史上最高のバツゲーム−番外編 −Your Smile−




……流石に無茶をしすぎたかも。


次の朝捺に起こされて、鉛のような体を引きずりつつ学校へと向かう。

それでも、体は疲労困憊だったけど、心は満足感と幸福感で満たされていた。

今までどんなにライブが楽しくても、次の日までその気分が持ち越すなんてことはなかった。

初めて感じる、手のひらから伝わる彼女の温もりに、思わず笑みが漏れてしまう。


そういえば、捺とこうして手を繋いで歩くのって初めてだよな。


心も体も手に入った今だけど、こうして手を繋いで歩いていることが何だか気恥ずかしくて、くすぐったくなる。

それは彼女も同じだったようで、頬を少し赤らめながら寄り添うように僕の隣りを歩く。

その姿が凄く可愛らしくて。

ところ構わず抱きしめたくなってしまうから困ったものだ。

暫く取り留めのない話をしながら歩いていると、捺が思い出したように、あ。と、小さく呟く。


「ねえ…優哉がYUだってこと、真紀に話しちゃったんだけど…いい?」

「早坂さんに?」

「ん…。昨日のライブの時に全部話したの。RYUと直接話しが出来るように頼んでみる事を条件に、誰にも話さないって約束してくれた。あのね、真紀ってすごく口が堅いの。約束したことはちゃんと守ってくれる子なの。それに、真紀にだけは秘密にしておきたくなかったの…私の大切な友達だから…」

ごめんね、勝手なことをしちゃって。と、申し訳なさそうに僕を見上げてくる捺に、ううん。と、首を横に振る。

「いいよ。捺がそう言うなら、僕も早坂さんを信じるよ。捺の大切な友達だもんね?」

「ん…ありがとう。真紀以外には絶対話さないから。でね、その条件の話なんだけど…」

「あぁ、竜に直接コンタクトを取れるかってこと?」

「うん。出来れば、携帯番号とかメルアドとか教えてもらえないかなぁって」

「んー…現時点では何とも言えないかな。勝手に教えるわけにいかないからね」

「そう…だよねぇ」

少し気落ちしたように呟く捺に、クスッと小さく笑って繋いだ手にキュッと力を少し入れる。


そうか…早坂さんは竜のファンなんだ。

竜も何気にライブで彼女に目をつけてたみたいだし。

もしかすると、あの2人…


そんな事を頭の片隅で思いながら、捺の綺麗な指先を親指の腹で撫でる。

「前に約束したよね」

「…え?」

「ホラ。いつか僕のバイト先に連れてきてあげるって」

「あー、うんうん」

「今度連れて行ってあげるから、早坂さんも一緒に呼んであげたらいいよ。その時に竜を紹介してあげる。それでいい?」

「ホントに?うんうん、それで充分!真紀、きっと喜ぶよ」

そう、嬉しそうにニッコリと笑う捺の笑顔を見て、つられて自分も笑みを漏らす。


こうして捺と手を繋ぎながら歩く事を名残惜しく思いながら、僕は学校の手前でその手をそっと離した。

競技場での件以来、更に僕の評判が落ちている事は知っていた。

だからって特別気にすることも、気落ちすることもなかったのだけど、捺までがそんな悪評を立てられる事には抵抗があった。

捺だってきっと、学校内で「暗ダサキモ男の女」と呼ばれる事には抵抗があるだろうし。

僕だけが毛嫌いされて、噂の的になればいい。

そう思って手を離した時の捺の悲しげな表情が印象に残る。


僕だって堂々と、捺は僕の彼女だって宣言したいけど、それは捺が可哀想だから。

僕が無理矢理に捺に付き合ってもらってる…そう、付き合ってるって思われてるだけで充分。


そう思っていたのに、このことが捺を僕の予想外の行動に起こさせたらしい。

あんな行動に出るなんて、この時の僕は考えもしなかった。

1限目から姿を消していた捺を探して屋上で見つけた時に交わした会話の中にも、その予兆はあったのに。


「ねぇ…優哉がYUだって事、本当はこんなにカッコイイんだって事、みんなに言わないの?」

「言ったところで何も変わらないよ。表面しか見ようとしない子はバンドのファンの子達だけで充分。だから、学校では暗ダサキモ男って呼ばれて毛嫌いされてる方がいいよ。捺にはちょっと迷惑かけちゃうかもしれないけど…」

「どうして?どうして迷惑なの?私はYUの姿を好きになったワケじゃない。YUを知る前に好きになったの。今の姿が優哉らしくて好きって言ったじゃない。私は何て言われようが構わない…胸を張って堂々と叫べるよ?私は岡崎優哉が好きです、って」

「捺…」

「優哉言ったよね?僕を虜にしたんだから、責任持って全部受け止めてね、って。それは私の台詞だよ…私をこんなにも虜にしたんだから、責任持って自分の女だって主張してよ。学校だからって気を遣わないで…そうされると壁があるみたいで悲しくなる」

そう言って、泣きそうな顔で僕の首にしがみ付いてくる捺が堪らなく愛しくて。

それだけで胸がいっぱいで熱くなった。

「すごく嬉しいよ。捺がそこまで言ってくれて…だけど、後悔しても知らないから。捺が僕の女だって主張してって言うなら僕はどこでだって構わずする。そうなったら僕から逃れられなくなるよ?それでもいいの?」

「逃れるつもりなんてない。優哉の虜だって…そう言ったでしょ?」

その捺からの返事に、グッと胸を掴まれる。

捺の事を思うと、実際はきっと出来ないだろうと思いながら、捺がそう思ってくれるだけで充分だった。

捺のこの言葉に満足してしまった僕は、ここから繋がる放課後の捺の行動を予想する事が出来なかった。

僕は、まだまだ捺の事を理解しつくせてなかったらしい。

いや、この先もっともっと色んな捺を知って、またそれが僕を溺れさせる要因になるんだろうけれど。




* * * * *





「捺…帰るよ」


一日の授業が終り、騒がしくなった教室。

僕は今まで通りに捺に声をかけて、教室のドアまで足を運ぶ。

屋上でああは言ったものの、やっぱりどこか躊躇っている部分もあって。

男らしくないと言われるかもしれないけれど、捺の事を考えると踏み出せない自分がいた。


「うん、すぐ行く!ちょっと待ってて」


笑顔でそう僕に声をかける捺の様子に、彼女の友達2人が、どうなったのよぅ!と騒ぎ立てている。

捺や早坂さんは少し声が小さめなのに対して、彼女達2人はやたら声が大きい。

僕がこのバツゲームを知り得たのも、実はこの2人のお陰だったりする。

内緒話できないタチだな。なんて思いながら眺めていると、僕と彼女達の間にいる捺が、一度こちらに視線を向けてから体を翻して、彼女達に向き直った。

その様子に、どうしたんだろう。と、思っていると、次の瞬間思わぬ言葉が耳に届く。


「どうって、見て分からない?付き合ってるの!私たち」


捺の大きな声に、教室全員の視線が彼女に集まる中、僕の目も大きく見開かれていた。


……捺!?


トクン、トクン。と、高鳴る僕の鼓動。

一瞬の沈黙を置いて、一斉に教室内が騒ぎ始める。

それに臆する事なく、捺はまた一つ息を吸うと、更に大きく声を出してきた。


「言っとくけど、私が優哉に惚れたのよ?今までにない最っ高の彼氏だから」


そう言い放ち、僕の元へ駆け寄ってくると、可愛らしく笑みを浮かべて、優哉、帰ろう。と、僕の腕に自分の腕を絡めてくる。

自分の中でも何かが弾けた瞬間だった。

僕は捺の腕を解いて、そのまま肩を抱き寄せると、そっと彼女の額にキスをして歩き出す。

悲鳴のような声に見送られたけど、それさえも楽しめるほどに開放感に満ち溢れていた。

少し、捺にしてやられた感はあったけど。


「まさか、そう来るとは思わなかったな」

自分の腰にまわる彼女の腕を感じながらそう呟くと、捺は少しいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「クスクス。そう?だって言いたかったんだもん。ダメ?」

「全然。嬉しかったよ…ちょっと捺にいい所を取られた気がしないでもないけど。だって先に惚れたのは僕なんだから」

「いいの。だって、この方が効果覿面でしょ?これでもう優哉は私から逃げられないんだから、覚悟してね?」

まぁ…捺の言い分も一理ある。

僕がどれだけ主張するよりも、捺のあの一言の方が説得力があるのだから。

「クスクス。それはこっちの台詞。明日から暗ダサキモ男の女って呼ばれちゃうよ?」

「いいもん。だって、私は暗ダサキモ男に恋したんだから」

そう言って、とびっきりの笑顔を見せてくれる捺。

思わず唇にキスをしたい衝動を何とか抑えて、僕は捺の頬にキスをする。


だって、キスをした時の色っぽい捺の表情は誰にも見せたくないから。


この様子を廊下にいる生徒達が、みんな揃いも揃って、ギョッとした様子で振り返っていた。

それを尻目に僕は捺に視線を向けて、意地悪く彼女の顔を覗きこむ。


もう、遠慮なんてしない。

捺は僕の彼女だって、正々堂々主張する。


「あー、もうダメ。今の顔、可愛すぎ…今日も激しくなっちゃいそう」

「ちょっと…なんの話してるの?」

「ん?そりゃ一つしかないでしょう?これから1週間あるからね、もっと僕を知ってもらわないとだし。ホラ、捺は僕の女だって主張もしないといけないしね」

そう言って意地悪く笑うと、肩を抱いている方の指先でブラウスを引っ掛け、昨夜自分がつけた紅い印を上からなぞる。

今度はもう少し目立つ所に…。

なんて思っている事は内緒で。

捺も昨夜の事を思い出したのか俄かに頬を紅く染めて、視線を僕からそっと逸らす。

「え、いや…そっち方面は昨日充分教えてもらったし。それに違う主張の方が…」

他の主張もするけど、この主張も譲れない。

「無理。我慢できないから」

「なんか…キャラ変わってない?」

それは捺の前だけでね?

「そう?これも僕の姿だけど。頑張って全部受け止めてね、捺」

半分冗談…半分本気で。

「え…ヤダ」

こういう言い方すると捺は…

「ナツ」

「もーっ!そういう言い方やめてよ…ヤダって言えなくなる!」

ほらね。

「うん、知ってる」


捺とこうして会話を交わしながら、僕は頭の中で少し別のことも考えていた。

ずっと想いを寄せていた捺と、ひょんな事から付き合えることになって。

いつかこのまま捺の全てが手に入ったらいいな、と思っていた。


捺がずっと傍にいてくれたら、どんなに楽しいだろう。

捺の本当の笑顔が手に入ったら、どんなに幸せだろう。


全てを手に入れられる事を願いながら、書き綴った書きかけの歌詞がある。

今度、それに曲をつけて捺に贈ってあげようかな。

この世に一つしかない、捺の為のラブソングを。

そうだな、タイトルはシンプルに…


−Your Smile−


って感じで。




++ FIN ++




*ちょこっとあとがき*

最後までお目を通していただき、ありがとうございました。
番外編は本編の内容は薄く、優哉のエロさが目立ちましたか(汗)
うひゃー。ごめんちゃいっ。彼のイメージが壊れてしまったらどうしましょう。。。
捺にそれだけゾッコンラブ(死語?)だと思って流していただけたら、と(苦笑)
優哉の溺れ様をお楽しみいただけたら幸いです…

H18.5.22 神楽茉莉