この世に生を享けたこと
これまで生きてきたこと
今、共に在れること
その全てに
誰の元にも、ただ生を

TAKE7:【ハッピーバースデー!】

 

「あ、ありがとう……」
呆気に取られたといった顔で立ち尽くし、如月はようやくそう言った。

久々にその底抜けな行動力を見せたのは、結果としては龍麻だった。あらゆる方面に連絡を取り、立案から実行まで一日とかかっていない。
「つーことで…まぁ、ちょっと早いけどおめでと、翡翠」
「ヒスーイ!」
「お、やっと帰ってきたか…おい如月、酒どこに置いてあるんだー?」
「如月さん、お邪魔してます」
懐かしいといえば懐かしい面々が続々と現れるのを如月はただただ眺めるばかりだ。

「龍麻、これは…」
「まぁ平日だし、流石に全員って訳にもいかなかったからな。日本に居ない奴も多いし」
「いや、充分だよ。…驚いた」

障子をからりと開け、中に居た人物と目が合い如月は苦笑した。既に手酌で呑みながらにやにやと笑う男は先週までラスベガスに居ると言っていなかったか。その隣に居る人物は、ドームツアーの真っ最中ではなかったか。
金髪が眩いばかりに輝いている少女は、いつの間にこれほど大人びたのだろう。
「おう、突っ立っていないで座れ座れ」
「醍醐君までいるのか…なるほど、道理で」
「力が満チマース!」
「四神が揃うの、久しぶりだネッ」
「はは、そうだな…うん。なんだか本当に…驚いたよ」

思えば急に得意先から宅配を頼まれたのも、その行く先々で邪魔が入ったのも、裏で誰かが糸を引いたのだろう。そういえば途中事故を起こしていた車は御門グループの社用車だったかも知れない。
それでも家を空けたのはほんの数時間で、家を出る時点ではどこかよそよそしい龍麻が一人テレビを見てくつろいでいるだけだった筈だ。
遅くなってすまない、と戸を開けた途端に鳴り響いたクラッカーや揃った声に、何が起きたのかすぐにはわからなかった。

それでもなんとか我を取り戻し、冒頭の台詞だ。


「しっかし、なんだかんだ言って如月も友達多いじゃねえか…ほらよ」
「ん?あぁ、サンキュ」
なあひーちゃん?と肩を組んできた京一からグラスを受け取り、龍麻は中身の恐らくアルコールであろうとしかわからない液体を飲み干した。
ぎょ、と京一が目を見開いたが、龍麻の目線には何でもないと頭を振って答える。
「京一はさぁ」
「ん?」
「俺とあいつって何で付き合ってると思う?」
「…酔ってんのか?ひーちゃん」
「酔ってるのはお前だろ」
「いや、それは否定しねーけど…」
龍麻の殺気にも近い苛立ちには、目が据わってんだけど、という言葉すら言いがたい。
「あいつはああやって友達や仲間も出来て、ぎこちないけど嬉しそうににこにこ笑えるようになったわけよ。多分これあの頃にやったって斜め下に捉えたような事言い出してブチ壊してたんじゃねぇの、きっと」
「ま、まァそうかも知れねーけど…ひーちゃん、どうしたんだ?」
龍麻はよこせ、と言って京一の持っていた徳利と猪口をひったくり、注ごうとして面倒になったのかそのまま口に含んでいる。
「べっつに。最近ちょっと喧嘩してるだけ」
「ケン…マジで?」
「あー本当ににこにこ笑ってんな……おい、翡翠!」
いッ?と、京一が龍麻を制止しようとした時には既に遅かった。

突然名を呼ばれた如月当人と、その周囲にいた面々が全て龍麻の事を見ている。
如月の腕にはそれぞれが持ち寄った贈り物が積まれ、幾人かが面白がってその上に物を乗せていくので今にも崩れそうだ。

「龍麻…?」
「俺からのプレゼントはこれな」
「あ、ああ…ありが、とう」
つかつかと歩み寄り、龍麻は壁に立てかけてあった紙袋をずい、と如月につきつけた。どうやって受け取ったものか、と如月は少し躊躇している。
「いらないのか?」
「まさか、そんな訳無いだろう。この状況を見て…龍麻?酔ってるのかい?」
「全然。なんだよこれじゃ不満なのか?見てもいない癖に」
「龍麻、人の話を」
「わかったよ、お前は結局手に入れたい物は全部手に入れるんだよな」

「やっぱり酔ってるだろう」と如月が諌めようとした時にはもう、何もかもが遅かった。
じゃあこれもつける、と龍麻は父の形見だという数珠を手首から外して如月の指にかけている。
誰が見ても、異様な光景だった。
それが龍麻にとって大切な物だというのは誰もが知っている。普段から身には着けているのかもしれないが実際に手首に巻いている事は滅多に無い事も、そういう時は大抵、重要な時だという事も。

「たつ…ま?」
「明後日までに返せ」
「何言ってるんだ龍麻、言ってることが滅茶苦茶だよ」
手にしていた紙袋や包みをとりあえず床に置き、如月は龍麻の肩を掴んだ。わからずや、とでも言う風に龍麻は舌打ちする。
「だぁから、明日はお前にやるんだよ。ソレも、俺も」
「……ッ」
「うわ!」
びき、と空気に亀裂が入ったのは制御が効かなくなった龍麻の<<力>>の所為も勿論あるのだがその発言による所も大きかった。
ここに集まる面々には、龍麻と如月の仲どころか龍麻の発言の意味を想像する事すら出来ない人間すらいるのだが、それに構いもしない。
「おい如月、ひーちゃんどっかに押し込んだ方がいいんじゃねーか…?」
たまりかねた京一がひそひそと耳打ちしたが、龍麻の一瞥に「ひぃ」と小さな悲鳴をあげすごすごと下がっていった。
その場に居る全員は、ただ黙って二人を交互に見るのみだ。目の据わった龍麻と、眉を顰め態度を決めかねている如月と。

「龍麻……」
如月は周囲を見回し、呆れたように龍麻の名を呼んだ。
怒りというよりは諦めの境地にいるような、そんな佇まいだ。



***

 

翡翠の、声がした。

あの声で名前を呼ばれるのは嫌いじゃない。どちらかと言えば好きだ。声が好きなのか、名を呼ばれるのが好きなのか、それとも、と考える。
別に考えるような事じゃない。
考えなくてもいい。たとえ結論がどれだとしても同じだ。

「……ってるのかい?」
「さぁ」

あいつは説教ばかりだ。
でも怒られるのも、本当は嫌いじゃない。

「龍麻…」
「翡翠、だからさ」

何だっけ
何か
何か話している途中だった、ような

気がする…んだ、けど

「……龍麻、こら」
「俺が祝ってやるって言ってるだろ…が」

何だっけ…

「全く…」
「何と言うか、見せ付けられてるのか…?これは」
「龍麻お兄チャン!大丈夫ッ!?」


「……おめでと、翡翠」

 

壁の古い時計が0時を指した事だけが、見えていた。