メモログ。タキと田沼と先生と夏目
グラスホッパーの続き。
アイボリー
「タキー」
昇降口に夕陽が差し込んでいる。
すっかり温度を落とした秋の陽の色が男の子たちを照らしている。
逆光でその姿はよく見えない。けれど、二人の男の子が自分の友人であることはすぐに解った。手を振る二人はタキの名前を呼んでいた。
二人とも穏やかに、どこか楽しそうに話している声が聞こえる。夏目らしき方の影は肩に猫を乗せていた。
手で光を遮り、僅かに見える夏目の表情を視界に捉えた途端、タキの心中にごぽりといつもの怒りが沸いた。
「猫ちゃん!」
「おおおお?!」
怒りに任せるまま一気に二人に走り寄ると、夏目の肩に乗った猫を左手だけでひっつかんだ。結構重かったがそんなことどうでもいい。唖然とする夏目と一気に青ざめた田沼に構わず、タキは空いている右手で田沼の腕をひっつかんで握り締めた。
「タ、タキ……」
「猫ちゃん、今日は私と一緒に帰ろう! 田沼くんも!!」
そう一方的に決めつけて叫ぶと、タキは夏目を完全に無視して一人と一匹を引きずってずかずかと地面を踏み締めて歩きだした。夏目はぽかんとしているし、引きずられる田沼は青ざめているし、猫は腕の中でプルプル震えているけれど気にしない。
どんどんスピードを上げて早足で歩いていく。置いていかれた夏目の気配がどんどん遠ざかるけれど、タキの怒りは収まりそうにもない。ぎゅむっと力一杯猫を握ると、ぐえええと何だか苦しそうに呻かれたがそれも気にしない。
いつ見ても腹が立つ。本当にきれいな顔してきれいに笑っている夏目の顔はひどく幸福そうなくせに、どこか切なそうな空気を滲ませている。大事なことをごまかして逃げるのは上手いくせに、彼にとって一番隠しておかないといけない感情だけが隠し切れてない。
夏目が好きな人が誰かタキは知らない。田沼だって知らないし、もしかしたら猫だって知らないかもしれない。だけど、そういう人がいることだけはもうとっくに解っている。そして、その恋が上手く進んでいないことも。
タキの眼から見たらあからさますぎる夏目の感情の、その定まらない行方にタキは常に苛立っている。人の恋に口を出すつもりなんてないけれど、煮え切らない夏目の態度が彼女の怒りを増長させている。
ふらふらと迷っている夏目の背を思いっきり押し出してたたき落としてしまいたい。ぶちのめして、崖でも溝でも清水の舞台でも何でもいいから、彼が佇んでいるその淵から真下に落っことしてやりたい。
そういつも思って、それでもやっぱり他人の恋路には手も口も出せなくて、結局は馬に蹴られることも出来ないままタキは我慢するしかない。
今日も背中を叩いて夏目を引きずって行きたくなる気持ちを必死で押さえ、代わりに猫と田沼を引きずっている。
「なあ、タキ……」
「シッ! 黙れ小僧!」
遠慮がちに声を掛ける田沼と、それを遮って小声で田沼を制する猫の声は無視して、そのまま学校を出て田んぼの脇を歩く。
どこから見ても異常な雰囲気の二人と一匹が眼に付いたのか、真横を通り過ぎた男の人がじっとその様子を見ていたけれど、その視線も無視して、怒りに任せたままタキはずんずん田舎道を歩いて行った。
夏目くんの意気地なし、と今日も心中だけでタキは呟く。
2009/10/24 [reprinting]