―――― トントン。




控えめなノックの後に開いた扉。
やぁ、と声を掛ければ見知った顔が覗く。


「こんな時間にごめんね、ビクトール」
「いや? 同盟軍に居た頃から不意の訪問にはなれっこさ、リーダー?」


あはは、そうだっけね? 
そう云いながらするりとその身を部屋の内側へと移して扉を閉めたのは、
かつて、自分がこの手で誘い出し、嵐の渦中に放り込んだ、少年。
過酷な嵐の中、独り立ち続け、今も未だ、孤独を隣に置く少年。
昔と変わらぬその姿で其処に佇む。


昔と違うのは、纏う、空気。
清冽な空気は凄みを増し、周りの者を圧倒する。


けれど、昔馴染みの自分の前では、その空気が幾分か和らいでいる。
おどけて本音をのぞかせて、対等に、語らう。

・・・・そう思っている俺は、調子が良すぎるか・・・?


「何だ? 酒なら此処にはないぞ」
「飲んだ暮れのビクトールと一緒にしないでよ」


・・・・言って、笑いあう。その笑顔は昔のままで。


「グローブがさ、一寸使い物に成らなくなっちゃって」
「は? 何したんだよ、オイ。・・・・もってこいよ。直して貰えるかもよ?」

思わず口をつく台詞。

「此処にもお前とこ程じゃないにしろ、家事のプロがいるんだぜ?」

たとえグローブ一つだろうとも、無駄にしてはならない。
そんな貧乏根性はどこで染み付いたものなんだか。
自分でも情けなく思うときが在るが、仕方のない事で。


「あぁーっと。それは無理。もう、捨てちゃったから」


張り付いたままの笑顔にふと気がついた。


「騒がれるのは、嫌いなんだ。だから、換わりにするグローブくれない?」


・・・・予感が当たった事を知った。


騒がれるのは、嫌い。
という事は、騒がれるような事をしでかした訳だ。この坊ちゃんは。
唯、破れた訳ではないと。
使い物に成らないほどの、捨ててしまわなくてはならないほどの、何かを。

・・・・・・過去に似たような事が在ったなと、記憶を辿った。
あの時から、変わりはしないのか、この少年の心は。傷は。


「・・・・・見れば何が起こったのか判る様な傷の付け方をしたと。そういうわけか?」


張り付いた笑顔が苦笑に変わる。


「うーん。そんなつもりじゃなかったんだけどね、結果的に、ね」


「・・・・馬鹿だな、お前」
「・・・・ソレ、失礼だよ。かなり。ビクトールに言われたくない」
「何だよ、お前こそ失礼だぞッ!」
「いや、だって、そうでしょ?」
「怒った。・・・・グローブはフリックにでも強請りやがれッ」




「・・・・・・・・・それは、嫌・・・」




瞬間的に部屋の温度が肌に感じるほどに、下がった。
気のせいかもしれないが。確かに。

眼差しが、凍った。


「ルックが持っていれば良いのに、持っていないんだもの。使えないよね。」


僕は包帯でも巻いて置こうかと思ったんだけど、ダメだって言うし。
だから、ビクトールので我慢してあげる。早く出しなよ?


・・・・小首を傾げて可愛らしくそう言ってはみても、
その視線が、真っ直ぐに、俺を刺す。


「悪い。・・・・・直ぐに出す・・・・其処で待ってろ」


・・・・・・忘れたわけではなかったが。


この人物は、決してフリックを頼りはしない。
表面上、普段は何のしこりも無く見えるのに。
フリックが一方的にこいつを意識している事は、バレバレだ。
そして、そんなフリックを見事にかわして、気にも留めていないように、見えていた。


それでも、決して、気に懸けていないわけではないのだ。



・・・・・・厄介な。  




ふう、と溜め息一つついてグローブを投げ渡す。

「ソレ、新しいやつ。とっておき。でかいのは許せよな」
「悪いね。・・・でかくても包帯よりはましだから、我慢する」
「取り合えずそれで我慢しな。明日になったら適当に誰かの見繕って持っていってやるよ。  倉庫番のおばちゃんとは気安いからな」
「ありがとう。うん、ごめんね、実はビクトールならそう言ってくれると思ってた」

流石にこのでかさじゃバレちゃうよね。
・・・あっさりと笑顔でそう言われてしまっては、苦笑するより他に無い。

「気をつけて部屋まで戻れよ、ばれない様にな!」
そう言って、送り出そうとした。いつもの様に。


「ビクトールも何も聞かないよね」


扉に向かって歩きかけ、振り返ってそう言った。


「だから結構好きだよ。・・・・・今日の事も忘れてくれるよね?」


・・・・・・・・パタン。


返事を返す前に、扉が開いて、閉まった。
不意をつかれた。


・・・・・・・・・・・・何だ、結構俺って信頼されてるんじゃん。



「・・・・・・・・・さて。フッチ用のでもぱくってくるかな」




何だか誇らしいような、
何だか顔が熱い様な気がするのは、
きっと、気のせいに違いない。





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⇒ 続かせるつもりでなかったので、微妙です。
⇒ 辻褄が会わない部分等御座いましたら御容赦下さい。御指摘お願い致します。
⇒ 今度はビクトール。次は誰を出すつもりなのでしょうか、私は一体。

⇒ ビクトールって、頼りにして良いのか悪いのか・・・。
⇒ とりあえず連絡出せよ!と強くつっこみを入れるのはお約束。
⇒ 前向きで、強いですよね。人間的に、とても・・・。


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 ・・・ 貸し。