永禄六年、冬の初め。
義子の姿は織田にあった。
今川の庭から三か月も動かなかった馬鹿は、ようやく他の場所に行って
…困り果てていた。
「……亡骸が、無い」
いや、単純に亡骸、というのならば周りにゴロゴロと転がっている。
賊の、亡骸が四ほど。
けれども義子が探しているのはただの亡骸でなく、義父につけられた供の者の亡骸だ。
書状を義父より受け取り、織田に向かって出発し、今川領を抜け、三河までは順調だった。
だが、関を抜け、織田に入ってからすぐに、賊に囲まれ
―速攻で供の者は賊に殺されてしまったのである。
これが、この旅のけちの付きはじめであった。
「ああああもおぉおお…!!」
義子は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
持った連発式燧石銃がガシャンと音を立てる。
何故彼女がここまで懸命に供の者を探し、そして頭を抱えているのかといえば
財布は…供の者が持っていたのである。
食料も、地図も、全部、全部だ。
義子が持っていたのは、書状とちょっとだけのお金しかない。
そいつに居なくなられてしまったら、もうどうしていいものやら。
いや、食べ物が無くても、ちょっとだけのお金があるなら
町に行ってもう一度食料を買えば良いじゃない?と思うかもしれないが
ちょっとだけのお金では、織田の居城に問題なく行くには不足なのだ。
食べ物を買って、宿で休み。
そうやって、悠々とした道中を行うお金は一日分も、ない。
宿に泊まらず食料分だけでも、一日分あるかどうか…。
………もっと持っておけばよかった…。
義子の胸を満たすのは後悔であるが、後悔ばかりしていても仕方ない。
今現実的に義子は一日分の金も無く、そして供の者の亡骸は無いのだから。
おそらくとして、幾人かの賊の姿が消えていることから
先に倒した方の身ぐるみを剥ぐために、先行して根城に戻ったのだろう。
それならば、根城を見つければ金は取り戻せるかもしれない、が。
………先を急げと言われた任だ。
すぐに根城が見つかるならばともかく、中々見つからない可能性や
仲間が倒されたことに気がついて逃亡する可能性を考えれば
それは下策だ。
それならば、どうすればよいのか。
これから義子の足では七日間ほど、織田の居城まではかかる。
その間の食料、寝床。その他はどうするか。
「…………」
無言で思い到った考えに、義子ははぁとため息をついた。
ようするに、これから七日間ほど、一番最初の暮らしをしろということだな、これは。
手始めにその辺に生えている雑草を口の中に放り込んで
まだ自分がこれを食べられることを確認すると、義子はがっくりと肩を落として歩き始めた。
…お姫様にまでなって、また野宿、また草を食む生活か…。
どうにも今一今二ついていない自分の運に疑問を呈しながら、義子は目的場所へと進むのであった。





そうして始まった野宿生活一日目であるが
以前とは違う所がある。
それは義子がこの時代に合わせた装備・持物を持っている点だ。
なにもなしに、ワンピースもしくは流れてきた着物のみで暮らしていた開始時点とは違う。
「…さて」
夜の帳が落ち始め、辺りが段々と薄暗くなってきた所で
義子は本日の寝床、山間を流れる川の縁にて腹ごしらえと寝る支度をし始める。
まず腹ごしらえは、川でとった川魚(銃剣で突き殺した)と…草。
………なんだかな…と思わなくはないが、魚が一匹しか取れなかったので仕方ない。
川魚を拾った木の棒に突き刺して、集めた枯葉の横に刺す。
そうして、右手に火打ち金、左手に火打石を持ち
火打ち金を火打石に向かって振りおろすと、火花が発生して
火打石の上に乗った火口へと落ちた。
じりっと火口が発火する。
それをふぅふぅと息を吹きかけ火種を大きくして
ぼんやりと闇の中に赤が強く見えてきたら、枯葉を一枚そこへと置いた。
そうして息を吹きかけ続けていると、ぼうっと炎が枯葉を燃やす。
そうなればこっちのものだ。
義子は燃えた枯葉を集めた所へと戻して、そのまま炎が上がるのを待った。
これで、食事の準備は終わりである。
次にするのは寝る準備だ。
季節は冬の初め。
厚着は一応してきたが、それだけでは夜眠るのは心許ない。
かといって、寝るときに火をつけたままでは山火事の危険がある。
ではどうするかといえば、温石石を使うのだ。
温石石はただの石だが、これを熱して布でくるんで懐に入れれば
あったかくして眠れるという寸法だ。
そうして、体の上からは枯葉をかけて眠れば
凍死は免れるに違いない。
義子は炎の縁に持っていた卵大の石を置くと、ふぁあと欠伸を漏らした。
「…はぁ、眠い」
満天の星が煌めき、川のせせらぎがサラサラと聞こえる。
その自然の中にいると、自分がどうしてこういう状況になったのか
乾いた笑いが漏れそうだったが、そうしても仕方がない。
というかそれにしても。
「…戦国時代にも、慣れたなぁ…」
横に、いつでもとれるように置いた銃に目を落としながら
義子はぽつんと呟いた。
いつもいた、義父も、義兄も、ここにはいない。
義子だけだ。
それが一番最初のあの落された日に戻ったようで、義子の胸に寂しさを去来させる。
…寂しさだ。
郷愁ではない。
いや、郷愁なのかもしれないが、戻りたいと思った故郷はもはや現代ではなかった。
人を殺した義子は、もうあそこには戻れないし、選択もしてしまった。
両親からしてみれば、大した親不孝者なのだろうが。
「やっぱり、これは水が合ってるってことなのかな…」
大した抵抗も無く、二十云年過ごした世界よりも、三年過ごしただけの世界に
居心地の良さを覚えている自分に、眉間にしわを寄せ
義子は草を口に放り込んで、まずいと顔をしかめた。