−1− 「あなたの秘密、知ってるわよ?」 そう放課後の教室で俺に不適な笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは同じクラスの桜庭 メイ(さくらば めい)。 こいつは学校の中でも『彼女にしたいランキング』の上位に位置するまぁまぁいい女だ。 まぁ、その上をいく俺の義姉の真由に比べれば屁でもないけど。 そいつが突然俺の席へやってきてそんな事を言ってきやがった。 ・・・・・俺の秘密を知ってる? 一体何を知ってるっつぅんだよ。 俺は訝しげに眉を寄せると、メイに視線を向ける。 「へぇ。俺の何を知ってるって?」 鼻先でクス。と笑いながら俺は帰り支度を始めた。 「あなたの、か・の・じょ。」 その言葉に俺の動きが止まる。 ・・・・・俺の彼女って。 「何の話?俺には女なんていねぇけど。」 「クスクス。しらばっくれてもダメよ?周囲にはウマく誤魔化してるみたいだけど、私には分かるんだから。」 俺が素気無くそう答えると、メイは若干ほくそえんで俺の顔を覗きこんでくる。 何言ってんの、わけ分かんねぇ。そう呟いてカバンを肩にかけると俺はメイに背中を向ける。 「――――長井 真由。」 「・・・・・っ?!」 その名前に反応して後ろを振り返ると、メイは口の端を少し上げてニヤリを笑った。 「あの人、あなたの彼女でしょ?」 「は?な・・に、言ってんだよ。あいつは俺の姉貴だぞ?んな訳ねぇじゃん。」 「クスクス。今、少し目が泳いだわよ?だからあなたの秘密って言ったじゃない。」 「・・・お前。」 「お姉さんって言っても実の姉じゃないでしょ?あれだけ綺麗な人だもんね。同じ屋根の下に暮らしてたら、嫌でもそうなっちゃうわよね?」 メイはやたら自信ありげにそう呟き、俺の反応を見て楽しんでいるようにも思える。 ・・・・・嫌な女。 俺は何も答えずに再びメイに背中を向け、一歩足を踏み出した所で、ヤツの声が俺を止める。 「何も答えないって事は肯定って理解してもいいのよね?・・・ねぇ。一つ提案があるんだけど。」 ――――提案があるんだけど… 「――――はぁ?!冗談じゃねぇよ。何でそんな事しなきゃなんねぇんだよっ!!」 俺は思わず大声を出してしまった。 メイが持ち出してきた提案とは俺とメイが仮に『恋人同士』になる、という事。 まぁ、要するに俺が真由とそういう関係だっつぅ事を隠す為にメイと『恋人ごっこ』をしろと言う訳だ。 「いい提案だと思うけど?あなただっていつまでも言い寄って来る子をフるのも面倒臭いでしょ。私とあなただったらみんな納得すると思うんだけど?」 そりゃ確かに毎回付き合ってくれだの何だのって言ってくる女の子に断りを入れるのも面倒だって思ってたけど・・・。 だからって、何で俺がメイと付き合う事にしなきゃなんねんだよ。 ・・・俺の女は真由だけでいいんだ。 「・・・何で、お前がこんな事するんだよ。お前にはこんな事する必要がねぇだろ。」 「ん?別に。私、今の所彼氏いらないのよね。なのにあなたと一緒でよく言い寄られて困ってるの。あなたなら害はなさそうだし、私にとっても好都合なのよ。」 ・・・何気に自慢か、このヤロー。 俺が次の言葉を濁していると、メイはそれを見ながら更に続ける。 「そうそう。あなたのお姉さんの方にも悪い虫が付かないようにちゃんと手を打ってあげるから。」 「・・・・・なに?」 「クスクス。お姉さんには今日から私の兄の彼女になってもらうから。安心して。」 「ちょっちょっと待てよ!何だよ、その話。しかもお前の兄貴って・・・。」 ・・・コイツの兄貴って確か3年の桜庭 剛(さくらば つよし)すげぇ秀才で顔も二枚目。 この学園でもトップの学力と人気を誇るあの桜庭 剛だと?! まぁ、俺も同じぐらいのレベルだと付け加えておくけど・・・。 「ね、私の兄ならお姉さんの彼氏として申し分ないでしょ?ちょうど兄も女の子達から言い寄られて困ってたのよ。彼女と付き合ってるって噂が立てば言い寄る子も減ると思うし。」 「だからって・・・。」 「心配しなくても大丈夫よ。兄は女の子に興味がないの。だからお姉さんと間違いがあるなんて事にはならないから。ほらね、こうすれば丸く納まるでしょ?」 ・・・丸く納まるでしょ?じゃねぇよ。 「姉貴は……そんな事承諾しねえぞ。」 「そうかしら?うちの兄をナメテもらっちゃ困るわね。あなたのお姉さんを説得するなんてお手のもんだと思うけど。今頃話がついてるんじゃないかしら。」 そうニッコリと俺に微笑みかけた所で、メイの携帯がタイミングよく鳴り出す。 ほら、来た。と更に笑みを浮かべて携帯に出ると、何やら電話の向こう側の相手と話をしてから携帯を切る。 「クスクス。あなたのお姉さん、OKだって。これで交渉成立ね。これから宜しくね、智也。」 「なっ?!てめっ・・人の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ!」 俺の意見を無視して勝手に話を進めんじゃねぇよ。 「あら、今日から晴れて恋人同士になったのよ?名前で呼び合わなくてどうするの?あなたも私の事『メイ』って呼んでくれたらいいから。」 「冗談じゃねぇ。誰が呼ぶか!」 「クスクス。案外あなたって子供っぽいのね。何が自分にとって一番得策かって考えたら、そんな事言えないんじゃないの?」 ・・・・・確かに。メイと付き合ってるって噂が流れれば俺に言い寄ってくる女も減るだろう。 何よりも真由とそういう関係だって事もバレずに済む。 俺は暫く考えてから、分かった。と一言だけ呟く。 「そう、分かってもらえてよかったわ。」 「だからって、お前とは表面上の形だけでそれ以上の事は一切しねぇからな。」 「分かってるわよ。だけど、学園にいる間は『恋人』として振舞ってよね。疑われたら元も子もないんだから。」 ・・・・・納得できねえけど。 「あぁ。分かった、最小限な。」 ――――かくして始まった俺らの奇妙な『恋人ごっこ』 俺がこの先この兄妹に翻弄されるなどと、この時は思ってもみなかった。 index Next→ |