりと不機嫌そうな顔をしながら、義子を部屋へと招き入れた。