TAKE1:【事の起こり】

「あぁ翡翠、買い物行くけど何かついでに買うのある?」
一年前の今頃は何の因果か再び学生服を着ていたが、現在は何の因果か龍麻は如月の家に厄介になっていた。ほんの少しの間泊めて貰うだけのつもりがいつの間にか春が来て、夏が来て、秋が来ている。

いつまでも居てくれていい、と言う言葉に含まれる意味がわからないでもなかったが、それに甘えているのも事実だった。

日常は穏やかで、過ぎ去るのが余りにも速い。

「じゃあ、メモを書くから少し待っていてくれ」
「ん」

そう言って如月は、さらさらと何かを書いた紙を龍麻に手渡した。龍麻はさっとそれに目を通し、了解、と呟く。
日用品の類から店のお使いまで、それなりの量がある。

「あ、龍麻、これも」
「何これ」
「商店街のポイントカードだよ。持ってるって言わないと押して貰えないから、忘れないようにな」
「……翡翠ってさぁ」
マメだよな、と龍麻が呆れたように言う。如月は当然とでも言うように微かに誇らしげに微笑み、龍麻の頬を指先でなぞった。

「君を養ってるからね、貯蓄の基本は節約だよ」
「俺はヒモか……。まぁ確かに今は仕事らしい仕事なんて店番か退魔のバイトくらいだけどさ」
「そういう事を気にしてるなら、うちの社員にでもなるかい?」
「どうせ税金対策の架空会社だろ」
「手厳しいな」
「ま、行って来るよ」
苦笑いする如月からカードを受け取り、龍麻はひらひらと手を振って部屋を出て行った。如月はそれを見送り、日常の愛しさに頬を緩ませている。

「いってらっしゃい」と、かみ締めるように呟いた。

 

***


外の空気は、日に日に涼やかになっている。昨日より今日は寒い。明日はもっと寒いのだろう。そろそろ鍋もいいな、と龍麻は魚屋の前で考え込んでいた。
食事の準備をするのは専ら如月の役目だが、食材を買って来て「これで何か作って」と言うのは龍麻の役目だ。
僅かに残る古い町並みは、こうやってふらふらと歩くのに丁度いい。

まぁ生ものは後にしないと、と以前の教訓を思い出して再び歩き出す。

いい天気だった。
こんな事していていいんだろうか、と思うほどに。

「しっかし、翡翠もジジ臭いつーかおばちゃん臭いというか…」
やれ買い物袋を持っていけだのポイントカードだの、どこの主婦だよお前はと龍麻はぶつぶつと言いながらポケットからそのポイントカードを取り出した。いくつか押されているハンコ、達筆な字で書かれた名前。らしいと言えばらしいけど、と苦笑する。
それから目に入ったのは、小さく書かれた生年月日。

「……あ」

丁度一ヶ月後だ、と気付いてしまい、苦笑いが深くなった。
どうする?

さて、どうする?