―――― ザザァッ。



静けさを湛えたままに巻き起こる突風。
真の紋章によって巻き起こされたその一陣の風は、
一つの人影をそこに残して瞬く間に、消える。

完全なる静寂。・・・風の気配ももはや遠く。
ただ、元より其処に佇む人影と、新たなる人影のみが、命の気配をそこに宿して。




「・・・・・・・・・またやったの?」


静寂を破り届いた声に、開いていた瞳を閉じる。
瞬きさえせずにいた、その朱い色の瞳を。


「いい加減にしなよね、それ」


後ろを振り向き、瞬きを繰り返す。
未だ紅く朱く染まったその緋色の瞳は酷く空ろで。
虚ろなのではなくて空虚な、その、瞳。


ちっ、と軽く舌打ちをして、掌をそっと翳した。
瞼を軽く押さえて、瞳を、閉じさせる。


「乾燥してるんだから・・・・・閉じておきなよね」


触れた皮膚の冷たさに眉を顰める。
奪い取られる体温。
その冷たさが、彼が此処にいた時間を表していて。


・・・・・・イツモノコトダケド。


「馬鹿だよね。ほんと」


翳した掌を離す。
下から現れた瞳は、闇く、けれども確かな光を湛えている。


「馬鹿とは何だ、この僕に向って」


風が、吹く。
止まっていた風が凪がれる。

言葉が返ってきたことに、安堵する。


「馬鹿じゃなきゃなんだっていうのさ」
「・・・・・・・・・・伝説の、英雄サマ、だろう?」


にやり、と口の端を歪めて。
痛烈に自分を皮肉った、心にもない上っ面な言葉。


「やっぱり馬鹿だとおもうけど」


溜息ひとつ吐いて投げ出された腕をとる。
紅くそまった腕。
常着のグローヴは引き裂かれ。
血に濡れた、死の紋章。


「知らないよ。グローブなんて直せないからね」


肉が、抉り取られた手の甲の傷。
癒す為に、魔法をかける。


「ほら。もう痛くないでしょ」


何気なく、呟いた、言葉。
応えなんて、期待していなかったのに。




    「 痛くなんてないよ、・・・最初から 」




笑って、さらりと、返された、言葉。

凄烈な清廉な笑顔のそれは、本心からの言葉で。



――――― げし。

殴らずには居れなかった。


「げっ。何するんだよ、いたいじゃないか!」
「・・・もういいだろ? とっとと帰るの」
「言われなくても帰るってば。寒いし」



「・・・・・・・馬鹿につける薬はないっていうよね」

――――― 思わずそっと、呟いた。




本気で、痛くないと、そういっていた。
痛くないわけが無い傷なのに。
・・・・・・・本気で。



・・・・・・・むかついた、むかついた、むかついた。




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⇒ 零の、続きです。一応。判り難くてごめんなさい。
⇒ 紋章を手にしてから、人に近付かなくなった坊ちゃんですが、
⇒ ルックは真の紋章持ちだから、触られても、坊も気にしないんじゃないかと。

⇒ 私の、坊ちゃんに対するイメージの片鱗でも表せていると嬉しいです。
⇒ 細かい漢字の違いは拘り。一人勝手ですが、拘ります。
⇒ っていうか、あぁぁ、皆さん、引かないで下さい〜


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・・・痛み。