永禄六年、秋の中頃。
………北条から今川領に帰ってきて一ヶ月半。
義子の姿は庭にあった。
火傷にただれた右手を引き金にかけ、的を見据えて指を引き寄せる。
と、たぁんっという音と共に、的が砕け散り、残骸が地面へと落ちた。
「………」
動かない的に関しての射撃の腕前は上がっている。
寝食を引き裂いて時間を捻出し、朝に夕に夜にと訓練をしているのだから
上がってもらわなくては困るが。
…けれど、動く的に対してはどうだろう。
義子は試しに草むらを飛ぶばったへと銃を向け、引き金を引いたが当らなかった。
「………まだまだ」
僅かに軌道をそらし、地面へと埋まった鉛玉に
驚いたのかぴょんぴょんと逃げていくバッタの背を見ながら
義子は不機嫌そうに、そう吐き捨てて終わった。




「氏真様、義子さまは」
「また庭にいるがね」
泰朝の尋ねに、氏真は不機嫌も隠さず答える。
一ヶ月半、本当に寝食を削り訓練を続ける義子
初めは肯定的であった家臣たちも、心配を隠さなくなってきていた。
未だ十三の女児が、鬼気迫る表情で銃を撃ち続けているのだから
当たり前だろう。
しかもその右手は、銃から出る火花で火傷を続け
みるみるまに色が変色しているのだから、もう。
話に聞く雑賀衆のようになっているのではないかな。
銃を撃つものの手にあっという間になってゆく義妹の手を思い浮かべながら
氏真はどう思う?と泰朝に尋ねる。
義子は、そのうち自力でやめると思うかね」
「納得がいけば、止めるのではありませんか?」
「…一月撃ち続けて、的に完全に当てられるようになっている子が
まだ納得せずに撃ち続けているというのに。
いつ納得をしてくれるのだろうね」
「私に当たられても困りますが」
困った顔をして言う泰朝。
その気まじめさに更に心を疲れさせながら、氏真は思うのだ。
義子、倒れないと良いのだけれど、と。