初夏の陽射しが射していた。
外は暑いくらいの温度だったが、夏目の自室はいい風が吹きぬけていて然程暑くもない。適度な気温がちょうどいい季節だ。
ずずず、と麦茶をすすりながら夏目は窓の外に眼を向けた。空は青く緑が濃くて景色は美しい。
とても穏やかな日だと思う。眼の前に、名取がいなければ。
「そういう嫌そうな顔をしないでくれないかな」
「嫌なもんは嫌です」
「何が嫌なんだい、まだ何も言ってないよ」
「何となくわかります。また何か妖祓い絡みですよね」
きっぱりと言い切ると、名取は降参、と言いたげに両手を上げた。
ああやっぱりかと夏目は大きく息をつく。名取はそうしょっちゅう連絡を寄越したり夏目の元を訪れる人ではないが、来た時は八割方妖絡みだ。手伝う気はないと口が酸っぱくなるほど言ってるのだが、どう言い張ってもいつも巻き込まれてしまう。
最近は夏目自身が進んで巻き込まれた形式になってしまう事も多々有るのでもう諦めてはいるのだが、やはり嫌味の一つや二つは言っておきたい。
「でも今回はねえ」
「嫌です」
「だから何も言ってないって……」
「嫌って言ったら嫌です」
「聞いてくれる気もないのかい。そういえば猫ちゃんは?」
「あれ、そういえば……先生ー?」
ふらりと視線を彷徨わせ、夏目は何となくそこにいないニャンコ先生を探す。一瞬の小さな隙が生じた。名取は夏目の眼につかない所で胡散臭く笑っている。それを夏目は見ていなかった。
「強い法力を持った坊さんを探してるんだ。知ってるかい?」
「ああ、それなら、田沼の、友達のお父さんが……」
「田沼さんって人か」
「はい……って、名取さん!」
ばっと顔を上げると、名取は悪戯が成功したような子どもの顔をして眼を細めた。
いつもの胡散臭い笑顔を更に強化したような表情に夏目は怒りが頂点になる。咄嗟に手を振り上げるとぱしっと掴まれて止められた。
「あははは、成功」
「何が成功ですか! 騙さないでくださいよ!」
「騙してないよ、聞いただけ」
「騙してます!」
「仕方ないだろう、手がかりがなかったんだし。それに、その人のお子さんが君の友達だって言うなら、君にも関わりが出てくる」
「……何ですか、それ」
真剣な眼差しになり、声のトーンを落とした名取を見て、夏目もまた居住まいを正す。座りなおすと、名取もいつもの度の入っていない眼鏡を掛けて足を組み直した。
「坊さんに執念を持ってる妖がいてね、そいつに家族を襲われた人から依頼があったんだ」
「お坊さん? どうしてお坊さんなんですか?」
「さあ、そこの所はその妖に聞いてみないとわからないな。だが、実際に坊さんを襲ったり、坊さんの家族を襲ったりして被害が出ている。最近襲われた人が言うには、次は八ッ原、と言い残したそうでね。君なら知ってるかと思って来たんだ」
「八ッ原って……田沼の家、八ッ原ですよ!」
大声を出して、夏目がばっと立ち上がる。名取も眼を見開いた。
いきなりだが、どう考えても大当たりだ。ここまで条件が揃って外れる訳がない。
「田沼のお父さんを狙ってるんですか?!」
「いや、坊さんに執念を持ってる割には、実際法力が強い坊さんには手が出せないようで……腹いせからか知らないが、家族を狙う事が多いようだ」
「田沼の家って、お父さんと田沼だけなんですよ!」
「……やばいね。柊」
「はい」
しゃりん、と涼やかな音を立てて柊が姿を現す。
さっと膝をついた柊の様子は普段と変わらず、声も静かだ。焦る夏目と違い、冷静に名取の命を待っている。
「笹後と瓜姫から情報は?」
「今の所はまだ」
「まだか。仕方ない、そのまま例の妖を探せと伝えろ。夏目、先に八ッ原に行こう。その田沼くんって子を探さないと」
「はい!」
「どこにいるかわかるかい?」
「学校終わったばっかりだし、帰ってる途中だと思います」
「わかった。柊、行け」
「はい、主様」
鈴の音を立てて柊が消える。
名取と夏目もその後を追うように藤原家を飛び出した。
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2009/03/05