君の為の食育
【4.あと】(後編) 「…お前の所為だぞ」 園田が低い声でぼそりと言いながら睨みを利かせてきたが、冷酒で目尻を赤くした恋人に何を言われても俺は全然堪えなかった。むしろ、このまま早い所2人だけで楽しみたいな、とそっちの我慢をしなければならなかった程だ。 俺は聞こえなかった振りをして鍵山に「ご馳走さん」と頭を下げる。随分旅館らしい味を出せるようになったな、と思ったのだが、そういう事を言うと偉そうに聞こえそうだから言わないでおいた。俺は何か食べたときの感想が直に顔に出るタイプだから、きっとあいつにはバッチリ判ってるだろうが。 付き合いで一杯飲んでった鍵山は、俺たちが食べ終わった後他の部屋にも用があるからといって席を立った。内心の俺のガッツポーズを前にして、仲居さんが夕飯を片付け布団を二枚敷いてくれる。その二枚の間にある隙間にほっと安心したように息をついたのは園田だった。俺は勿論聞こえない程度に小さく小さく舌打ちした。 園田は俺のそんな可愛らしい悪態も見咎める。 「…ガラ悪いな」 「んだよ、さっきから文句ばっかいいやがって」 「お前の素行が悪いのが原因だろ」 チ、と拗ねるように顔を背ければ、園田はただ黙って俺のほうを見ていた。こういうときギャンギャン喚かない所は嫌いじゃないが、かといって無言で睨まれるのもキツイっちゃキツイ。 「…しょうがねえだろ、溜まってんだよ俺は」 「……」 無言の代わりに、ややあって園田の平手が俺の頭を打つ。パシンと小気味良い音が立ち俺は思わず小さく呻いた。くそ、そんな風に真面目ぶっていられるのも今のうちだっつの。 仲居さんが出て行って、俺たちは2人きりになる。ふすまを閉められると途端に静かになって、まるで外界から完全に隔離されたようだな、と思った。 「…やっと、2人きりになれたな」 叩かれた部分から手を離してしたり顔で言うと、園田は傍目にも判りやすく頬を赤くした。この手の変わりようが俺以外の人間の前だと表れないというんだから驚きだ。それ以上に嬉しくもあるんだけどな。 「…そうだ、な」 そう言って園田は顔を背けた。俺の好きな耳から顎、顎から下のラインがくっきりと浮き出る。その耳の先が僅かに赤らんでいるのを見つけて、俺はゴクリと息を飲む。 「…祐悟」 肩にそっと手を掛けて、ゆっくりとこっちを向かせようとしながら耳元に口を寄せた。 「…なんだよ」 憮然としたポーズを作りながらも、照れたようなぶっきらぼうな口調が可愛くて、思わず目尻にキスを落とす。ピクリ、と震える瞼に何とも言えない初心さがある…って、俺はオヤジか。 「好きだ」 「知ってる」 「お前は?」 「今一緒に居るだろ」 言わないつもりか。だが、それでやる気をなくする俺じゃねぇ。 「…お前は、それだけで充分な訳?」 体に聞こうか、なんてことは言わない。俺もそこまでオヤジ趣味じゃあない。 訊きながら俺は園田ににじり寄る。自然と後退する園田の体は、1メートルも動けば布団の上だ。…狙い通りに、な。 「…あ」 しまった、という顔をする園田に、俺は思わずニヤリと笑みを作ってしまった。 「あ、じゃねえよ。祐悟だって、まさか一緒に温泉入って美味いもん食べるだけで満たされる、なんて思っちゃいねぇだろ」 「…お前の、友達の旅館だろ」 ははぁ、そんなことを気にしてやがったのか。いや、それともこれは言い訳か、きっとそうだ。 「別に、気にしやしねえよ。大体アイツだって俺の性癖知ってるし」 「は?!」 大げさに驚いた園田の目が大きくなる。この目を舐めたい、なんて考える俺はどこかおかしいんだろうか。ああ、駄目だ、臨戦態勢なだけに園田の仕草全部に興奮しそうになる。 「お前、あまりにオープンすぎやしないか、それは…」 「鍵山は天然な所があっからな、『そうなのかー』って普通に流してた。俺も好きなタイプ聞かれて答えてったらそうなっただけだし」 「あのな…」 「解ってるって、仕事場周辺では言わねぇよ。お前みたいに美人の恋人が居るって事も、なるべく言わないようにする」 なるべくだ、自信はない。何もかも園田が俺の好み過ぎるからいけないんだ。こんなイイ男手に入れといて、自慢するなっつー方がおかしい。 俺が自己完結気味に園田の事を褒めたおしていると、園田はいつの間にか顔を赤くしていた。 「…美人とか言うなよ、くそ」 「そう言う言葉遣いも嫌いじゃねえよ。それに、お前は綺麗だよ、祐悟」 「…そんなんじゃほだされないぞ」 「そうか?じゃ、俺がどんだけお前を好きか、刻み込んでやるよ」 「諒二…」 クサいセリフだ、なんて言い出しかねないこの美人の口を唇で塞いでやりながら、俺は園田の背中に手を回し、ゆっくりと押し倒した。 ――キスで酔わせちまえばこっちのもんだ、なんて狼みたいな事は思わねぇな。 何度も角度を変えるようにして深い口付けをしながら、俺はしみじみ思った。本当に好きな人間とするキスは、お互いが酔う。酔わせるためだけのキスだなんて、俺は知らない。 ――それに、祐悟だって随分上手い方だしな。 今までに付き合った奴らと比べ物にならない位かもしれない。応戦するように絡み付いてくる舌に目を細めながら、俺は園田の浴衣の前を肌蹴させた。 「…っあ」 首筋から鎖骨のラインや、その下にある胸に指を滑らせると、園田の口からは吐息交じりの熱い声が漏れた。でもそんな声とは裏腹に、俺の手首を掴まれる。 「何だよ、まさか今更立場逆転したいとか…」 性格は結構男らしい園田のことだから、その可能性も充分ありえる、と俺は思っていた。その時は何とか場数を踏んでいる俺の経験値で押さえ込みたい所だ。 だが、園田は緩く首を横に振った。どうやら俺がする側ということで納得しているらしい。 「…いや…それは、別に……準備もしたし」 「準備って?もしかしてケツのあ…痛っ!」 ギュっと手首を変な方向に曲げられそうになって、俺はその先を言うのをやめた。わざわざ言って聞きなおさなくても、この反撃が答えになってる。 ――何だよ、いちいち本当に可愛すぎる。 「流石医者だな」 「無駄口叩く暇があるならとっととやれ、この馬鹿」 「はいはい」 ほのかに赤く染まった首筋に跡が出来る位強くキスをして、俺は園田の中心に手を伸ばした。 浴衣の裾を適度に捲り、下着の上からその形を確かめる。こんなに綺麗な奴なら、きっとそこも綺麗なんだろう。そう思うといよいよ歯止めが利かなくなってきて、俺は一気に下着を脱がす。園田も軽く腰を浮かせてくれたおかげか、随分簡単に脱がすことができた。 「…っ」 まだ半勃ちといった感じの園田のモノが、浴衣の裾からちらりと覗く。 「…色っぽいな」 思わず低い声で言うと、園田が微かに震えた気がした。俺はもう一度園田の唇にキスを落として、それから奴の胸の突起を舌で含む。同時に、空いてる手で園田のを握り込んだ。 「くっ…ぁ」 初めての奴に一気に二箇攻めるのは流石に刺激がきつかったかとも思うが、俺にも相当余裕がなかった。 脇腹から、うっすらとついた腹筋のラインを舌でなぞる。臍の周りを舌先で舐めると、園田の背がびくりとしなった。ああ、こういう所が好きか、と1つ解るたびに俺の股間が熱くなった。 「…1度達っとくか」 それでも園田は男経験ゼロなんだと理性で持ちこたえて、俺はその勃ちあがった綺麗なペニスに唇を寄せた。恥ずかしいのか、園田は目を瞑ったままだ。それでも『やめろ』とは言わない奴の潔さがいい。惚れ直しそうだ。 「ん…ぁ、はぁ…おま、えは?」 「気遣いしてる余裕あんのか?」 ふっと先端の割れ目に息を吹きかけてから、奥まで口の中に含む。吸い上げたり割れ目や括れに舌を這わせると、たまらないといった具合に園田の内股が震える。俺にはそっちがたまらない。 ――早く、早く もっと、もっと気持ちよくさせてやりたいのに、心の中の凶暴なのが俺を急かす。 「諒二っ、もう…」 「出せよ」 口を離してそう声を出した瞬間、白濁した液体が俺の手を濡らす。運良く浴衣には掛からなかった精液を右手の指先に塗りつけたのを、園田は潤んだ目で睨むように見てきた。 「祐悟、脇のバッグからローションとってくれ」 「ロー…準備万端なんだな」 「まー、な」 すっかり乱れた浴衣の前をあわせるなんて無粋な事をしながら、園田は言われたとおりにローションを取って投げてくれた。園田が背中を見せてる間に俺が指についた精液を舐めてたってことは多分ばれてないだろう。…見た目通りあまり青臭くない。 「…で、どうしたら良いんだ」 両手を布団につけてこっちを覗いてくる園田の、鎖骨上にあるキスマークに我ながら欲情する。 本当だったら、今すぐに突っ込みたい。だが、そんなことはもってのほかだ。 「あー…マジ反則、お前」 「?何だよ、それはこっちのセリフだろ、大体俺だけ…」 「あ?」 指先にべっとりとローションをつけてた俺は、それでも尻すぼみの園田の声を逃すなんてことはしたくなかった。しまった、というような顔で園田が顔を背ける。 「…俺だけ、気持ちよくなるのも癪だってだけだ」 捨てゼリフのように吐かれたその言葉で、燃え上がらない馬鹿がどこにいるってんだ。 「祐悟…」 「………」 「なぁ、来いよ」 あぐらをかいた俺の上に座らせるように促す。チッと舌打ちが聞こえて、園田は一瞬躊躇した後俺に跨った。若干こいつにはつらいかもしれないが、顔が見えたほうがこいつはきっと安心する。ちょっとだけ視線が上にある園田の目が、今更酷く照れたように細められた。 「…祐悟、好きだ」 「…俺も」 「言えよ」 どうしても言わせたい。言葉になんて大した意味がないとは思ってるけど、それでも今の俺は園田の一言が欲しくてたまらなかった。 ぬめった指先で双丘の窪みを刺激する。さっきの余韻で感度が増しているのか、内股が一瞬震えて、俺の肩を掴む園田の指の力が強まった。 「なぁ…」 顎をあげて、ちゅ、と甘いだけのキスをする。そのまま園田を見詰めながら促すと、園田は観念したように口を開いた。 「…ああ、好きだよ。諒二が好きだ」 ――駄目だ、もう止まんねえ そこから、俺がどうやって園田と繋がっただなんてよく覚えていなかった。 園田の狭かった入口を出来るだけ早くほぐして、初めて挿れる時だけは慎重だった気がする。俺がしっかりリードしなけりゃならなかったのに、園田は必死で耐えてくれていたらしい。 おかげで今、園田の膝はガクガクと力を失って、俺にしなだれかかるようにして激しい抽挿に声をあげている。 「く…っん、ぁ、ぁっ」 その首筋にまた唇を落として吸い上げる。唇を離してふと視線を下げれば、まるで吸血鬼に噛まれたような跡が残っていた。 だが、それもすぐに繋がってる部分への刺激によって意識を無理やり変えられた。 強すぎる刺激に眉根を寄せながらも、園田が俺を締め付ける力は物凄くて、更に激しく突き上げてしまう。そしてまたあげられる園田の声が俺を狂わせるのだ。酷い悪循環だと思うが、今はお互いがお互いの事しか考えられないのだからどうしようもない。 抜き差しする瞬間にぎゅっと先端を締められて思わず達きそうになるのを堪え、園田を布団に寝かせる。いわゆる正常位でラストスパートに入った。 はぁはぁと熱い吐息が耳元にかけられ、そうとは悟られないように軽く身震いした。 「りょう、じ…」 舌足らずな感じで名前を呼ばれ、首に腕を回されて抱き寄せられる。普段カチっとした言葉遣いのこいつが、こんな風に熱くなるとは思わなかった。溶けそうな表情に一緒にドロドロになっちまいそうだ。 「祐悟…やべぇ色っぽいな、お前」 「ん、うっ」 俺の言葉は無事に届いているのだろうか。まぁいい、気持ちよくなってくれれば、それで。 キスに応じながら、後ろだけでも充分に感じているだろう園田の前のものも擦ってやり、共に絶頂を迎えられるようにする。 「一緒に、行こう、な」 さらりと園田の黒髪を撫で、顔の脇に両手を置いて最後に深く深く貫いた。 「ああっ―――!」 「く…っ」 園田が射精する瞬間に抜く。 中で出さなかっただけの理性が、ギリギリ残っていた。 それから多分、3回は達した。どういうタイミングでだったかとかどんな言葉をかけたか、とかそういう事は俺はO型だからよく覚えていない。まあそれは、血液型を理由にすると割と納得してもらえると最近解った俺の、新たな言い訳だ。 真横にある園田の額に軽く口付ける。1つの布団の中、俺達は抱き合うようにして眠っていた。 ――ぶっちゃけ、気持ちよすぎた。 一応、部屋に置いてあった手拭いで体を雑に拭いたが、お互い疲れ果てていてそれ所ではなかった。先に眠ってしまったのは園田の方で、それをちっとは残念に思ったが、起きていられてもそれはそれで憎まれ口を叩かれてしまいそうだから今はいいことにした。 こんなに気持ちいいセックスをしたのは何年ぶりだろう、と考える。 もしかしたら生まれて初めてだったかもしれない。付き合ってる奴との初セックスってのは基本的に『今までで一番』とランク付けをするようにしてた俺だったが、今回ばかりは格が違った。 「――なあ、どうなんだろうな、これ」 眠る園田にそっと問いかける。伏せられた瞼がぴくりと反応を示した。夢でも見てるんだろうか。 ――俺も年を取ったっつーことか。 それだけ人をシンシに愛せるようになったっつーことか、と鼻を鳴らす。 いや、いつでも本気で俺は恋をしてきたつもりだ。好きだ、なんて言葉を冗談で言えるほど俺は冷めてない。 ――運命だとか、真実の愛だとか、んなもん全然信じてねえけど、 「…好きだぜ、祐悟」 とにかく、この気持ちだけは不動だと思った。 次の日、目を覚ました園田が、首筋についたキスマークをどう隠そうかと必死になっているのを見て、やっぱり好きだ、と思いながら抱きしめた。 その後鍵山が部屋に入ってきて、脇腹に思いっきりクリティカルに肘鉄を入れられたが、それでもやっぱり俺は園田が好きだった。 |