永禄六年、秋。
今川に戻ってより二週間後。
義子の姿は今川の城の庭先にあった。
「………また、外れた」
銃剣が欲しいと願った義子に、義父義元が寄こしたのは、火縄ではなく、燧石銃(フリントロック式)。
『大体考えておることは分かるの。それならばこちらの方が良いの!』
そう言って微笑んだ義元の言葉は正しい。
火縄式よりか動作が少なく撃てる燧石銃は、義子の求める単独戦闘の行える銃に近くあった。
ただし、燧石銃よりも火縄式が優れている点が存在する。
それが、命中率であった。
撃発時の衝撃で銃身がぶれ、また、引金を引いてから装薬に引火爆発するまでの時間差があるため
精密射撃には燧石銃は向かない。
それでもと、義子がこれを望んだのは、この銃が連発可能なものであったからだ。
時代は未だ薬莢の発明がされておらず、銃といえば単発式であった。
火縄にしても、燧石銃にしても然り。
それを複雑な機構を内部に持つことにより、この銃は連発を可能としていたのである。
戦場で単発式の銃を持ち歩き、それで殺し合いをするというのは
些か無理がある。
それだから、義子は義元より渡された銃にこだわり、少しでも命中率を上げるべく
暇も無く訓練に邁進していた。





撃つ。
撃つ。
撃つ。
銃のくせをつかみ、弾丸が逸れる方を予測して
その差分を修正しながら狙いをつけ撃つ撃つ撃つ。
ぱぁんっと、甲高い音が空に響き渡り、鉛玉が空を切り裂いた。
それが目標とは違う方角に逸れたのに、義子は行儀悪く舌打ちして
火皿から飛んだ火花に火傷した手を着物に押し付け冷ます。
「…ねぇ、義子、まだやるのかい、お前」
「やります」
「蹴鞠して遊ばぬのかの。麻呂は遊んで欲しいの」
「後で」
横の縁側に座り込んで義子の訓練風景を眺める二人に
にべもなく返して、義子は燧石銃のハンマーを起して当り金を元の位置へと戻した。
そうしてもう一度引き金を引き、今度はもう少し狙った位置へと近くを撃ち抜く。
けれど、気にいらない。
義子が求めるのはより高い命中率だ。
動かない的程度、百発百中、狙った位置に当ってもらわなければ、困る。
もう一度同じ動作をして引き金を引き、また、的に当てる。
その二度の射撃の間にも、火皿から相変わらず火花が散り
義子の手のひらを焦がした。
その様子を見ながら、氏真が渋い顔で義元へと話しかける。
「…父上」
「…ここまで熱中するとは思ってもみなかったの。
あと、すぐに辞めると思ってたの…」
責め立てる調子の息子に、義元はしょんぼりと肩を落とした。
義子は女児である。
女児であるということは、女性だ。
ならば撃つたびに火傷をする燧石銃などすぐに手放し
また刀に戻ると、義元も思っていたのだが。
誤算であった。
これほどまでに義子の決意が固いとは。
一度は与えなければ、絶対にしつこいと思ったから与えたんだがの。
読み違えであったの。
相手をしてもらえない寂しさと、頑固すぎる我が子に対してのしょっぱさが
ないまぜになった気持ちで義元は義子を見た。
そうして、氏真もまた。
彼としては、義子の求める所はよくわかるし、応援したいとも思う。
が、もう少し、ゆっくりやってもらえないだろうか。
今川に帰ってきてから二週間。
銃を渡されてからも二週間。
そのあいだずぅっと、義子は燧石銃を撃ちっぱなしだ。
寝食も惜しんで銃を撃ち続ける義子を、敗戦より即座に立ち直り
さらなる力を求めるとは、と家臣たちは褒めるけれども。
………もうちょっと、自分の健康に気を使ってだね…。
可愛い義妹に、もう少し自分を大事にしてもらいたい
自分を大事にしない義兄は、はぁっと軽いため息をついた。
けれどその外野など気にかけず、義子は火薬と弾を装填しなおし
また引き金を引く。
命中率が僅かずつ上がってきているのに気が付いている義子
確かな手ごたえにますます訓練をする決意を固めつつ
秋の日を過ごしていくのであった。