起きると、既に朝日が夜を消し去り始めた所であった。
「…ふぁあ」
欠伸を漏らして背伸びをして、銃を手に取り、持ってきた袋に入れる。
そのまま持っていても良いのだが、やはり子供が銃を持ってうろうろとしていると
よろしくないことも起こるだからだ。
そうして銃を入れた袋を背負い、草履をはいた足をとんとんと鳴らして調子を確かめると
義子はぐっと拳を握って気合を入れる。
「…良し、行きましょうか」
…大層男らしい。
多分義兄がいたら顔をしかめて諌めてくれたのだろうが、今は義子一人である。
彼女は、義兄がいるために目立たないそのしょっぱさを存分に発揮しながら
きりっとした顔で今日も進む。
一路、織田岐阜城へ。
………まだ小牧山城とかに居てくだされば良かったのに。
若干近い清州か小牧山への道を考えて、はぁと気分が落ち込んだ義子だが
まぁ、美濃も落したのだ。
そちらへ居城を移すのは仕方があるまい。
義子は枯葉を足で散らし痕跡を消すと、街道の方へと歩き消えた。




そうして、そのようなことを繰り返すこと四日。
草、魚、たまに動物。
良いような悪いような食事をしながら、まともなご飯とまともな布団で眠りたいな。
つまりは家に帰りたいなと思いつつ、義子が今日も街道を歩いていると
横の茂みががさりと鳴った。
それに警戒をして、背に負った袋の紐を握ると、案の定茂みの中から男が五人現れる。
「おやお嬢ちゃん、一人かい」
「この辺は獲物が少なくなったと思ったんだが、お嬢ちゃんみたいなのが
通りかかってくれると、おじさん達嬉しいよ」
にやにやと笑いながら、粗末な着物を着た男たちは義子を取り囲む。
その腰に刀が下がっているのを確認して、それから義子は自分の姿を見下ろし首を傾げる。
明らかに、金を持っているようには見えないのだが。
「…あの、私お金は余り」
「あぁ、良いんだ良いんだ、お金なんて。お嬢ちゃんの身一つあれば」
一応親切として、自分に金が無いことを正直に自己申告すると
賊どもはにやつきながら、その義子の言葉をやんわりと否定する。
あぁ、人攫いか。
物盗りで無く、人を売る類の集団であるらしい。
是非、織田の方には取り締まりを強化していただきたいものだ。
織田領に入ってからというもの、二度もこの類の手合いに出会っている義子
ため息をつきたいような気分で、にやにやと自分を取り囲みながら見下ろしてくる賊どもを見上げ。
その、賊の手が根城に連れて行こうと延ばされたのを合図に、背後にいた賊の一人を押しのけて
包囲の外へと飛び出した。
「あ」
小さな声は、押しのけた賊の者だ。
よもや小さな子供がこの状況下で、そのような行動に出るとは思わなかったのだろう。
慢心は勝機を殺す。
さほど前でも無い敗戦時の自分を思いながら、苦い気持ちでそう思うと
義子は背負った袋を振り払うようにして下ろし、銃を取り出し袋を投げ捨てる。
そうして、三ヶ月間訓練してきた通りに
躊躇い無くハンマーを上げ、当り金を戻し、引き金を、引く!
たぁんっ!!という音が空気を裂いて響いた。
銃声が響くと同時に、賊の一人の頭が吹き飛ぶ。
…銃はやはり良い。
刀であったのならば、今の結果を得られるのに
義子ならばどれほどの時間と危機を払わなければならないことか。
未だ刀の腕の未熟な自分を振り返り、そう思うと
義子は小銃に備え付けられたその剣、その鞘を脱がし斜め前の男を斬りつける。
「ぎ、やあああ!!」
賊の叫びが峠に響いた。
余りに予想外すぎる展開に動けない賊相手に、好機を見た義子
再度ハンマーを上げ、当り金を戻し、引き金を引く。
たぁん。
たぁん。
二回同じ動作を繰り返し、その二回ともで賊の一人一人の頭を吹き飛ばし
残るは、一人。
腰が抜けたらしく、へたんとしゃがみこんだ男に、もう一度引き金を引くための動作を繰り返して―
「…し、死にたくない…」
そうして、引き金を引こうと思った所で、賊の最後の一人が命乞いを始める。
「た、助けてくれ、俺は死にたくない。
もうしない、もうしないから、誓うよ。
頼む、だから助けてくれ…」
賊の態度は、いかにも哀れっぽい様子であった。
周りの死んだ仲間をガタガタと見ながら、義子をまるで化け物でも見るような目で見る。
赤備え相手に今川の兵もこういう顔をしていたな。
そうか、銃はやはり正解であった。
今までにこういう顔をされたことの無い義子はそう思って、それから少し首を傾げる。
しかし、あれだ。
この賊、この命乞いで果たして本当に命が助かるとでも思っているのだろうか。
賊は、賊だ。
戸籍管理をして、誰がどのような犯罪を犯したのかきちんと記録している現代と違って
この戦国時代はそのあたりが曖昧だ。
つまりは、他の国に行ってしまえば、いや、同じ国であっても
遠い所に行ってしまえば、賊の過去の経歴は真っ白、と。
そうしてそのような状況で、まっとうに働かず、人を売り買いして儲けるというずるを覚えた人間が
果たして一生涯まっとうに働くか?
答えは否だろう。
ここで義子がこの賊を見逃しても、同じようなことを
他でこの賊が行う可能性は十二分にある。
それを知りつつ、この賊を見逃すのは、どう考えても阿呆の所業だ。
見逃さないならば、手元に置いて一生監視でもする責任がある。
そうして、義子にはさらさらそのつもりはなかった。
その義子の考えが分かったのか、這いずって逃げようとする男の腹を踏みつけ
義子は銃の引き金を引く。
たぁん。
音が響いて、男が絶命した。
返り血が幾らかかかったが、問題無い。
それを眺めおろして、それから義子は投げ捨てた袋と鞘を拾い上げ
賊の一人を斬りつけた剣を自分の着物で綺麗に拭き
鞘をつけて袋にしまって背負う。
そうして、またすぐに歩きだそうと思ったのだが
存外に着物の汚れが激しい。
五人分の返り血を浴びた着物は赤々としていて
すぐに血を落とさねば、こびりついて離れなくなることが必死だった。
空を見る。
酷い晴天だ。
自分の体を見る。
やはり赤い。
…この辺り、川はあっただろうか。
とりあえず、上掛けだけでもと、前髪をかきあげきょろきょろしていると
背後から凄い音量で「あ、ええええええええ?!」という声が聞こえた。
それにはっと振り向くと、そこには何時か京都で見た苦労人の藤吉郎こと
「あ、秀吉殿」
金ぴかの鎧をまとって、馬に騎乗した秀吉が背後に部下を引き連れながら
驚き顔でこちらを指さしているのに、義子はいつかの京と反対に
のんびりとした様子で、視認した男の名を呼んだ。


とりあえず、これが永禄六年、冬の初めの出来事である。