―――― ガサッ。




「・・・カスミさん? どうしたの??」


かけられた声にはっとして、手を後ろに回した。無意識に。


「あら? 何か隠したわね・・・」


ふふふ、どうしたのかしら、とさして咎める様な色を含まぬその物言いに、 思わず反射的に隠してしまっただけでさして隠す必要のないモノである其れを、手を、前へと回す。


「これ、みつけたんですけれど」


「あら、これは確かトランの英雄の・・・」
「はい、あの方の手袋だと、思うんです」


引き裂かれ、血にまみれた、グローブ。
それは、トランの英雄が己の紋章を隠すために常に身に付けた物。


朝食をとった後、
訓練を兼ねて裏の湖岸を走っていた私の目にとまった赤い色。
近付いて手に取れば、それは、確かに見覚えのある、あの方の、所持品。
人目を避けるように放り出されたソレを思わず手にとって。


・・・・・頭の中があの方の事でいっぱいになった。思わず。


「あらあら・・・どうしたのかしら、モンスターと戦ったときかしら?」


そうであるならば、良かった。
戦闘での事故であるならば、まだ、良かった。

・・・でも、
英雄と呼ばれたあの方が、モンスター如きに遅れをとるはずも無く。


「それは、無いと思うんです。あの方は、誰よりもお強くていらっしゃるから・・・」
「それはそうよね・・・えぇ、確かに。昨日も今朝もお元気そうでした」


だからこそ、気になる。
誰よりも強いあの方だからこそ、気になって仕方が無い。


ぎゅっと、グローブを握り締める。

紅いソレが、あの方の涙のように思えてしかたが無い。
切り裂かれたグローブがあの方の心の叫びに聞こえてしまう。


・・・・・私は一体どうするべきなのか。


何も出来はしない。

あの方に何かして差し上げられるなんて驕りは無い。


 ・・・でも、だけれども・・・



「あの方は、未だに、ずっと、自分を責めていらっしゃるんです」


偶然に見た事が、在った。
かつて、同じ軍に所属していたとき。
握り締めた拳から滴り落ちていた、アカイ、血。


「大丈夫よ、カスミさん」

そっと、柔らかな手が頬に触れた。
何かが頬を伝う。熱い、何か・・・。

「あの人の笑顔を支えているのは、偽りの心ではないわ。・・・・・・心からの、笑顔」
あの人は1人じゃない、だから、泣かないで・・・。
そう言ってくれたその声で、自分が涙を流していた事を知った。

「あの人を赦している、支えている人が居る」
だから、自分を責めないで・・・。
そう、私の想いを知る彼女は慰めてくれる。


でも、彼女は、私の心を知らない。


あの方を想って流れる涙。
あの方を支える方がいらっしゃる事を救いに思う。


でも。


あの方を支えているのが自分でない事を思って、流れる涙が在る事を。
醜い、嫉妬の、気持。
自分に対する、哀れみの、気持ち。


知らなければ良かった。知りたくは無かった。


だから、せめて、誰にも知られる事なきよう、
     ただ、密かに、想う事を、許して下さい・・・。
          想い続けることを、赦して下さい・・・。



紅く染まったグローブを、彼の人の心の欠片を、この胸に抱きしめながら、

―――――― そう、強く、願った。





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⇒ 壱の、続きです。一応。判り難くてごめんなさい。
⇒ カスミちゃんの坊ちゃんへの想い。彼女の健気さは好ましいです。
⇒ カスミ嬢のお相手はあえて限定せず。

⇒ 何故だかシリアスチックなモノばかりになります。
⇒ 面白おかしい話、好きなんですけれども・・・。


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・・・ 切なさ。