吐く息が白く濁り、吹き抜けていく風が痛いくらいに冷たい外とは逆に、暑いくらいにエアコンの効いた暖かい部屋。
見慣れた家具に大好きな香り。 この部屋で、大好きな彼とこうして同じ時間を過ごすのも、もう何度目になるだろう。 最初はずっと片思いだと思ってた。 絶対に想いは届かないと思ってた。 でも今こうして、私の傍には彼が居てくれて、優しく微笑みかけてくれる。 この上ない幸せだと思う…私には勿体無いくらいに。 「美菜…ごめんね?」 修吾君の部屋の小さめのコタツの上に所狭しと並べられているご馳走の数々。 私はそれに舌鼓を打ちながら堪能していると、斜め向かいに座っている修吾君が突然そんな事を呟いてくる。 「ふぁ?」 自分でもかなりマヌケな声だと思う。 修吾君のお母さんが仕事前に作ってくれていた、チキンのハンガリー風煮込みを頬張っていたものだから、とてつもなく変な声が私の口から漏れる。 「ほら…今年のクリスマスはどこにも連れて行ってあげられなくて、こうして俺の部屋なんかで過ごす事になっちゃって…」 「んっ…そ、そんな!全然私はいいよ?こうして修吾君と一緒にクリスマスを過ごせるだけで幸せだもん」 「美菜…」 「だって…私達は一応受験生だもん。私は専門学校に行くからそこまで大変じゃないけど、修吾君は大学に進むでしょう?本当はこんな事してる場合じゃないのに、こうして一緒に過ごしてくれるんだもん…これ以上我侭言ったらバチが当たっちゃうよ?」 そう言ってニッコリと修吾君に微笑みかけたら、ホッとしたような笑みを見せてから、小さく、クスクス。と笑われる。 ………なんで笑う? 私が笑われている事に、きょとんと首を傾げて修吾君を見上げると、彼は笑ったまま私の肩を抱き寄せる。 「にゃっ?…しゅ、修吾君??」 「美菜…頬っぺたにソースついてるよ?」 「ひゃっ…」 修吾君はクスクスと笑ったまま、ペロッと私の頬を舐める。 途端に真っ赤に染まる私の頬。 いい加減、慣れなきゃいけないのでしょうか… 修吾君と付き合いはじめて1年以上も経つというのに、未だにこういう事に慣れない私。 ドキドキと高鳴る心臓を手で抑えながら、もぅ。と、軽く睨むように、まだ彼からの感触が残る頬を膨らませて修吾君を見上げる。 「そういう顔も可愛くて好きだよ?」 「にゃぁぁ!そ、そういう事を言わなくていいです!!」 「あははっ!美菜、顔が真っ赤。益々可愛いくなったよ?」 「……………むぅ」 こういう時ってどういう反応をすればいいのか困ってしまう。 私は更に赤くなって蒸気を発してるんじゃないかと思う頬を両手で覆う。 どうして修吾君は恥ずかしくなるような言葉をサラッと言ってのけちゃうのでしょうか? 学校じゃ、未だに口数が少なくてクールな所がカッコイイ、なんて女の子達から騒がれているのに。 本当はね? 長瀬修吾君て人は、こんなにもおしゃべりで、すごく可愛く笑って冗談も言うし、恥ずかしくなっちゃうような言葉も平気で口にするし、すぐにぎゅぅって抱きしめてくれるし、キスもいっぱいいっぱいしてくれるし、時には意地悪な事も言うけれど、とってもとっても優しい人なんだよ? ……って、教えてあげたいけど、絶対誰にも教えてあげない。 だって、私だけが見れる修吾君の姿なんだもん。 私だけが知ってる修吾君の姿――――そういうのがあってもいいよね? 彼女の特権として。 「美菜?何考えてるの?」 「ん?ううん…何も考えてないですよ?」 鋭い修吾君は、今日もすかさずツッコミを入れてくる。 「みーな?」 ほら、またそうやって意地悪な笑みを浮かべて私を追い込むぅ! でも。絶対絶対言わないもんね。 こんな事考えてただなんて知れたら恥ずかしいもん!! 「美菜…何考えてたか言わないとお仕置きだからね?」 「うにゃぁ!ど、どうしてそうなるんですかぁ!!」 「俺に隠し事するつもり?」 「そ、そんな…隠し事だなんて大層な…」 「じゃあ、言えるでしょう?何を考えてたの?」 『彼女の特権として、こういう修吾君の姿は私だけが知っててもいいよね?』 なんて、恥ずかしすぎて絶対に言えない。 なにか…回避できる言葉はないでしょうか… 私は小さな脳をフル回転させて、色んなフレーズを思い浮かべる。 そして、一つ息を呑んでから、えぃ!とばかりに気合を入れて、修吾君のホッペにチュッと一つキスをする。 「み、美菜?」 いつもこういう行動に出ない私に、修吾君は驚いた表情で目を瞬かせる。 「あのっ…その…こっ…こういう風にクリスマスを修吾君の部屋で過ごすのも…いいなぁ。って思ってたん…デス」 なんとか上手く誤魔化せたでしょうか? 真っ赤な頬のまま修吾君を見上げると、驚いた表情から優しい笑みに変わって、彼も一つ頬にキスをくれる。 「まあ…そういう事にしといてあげようかな?」 バレ…てる? 「美菜…こっちおいで?」 修吾君は一旦私の体から離れると、座っていた位置を少しずらして、足の間をポンポンと叩く。 「え…でも、まだご飯食べてる途中…」 「ここでも食べられるでしょう?」 「だって、そこに座ったら修吾君が食べづらいよ?」 「いいよ。美菜に食べさせてもらうから」 「で、でもぉ…」 「ほら、早く?今日はクリスマスイブだから、ずっと美菜を抱きしめておきたいから。ね?」 こんな綺麗な顔で微笑まれて、断れる人がいたら教えて欲しい。 真っ赤な顔で、この部屋での私の定位置に腰を下ろすと、すかさず後ろからギュッと抱きしめられる。 「ひゃっ!…しゅ、修吾君?」 「ん?どうしたの?抱きしめておきたいって言ったでしょ?」 言われましたけど…やっぱりドキドキしちゃってこういう反応しちゃうんだもん。 ふぅ。と震える息を吐いてから、気持ちを切り替えて、背後の修吾君に向かって問いかける。 「あっ…あの…何食べたい?」 「ん〜…美菜が食べたい」 「えっ?!わ、私??」 「あははっ!嘘々…それはもうちょっと後でって事で。そうだなぁ…チキンちょうだい?」 今…とてつもなく凄い事を言われた気がするんですが。 美菜が食べたい…って…もうちょっと後で…って。 いや…深く考えないでおこう。 心臓が破裂してしまうから…… 私は若干震える手で、目の前のチキンを切り分けると、そっと体を横に向けて修吾君の口へと運ぶ。 「おいしい?」 「うん。美菜に食べさせてもらうと、食べ慣れてる味でも違った風に感じるね?」 「そう?でも、修吾君のお母さんが作った料理って美味しいよね。私も今度教えてもらおうかな…」 「じゃあ、この先毎年クリスマスは美菜の手料理が食べられるのかな?」 「修吾君のお母さんみたいに、上手くできるかどうか分からないよ?」 「美菜の作った料理なら、どんなモノでも美味いよ」 「えへへっ。じゃあ…頑張って作る。あ、今度は何食べたい?」 「んーと、そうだなぁ。スパークリングワインが飲みたいな」 「はい。でも、あんまり飲んじゃダメだよ?酔っちゃうから」 そう言いながら、ワイングラスを手に取り、はい。と、彼に差し出す。 と、修吾君はちょっぴり意地悪い笑みを浮かべて私を見て呟く。 「飲ませて?」 「……はい?」 一瞬言ってる意味が分からなくて、目をパチクリとさせて修吾君を見上げる。 それにクスクスと笑いながら、修吾君は耳元に唇を寄せて囁いてくる。 「口移しで飲ませて?」 「えっ、えっ?!くっ口移しって…でも、私は飲んじゃダメだからって…ジュースしか…」 「飲んじゃダメだけど、飲ませるのはいい事にする」 「そんな…」 無茶苦茶なぁ!! 真っ赤な顔をして渋る私に、早く?と、修吾君が急かす。 早くと言われましてもですね…まだ高校生なんですよ、私達? 未成年がお酒を飲んじゃダメです。と、散々修吾君が飲んでるのを見ておきながら、そんな言葉で回避してみる。 だけど、そんな言葉で動じる修吾君ではないことは分かってる。 あぁ…絶対やらなきゃダメなんだろうなぁ…恥ずかしいのにぃ。 私が恥ずかしがって渋ってる事は分かってるハズ…なのに、こういう時の修吾君は本当に意地悪だと思う。 だって、私が行動に移すまでじっと見つめながら待ってるんだもん。 私は暫くシュワシュワっと泡がのぼっているグラスを見つめてから、観念したかのようにそれを手に取る。 「…ちょっと…だけだよ?」 「うん、ちょっとだけね」 私は上目遣いで修吾君を見上げてから、そっとグラスに口をつけて中身を含む。 途端に小さな刺激と甘い味が口の中に広がり、鼻からアルコールの香りが抜けていく。 ……これだけで酔っちゃいそう。 そんな事を思いながら、ゆっくりと修吾君に顔を近づけて距離を縮める。 ドキドキと高鳴る鼓動。 どれだけ唇を重ねていても、やっぱり緊張してしまう…それが自分からだと尚更。 私は飛び出してきそうな程高鳴る心臓と共に、ゆっくりと唇を重ねて僅かに開いた所から彼の口へとアルコールを運ぶ。 コクン。と飲み込む音を耳で感じながら、唇を離して修吾君を見上げると、 「…おいしかった?」 と、小さく呟く。 「うん、凄く美味しいよ。でも、まだ残ってるでしょ?」 「へ?」 「ほら…美菜の口の中に…」 私の首が傾くのと、修吾君の唇が再び重なるのが同時だった。 Home Next→ |