史上最高のバツゲーム−20




次の日の朝。

私たちは気だるい体を引きずりながら、なんとかSHRまでに学校にたどり着く事ができた。

何もかもが億劫に思うほど体を動かす事がダルかったけど、心の中はそれとは逆に今日のこの天気のように清々しく晴れ、幸せに満ち溢れていた私。

優哉の家から学校に着く手前まで、初めて彼と手を繋いで歩いた。

優哉の長くて綺麗な指が私の指と絡まり、掌から彼の温もりが伝わってくる。

それにさえもドキドキと胸が高鳴り、ついでに昨夜のことを思い出すと、なぜか頬が赤らむ。

完璧に恋する乙女の出来上がりだ。


だけど、優哉は学校に着く少し手前で、僕は何を言われても構わないけど、捺まではね。と、その手をそっと離して少し先を歩いた。

競技場での事件以来、私と優哉が付き合ってるらしいと言う噂は瞬く間に広まっていた。

でもそれは、優哉が強引に押し迫り、無理矢理にストーカー紛いな事をして付き合ってもらってるのだと言う尾びれがついてだ。

それによって更に優哉の評判は下がっていた。

私を同情するような眼差しで見つめ、優哉を蔑むように軽蔑の眼差しで見下す。

正直、耐えられなかった。

自分の気持ちに気付いた今、優哉と昨夜体を重ねた今、私は優哉が私を想ってくれてるのと同じぐらい、彼の事を想ってる。

今まで必要最小限の言葉をかけてきても、決して学校内では触れようとしなかったのは、優哉なりに気遣ってくれてたんだと改めて思い知らされて胸が切なく痛む。


もう、そんな事気にしてくれなくてもいいのに。

私なら、何を言われても堂々と胸張って優哉の隣にいられるのに。



SHRが終わり、担任が教室を出て行ってすぐ、私はある人物によって腕を掴まれ、そのまま教室を連れ出されてしまった。

「まっ真紀?もうすぐ授業始まるじゃない…どうすんのよ、こんな所に連れてきて!!」

「こんな所でもなきゃゆっくり話ができないでしょうが。で、どうだったの?」

私は真紀に腕を引かれ、生徒立ち入り禁止の屋上へと連れてこられていた。

2人並んで縁に腰を下ろしたと同時に始業のチャイムが耳に届く。

人生初の授業サボり…

あり得ねえ。

目を輝かせて隣りに座った存在にため息を漏らしつつ、私は徐に口を開いた。


「んと…一応めでたくゴールインって感じで…」

「んなこたぁ、あんたのその見え隠れしてる首筋のソレを見りゃ分かる。あたしが聞きたいのはそれじゃない!竜よ、竜!!」


あ…そうですか。

そりゃ失礼しましたね。


「その件は、一応優哉に言ったんだけど、竜とまだ直接連絡取れてないから何とも言えないって…勝手に連絡先とか教えられないしって」

「うそぉ…そうなんだぁ…」

一気にテンションが下がる真紀。

肩をガクンと落とし、視線を地面に向ける姿はあからさまで。

「でも、竜もあそこのCLUBでバイトしてるらしいから、また一緒においでよって言ってたよ。その時に改めて紹介するからって」

「うっそ!マジで?マジで??行く、行く!いつ行く?今日行く?」

また再浮上する真紀のテンション。

瞳を再び爛々と輝かせ、パッと晴れ渡った表情で私を見る真紀。

忙しいヤツ…そして分かりやすい。

真紀は本当に嬉しそうに、きゃっきゃ言いながら、昨日のライブの時の竜の話や、私を待ってる間に買ったCDの話、極めつけは会う時はどんな恰好をしようかなどと話していた。

そうして、一通り話して満足したのか、やっとここで優哉の話が持ち上がる。


……どんだけ後回しなんだ。


「はぁ…でも、びっくりだわ。暗ダサキモ男クンが、あのYUだったなんてねぇ。全然想像がつかないわ」

「あ、ねぇ。それ、絶対言わないでね…里子と真理子には特に」

あんな歩く放送局のようなヤツらに知れたら、と思うとぞっとする。

「分かってるわよ。あたしが口堅いの知ってんでしょ?だけど言っちゃった方がいいんじゃないの?嫌われ者じゃなくなるし、逆にうちの学校にもファンクラブができそうだしね」

「優哉が学校ぐらいは平穏に過ごしたいって言うから。それに、あの姿を知られたら私が困るもん」

「なによぉ。恋愛初心者の捺が一丁前にヤキモチ?かーっ!変われば変わるもんねぇ」

「うっうるさい!恋愛初心者っていうの、余計でしょ?」

「なによ、何か間違ってる?」


間違ってないけどさ…


「ねぇねぇ、ところでさぁ…」

「あ、うん…何?」


真紀が誰もいない事を確認するかのように辺りを見渡し、声を潜めてくるもんだから、私も攣られて身を屈めて声を潜めてしまう。


「例の、暗ダサキモ男クンの唇…気持ちよかった?」

「え?あー…まぁ…うん…」

「きゃーっ。そうなんだ?やっぱし噂通りなんだ?じゃあさ、じゃあさぁ…里子が言ってたあの噂は?」

「それがさぁ…私もびっくりしたんだけど…見たことがないくらい、おっ…ぃった!?」


最後まで言い終わらないうちに、頭に軽い刺激を感じ、そこを押さえながら振り返る。


「そういう事まで言わなくていいから…」

「ゆっ…優哉っ!?ど、どうしてここに?」


振り返るとすぐ後ろに、片手をポケットに突っ込み、前髪の隙間からジト目で見る優哉の姿があった。


「授業始まっても捺が帰って来ないから心配してたんだって。色々探し回ったよ…保健室とか図書室とか」

「嘘…ごめん。真紀に連れ出されて…初めて授業サボっちゃった」

「おぃ、あたしのせいか?」


あんたのせい以外なにがあるんだ。


「はぁ、もう…サボるならサボるって言って。何かあったんじゃないかって心配になるでしょ?」

「…ごめん」


優哉は安堵のようなため息を漏らすと、私の隣りに腰を下ろし髪の毛を優しく撫でる。

それを見て、今度は真紀があきれたようにため息を漏らし、立ち上がった。


「あのさぁ、イチャつくならあたしがいなくなってからにしてくんない?もー、熱くてたまんない。あ〜ぁ、ナイトも登場したことだし?お邪魔虫は消えようかしら」

「え…ちょっ…真紀、どこ行くの?」

「どこ行くって教室に戻るに決まってんでしょ?もう1限目も終りだし。ついでに捺は2限目も体調悪くて保健室行ってるって言っといてあげるよ」

「え、そんな…ちょっと…」


真紀は私たちに向かって、ごゆっくり〜♪と、可愛らしいウインクをして見せてから、屋上のドアに向かって歩き出す。

そして何かを思い出したように立ち止まると再び私たちの方に向き直る。


「ねぇ、岡崎…」

「…ん?」

「今までのこと…ごめんね。謝って済む問題じゃないって分かってるんだけどさ」

「真紀…」

「クスクス。うん、いいよ。分かってるから」

「罪滅ぼしってワケじゃないけど、これからは2人のこと応援してあげる。誰が何と言おうとあたしはあんた達の味方でいるからさ。ただし、捺を泣かせるようなことがあった時は承知しないから…それだけは肝に銘じといてよね?」

「ん…それも分かってる。やっと手に入れた捺だから、悲しませるような事は絶対しないよ」

「ゆっ優哉…」

「あー、はいはい。愚問だったわね…あ!それともう一つ肝心なこと」


真紀は口の端をニヤリと上げて、人差し指をピンと立てた。

何故か言いたい事が分かるのは私だけだろうか…


「捺と岡崎が付き合えるようになったのも、あたしのお陰っちゃあ、お陰よね?なので。来月からのライブのチケット、特別に2枚頂戴ね♪」

「頂戴って真紀…」

「だって、チケット取るのにすんごい労力いるんだもん。コネを使わずして何を使う?つー事で、よろしく!!」


よろしくってあなた…

ぬかりないというかなんと言うか…さすがは真紀。とでも言ったらいいか?


優哉はその真紀の様子に、クスクス。と笑いながら、了解。と答えた。

そして付け加えるように言葉を繋げる。


「あーっと…竜の件だけど、今フリーだから、チャンスかもしれないよ?」

「うっそ、マジで?」

「うん。きっと早坂さんなら竜の好みのタイプだし、押せば落ちるんじゃないかな。押しに弱いんだ、竜って」


その言葉に半絶叫しながら、真紀は、頑張る!と鼻息を荒げて、教室へと戻って行った。


「ねぇ…いいの?あんな事言って…」

「ん?どうして?」

「だって、真紀…本気で行っちゃうよ?あの子の押せ押せパワーって凄いんだから…」

「あははっ!そうなんだ?でも、本当にいけると思ったからそう言ったんだけど?竜って気が強くて綺麗な子が好みだから」

「そう?だったらいいけど…真紀は綺麗だけど猪突猛進型だから、ちょっと心配…ひゃっ!?」

ため息交じりにそう呟いたと同時に、優哉に抱き寄せられて頬に軽くキスをされる。


「僕は綺麗な捺が僕に猪突猛進になってくれると嬉しいんだけど?」

「なっ!?もーっ…どうして話を私に摩り替えるの?今は真紀の話でしょ」

「僕は捺の話しかしたくない」


優哉のその言葉に真っ赤になって固まっていると、クスクス。と笑われながら、チュッと音を立てて軽く優哉の唇が自分の唇に重なる。

私は何故か恥ずかしくなって、やっぱり次の授業に出てくる!と、慌てて立ち上がると、後ろから腕を引っ張られてそのまま優哉の足の間に体が落ち着いてしまった。


「ダメ。行かせない…」

「優…哉」


前髪の奥からじっと見据えられて、また私は動けなくなる。

徐々に近づいてくる優哉の顔。

ドキドキと高鳴る私の鼓動。

今度は軽くではなく、しっかりと唇を塞がれ、音を立てて啄ばまれる。

そのキスに解されるように私の体から力が抜けると、今度は唇を割って優哉の舌が滑り込んできた。

お互いの舌先を絡め合わせるように舌が動き、しっかりと味わうように口内深くまで入りこんでくる。

そうしてじっくりと時間をかけてキスを堪能してから、優哉は名残惜しそうに唇を離す。

絡み合う前髪の奥の優哉との視線。

私は直にそれを見たくて、ポケットにヘアゴムがあったのを思いだし、優哉の前髪を束ねてそれで結った。


「突然何するの…」

「クスクス。なんか…可愛いぃ〜」

意外に可愛らしく纏まってしまって、思わずおかしくて笑ってしまう。

それに優哉は少し、ぶすっ。とした表情になりながら、結わえられた前髪をチョンチョンと指先で弾いた。

「可愛いって…あんまり嬉しくないんだけど?」

「だって、優哉の目を見たかったんだもん。いいでしょ?私の前だけなんだから」

優哉の首に腕をまわして首を傾げると、彼は私の体に腕をまわして、はぁ。とため息を漏らしてから、そう言われると何も言えない。と、笑った。

初めて見る明るい場所での優哉の綺麗な瞳。

あのライブで見た時とはまた表情が違って、太陽の光に照らされて、何とも言えず神秘的で透明感のある藍色に輝いていた。

もしかしたら、この瞳に最初から私は囚われてしまっていたのかもしれない、と思った。

だから見つめられると動けなかったんだ、と。

「普段は影になって黒く見えるけど、光に照らされると綺麗な色なのね…どうして最初に言ってくれなかったの?クオーターだって」

「別に隠すつもりはなかったんだけどね。この地域にクオーターって僕しかいなくて…運良くYUの素性はファンの子達にバレてないし、母親の姓を使ってるお陰で学校でもバレてない。捺の気持ちが僕に向いてくれたらその時に言おうって思ってたんだ」

そう言って、太陽に負けないくらい眩しい笑みを浮かべると、またチュッと音を立てて軽くキスをしてくる。

「ねぇ…優哉がYUだって事、本当はこんなにカッコイイんだって事、みんなに言わないの?」

「言ったところで何も変わらないよ。表面しか見ようとしない子はバンドのファンの子達だけで充分。だから、学校では暗ダサキモ男って呼ばれて毛嫌いされてる方がいいよ。捺にはちょっと迷惑かけちゃうかもしれないけど…」

そう言って、また気遣いを見せる優哉に切なくなって涙が溢れ出しそうになる。

「どうして?どうして迷惑なの?私はYUの姿を好きになったワケじゃない。YUを知る前に好きになったの。今の姿が優哉らしくて好きって言ったじゃない。私は何て言われようが構わない…胸を張って堂々と叫べるよ?私は岡崎優哉が好きです、って」

「捺…」

「優哉言ったよね?僕を虜にしたんだから、責任持って全部受け止めてね、って。それは私の台詞だよ…私をこんなにも虜にしたんだから、責任持って自分の女だって主張してよ。学校だからって気を遣わないで…そうされると壁があるみたいで悲しくなる」

溢れ出しそうな涙を堪え、優哉の首にギュッとしがみ付くと、優哉もまたギュッと力強く抱きしめ返してくれた。

「すごく嬉しいよ。捺がそこまで言ってくれて…だけど、後悔しても知らないから。捺が僕の女だって主張してって言うなら僕はどこでだって構わずする。そうなったら僕から逃れられなくなるよ?それでもいいの?」

「逃れるつもりなんてない。優哉の虜だって…そう言ったでしょ?」

そう言って笑うと、優哉も、逃すつもりもないけどね。と、同じように笑う。

そして、引き寄せられるようにキスを交わし、見詰め合って微笑み合う。

それから、私がチョンチョンと優哉の結わえられた前髪を指先で弾いて笑うと、優哉はまたちょっと拗ねたような表情を見せた。


何気ない幸せが優哉とならこんな所にも落ちてるんだ、と感じた瞬間。




* * * * *





「捺…帰るよ」


一日の授業が終り、騒がしくなった教室。

その雑音の中から、ボソボソっと小さく聞こえる優哉の声。

あれ、今日は水曜だっけ?と首を傾げて、即座に今週はバイトが休みなんだと思い出す。

そっか。今日から1週間は一緒に帰れるんだ。

そう思うと自然と自分の顔から笑みが漏れる。

「うん、すぐ行く!ちょっと待ってて」

この様子を見て真紀はにこやかに手を振り、里子と真理子は、どうなったのよぅ!と叫んだ。

先に教室のドアのところで立って待っている優哉に視線を向けてから、私は振り返って彼女達を交互に見ると、すぅっと一つ息を吸う。


「どうって、見て分からない?付き合ってるの!私たち」


その私の大きな声に、教室の全員の視線が私に集まる。

里子と真理子が目を大きく見開いて驚いているのと同様に、教室内でもザワザワと色んな声が飛び交いはじめる。

うそー。とか、やだぁ。とか言った声がチラホラと耳に届く。

言いたきゃ勝手に言ってればいい。

『暗ダサキモ男の女』?上等じゃないか。

何を言われたって構わない。

私は胸を張って堂々と言える…


「言っとくけど、私が優哉に惚れたのよ?今までにない最っ高の彼氏だから」


そうみんなに聞こえるように言い放つと、優哉の元に駆け寄り、優哉、帰ろう。と、彼の腕に自分の腕を絡めた。

優哉は少し驚いたような表情を見せたけど、すぐに嬉しそうに微笑むと、私の絡めた腕を解いてそのまま肩をグッと抱き寄せると、額にチュッと軽くキスをして肩を抱いたまま歩き出す。

悲鳴のような声に見送られ、私は、クスクス。と笑いながら優哉の腰に腕をまわした。


「まさか、そう来るとは思わなかったな」

「クスクス。そう?だって言いたかったんだもん。ダメ?」

「全然。嬉しかったよ…ちょっと捺にいい所を取られた気がしないでもないけど。だって先に惚れたのは僕なんだから」

「いいの。だって、この方が効果覿面でしょ?これでもう優哉は私から逃げられないんだから、覚悟してね?」

「クスクス。それはこっちの台詞。明日から暗ダサキモ男の女って呼ばれちゃうよ?」

「いいもん。だって、私は暗ダサキモ男に恋したんだから」

そう言ってニッコリと笑うと、優哉はまた肩を引き寄せて今度は頬に軽くキスをする。

この様子を廊下にいる生徒達が、みんな揃いも揃って、ギョッとした様子で振り返っていた。

もう、それすら全く気にもならなかった。

赤信号、みんなで渡れば怖くない。の勢いだ。

……って、言ってる意味が分からない。

「あー、もうダメ。今の顔、可愛すぎ…今日も激しくなっちゃいそう」

「ちょっと…なんの話してるの?」

「ん?そりゃ一つしかないでしょう?これから1週間あるからね、もっと僕を知ってもらわないとだし。ホラ、捺は僕の女だって主張もしないといけないしね」

優哉はそう言って意地悪く笑うと、肩を抱いている方の指先でブラウスを引っ掛け、昨夜自分がつけた紅い印を上からなぞる。

途端に自分の中でも昨夜のことが思い出されて、頬が俄かに紅く染まる。

「え、いや…そっち方面は昨日充分教えてもらったし。それに違う主張の方が…」

「無理。我慢できないから」

無理って…

「なんか…キャラ変わってない?」

「そう?これも僕の姿だけど。頑張って全部受け止めてね、捺」

頑張って全部受け止めたら、確実に私の体はいつか壊れる。

「え…ヤダ」

「ナツ」

「もーっ!そういう言い方やめてよ…ヤダって言えなくなる!」

「うん、知ってる」

確信犯だったのか…コノヤロウ。




付き合いたては、並んで歩く優哉との距離が30cm。

2週間経った時は15cm。

3週間目は約5cm。

そして1ヶ月目を迎えようとする今、私たちの距離は…ゼロ、センチ。


猫背も寝癖もだらしない恰好も、全て大嫌いだと思ってたのに。

今ではその姿さえも愛しく思う。

こんなにも大切な存在になるだなんて思ってもいなかったのに。

今では傍にいないと抜け殻になってしまうほどかけがえのない存在になっている。


あんなに嫌だと思っていたバツゲーム。

史上最悪だと思ってたバツゲーム。


だけどそれは私にとって…


人生最大の、史上最高の恋物語の始まりだった――――。




++ FIN ++

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