汗の浮かんだ鎖骨に舌を這わせ、指先で胸の蕾を弄ぶ。 繋がった部分からは卑猥な水音が漏れ、動きに合わせてベッドが軋む。 「あぁっ!…蒼斗っ…イイッ…凄くいいわっ!…んんっ…あぁあんっ…」 喘ぎ声を響かせながら恥ずかしげもなく股を大きく広げ、髪を振り乱して女が淫らによがっている。 真紅の口紅を乗せた唇が俺の名前を呼ぶ。 甘ったるい香水の香りが染み付いた腕が俺に絡みつく。 自分がどう動けば男が悦び、どうすれば自分の果てが最高の形で迎えられるのか知っている女。 俺はその女に冷やかな視線を向けながら、いつもの如く腰を動かす。 「はぁんっ!…んっ…そう、そこっ…あぁっ!いいわっ…もっと突いてっ!もっと…もっと激しく蒼斗ので奥まで突いてぇぇっ!!」 女が淫らに喘げば喘ぐほど何故か自身の熱がさめていく。 それを何となく感じながら女の要望に応えるように、俺は腰を更に動かした。 「あぁっ!あぁあっ…イクッ…んっ…いっ…あぁぁあんっ!!」 一度目の絶頂を迎えた女は、暫く体を震わせて快感に酔いしれてから満足そうに笑みを浮かべる。 そして第二ラウンドを迎えるために、早くも体勢を整え始めた。 もちろん、俺はまだイっていない。 「はぁっ…はぁっ…ふぅ〜…うふふっ。やっぱり、蒼斗のって最高ね…他の男のじゃ、こんなに最高に気持ちよくなれないもの」 腕を俺の首に引っ掛け、自身で腰を動かしながら誘うような視線を向けてくる。 今までは、俺もそれなりにこの関係を楽しんできたし、誘いにも応じて一晩に何度も果てを迎えたこともあったけれど、どうも最近気が乗らない。 年が七つ上で、経験も俺より豊富で…誰もが綺麗だと認める容姿を持つ女。 そんな女から誘われれば悪い気はしないし、性欲を吐き出せるのならばこちらとて有難いこと。 だけど、今日は全くその気になれなかった。 むしろ、やりたくないという思いのほうが強かった。 俺は一旦動きを止め、軽くため息を漏らしてから女の秘部に埋め込まれている自身を引き抜いた。 「え…ちょっと、何してるのよ…」 「その気になんねぇ」 「その気になんねぇって…これからじゃない、何を言ってるの?」 不満げな表情に切り替わり、不服そうに頬を膨らませた女を尻目に、俺は自身からゴムを引き抜いてベッド脇にあるゴミ箱に投げ捨てた。 「一回イカせてやったろ」 「そんな一回で満足できるわけないじゃない。ねえ、どうしちゃったのよ、蒼斗ぉ」 体を起こして俺の背中に寄り添うと、チュッチュッと音を立てて肩や背中に唇を当ててくる。 それに若干嫌悪感を抱きながらも、俺はボソッと一言だけ呟いた。 「別に。 その気になんないだけ」 「じゃあ、私がその気にさせてあげる♪ クスクス…ホントはもっと舐めて欲しかったんでしょ?」 妖艶な笑みを浮かべながら俺の前に全裸のまま回りこみ、全然勃ってるじゃない。なんて言いながら俺のモノに手を添えてくる。 反射的にその手を払いのけていた。 「え…蒼斗?」 「触んな…その気がねえって言ってんだろ」 「ちょっと。本当にどうしたの? もしかして…また他にオンナでも出来た?」 「は?また?なんだよ、それ。 俺は一度もあんたのモノになった覚えはねえし、そういう風に言われる筋合いもないと思うけど」 それは、そうだけど…。と、ふて腐れたように呟く女の体を振り払うようにして立ち上がると、俺はそのまま床に散らばっている服を着始める。 「大体、あんたの旦那、もうそろそろ単身赴任先から帰ってくるんじゃないのか? それなら俺はもう、用済みのはずだよな…その間だけって約束だったんだから」 「えぇ、帰ってきたわよ?帰ってきたけど…満足できないのよ。旦那だけじゃ満足できないの!だからあなたを呼んだんじゃない」 「旦那が帰ってきてからもズルズルとこんな関係続けんの?はっ!冗談じゃない。俺はそういう揉め事になりそうな関係はゴメンだから。 そんなに溜まってんなら他の男に相手してもらいなよ。 どうせ俺だけじゃねえんだろ?こんな関係になってんの」 俺の他にまだこういう関係の男が2,3人いることは知っている。 基本的にこういう女なんだ、コイツは。 旦那がいるくせに、自分好みの相手なら誰とだってすぐに寝る。 だからこちらも気兼ねなく関係を続けてこれたのだけど… 「それは…でも、ここまで体の相性が合う男は蒼斗しかいない。 ねえ、あなただってそうでしょう?」 「クスクス…俺が?んなワケねえじゃん。それって俺が巧いってだけの話だろ? 俺は一度だってあんたと体の相性が合うなんて思ったことはねえよ…ただの一度もな」 そう…ただの一度もなかったんだ。 コイツと寝ても、あまり汗をかいていない自分に最近気が付いた。 それはイクことはできても、一度も心身ともに満足感を得られたことがないということだ。 コイツだけじゃない…他のどの女と寝ても高揚感が得られない。 それに気付いたのはアイツに出会ってからだけど… 「なっ!?なによ、それ…そこそこの経験しかなかったあなたに色々教えてあげたのはこの私よ? 一年もかけてそこまで育ててあげたのに、そういう口の利き方ってある?」 「だから?それと相性とは全く別ものだろうが。 色々と余計なことまで教えてくれたのは有難いと思ってるよ…ククッ、案外役に立ってるし? でも、あんたとじゃ俺はその気になれねえ。だから、これからは他のオトコか旦那に慰めてもらうんだな」 「なにそれ…私を切るつもり?」 徐々に女の顔が険しいものに変化していく。 もともとプライドが高い女だ…自分が切り捨てられる立場が気に入らないのだろう。 「そういうことになるかな。 あんたにとってもそのほうがいいと思うぜ?旦那がいる身分なんだし。 揉め事が起こる前に関係全部切っておいたほうがいいんじゃねえの?」 「嫌よ…私は絶対嫌!旦那一人だけだなんて耐えられない! いいじゃない、体だけの関係なんだからこのまま続けても。 そのほうがあなただっていいでしょう?」 「言ったろ…あんたとじゃその気になんねえって。 恥じらいもクソもなく、どんな男の前でも堂々とそうやって全裸でいられるあんたみたいなスレた女はもう食い飽きたんだよ」 そう言いながら、何故か頭の中にアイツの姿が浮かんでいた。 嬉しそうに尻尾をめいっぱい振って俺のあとを追いかけてくる子犬のようなアイツの姿が。 恥じらいながらも俺の言ったことは忠実に守り、真っ直ぐに気持ちをぶつけてくるアイツが。 決して綺麗でも、飛びぬけて可愛いわけでもないけれど、どこか憎めなくてついつい構いたくなってしまう俺のマスコット… 「スレた女って…じゃあ何?今度は処女を相手にするっていうの? 面倒だって言って一番毛嫌いしていた部類の女を?」 確かに俺は処女が嫌いだった。 この女にそう植え付けられたのもあったけれど、俺自身が面倒くさいと思ったから。 痛がったりマグロ状態でいられるよりも、慣れている女の方が俺自身も楽でいいだろうと。 これまで年上の慣れた女しか相手にしなかったのも、それが一番の理由だ。 だけど今俺は、その処女を相手に楽しんでいる。 まだ一度も入れたことがないのに、今まで感じることの出来なかった高揚感を得ながらだ。 しかも、いくら慣れている女でも関わろうとしなかった同じ学校の生徒。 それは今までの俺では考えられない相手。 「さあな…それをあんたに言う筋合いはない」 「学校にバラすわよ…わたし達の関係。 そうしたら、あなたきっと退学よ?せっかく有名な大学に推薦してもらえそうなのに、そうなってもいいの?あなたの人生、滅茶苦茶になるわよ」 「ククッ…なに、脅し? バラしたきゃバラせばいいじゃん。どっちの人生が滅茶苦茶になるか…身を持って知る事になると思うけど。 ねぇ?うちの学校のマドンナ…青木恵理子先生?」 「……………」 悔しそうに唇を噛んだ青木にニヤリと笑って見せてから、ガラステーブルに置いておいた携帯と財布をズボンのポケットにしまう。 「じゃ、そういうことで…今日限りでこの関係は終わり。たった今から俺とあんたはいち生徒と教師だ。 だから、今後一切俺の名前を気安く呼ぶな。関わってもくんな…」 「嫌よ、私は認めない。 あなただってすぐに後悔するわ、私の体が無性に欲しくなって…」 「あはは!だから、いらねぇって。 欲しい体なら他にある」 そう言い捨てまだ何か言いたげな青木に鋭い視線を向けて制すると、俺は振り返ることなくこの部屋を立ち去った。 ――――欲しい体なら他にある …か。 なに血迷ったことをほざいてんだ、俺は。 別にアイツの体が欲しいわけじゃないだろ? ただ弄って反応を見て楽しんで…最終的にどんな女に育つのか、自分の手で色々教え込んでいくことがこの遊びの醍醐味だったはずなのに。 どんどん俺の言ったことを吸収し、変化を遂げて“女”になっていくアイツを見せられるたびに、自分の中に生まれた妙な感情が大きくなっているように思う。 ……妙な感情。 それが一体なんなのか、わからないほど俺は鈍いわけじゃない。 ただ、それを認めたくないだけ…なんだろうな。 いや、わからないのかもしれない。 その感情をどう操っていいのか。 俺にはそんな感情など備わっていないものだと思っていたから。 教育熱心な母親のお陰で、俺は幼少の頃から勉強漬けの毎日だった。 来る日も来る日も勉強勉強… 同じ年頃のヤツと遊ぶことさえ許されず、やれこれを習えだこれをマスターしろだと次々に脳や体に覚えこまされて、正直、それだけで手一杯だった俺は余裕なんてものがなかった。 切迫した日々に歪められるように、いつしか俺は物事を斜めに捉えるようになり、それでも大人たちの前では“いい子”を演じていたり。 そんな幼少時期を経て出来上がったのが今の俺だ。 今現在は学校からの評価も良く、母親の納得のいく成績が修められているからか昔ほど神経質なまでに口うるさく言われることは無くなったけれど、口癖は相変わらず「勉強は終わったの?」だ。 まあ、「暇があったら勉強をしなさい!」から「勉強は終わったの?」に変わっただけでも随分マシになったと言えるか。 愛情を注ぐより、教育に情熱を…ってか? 抱きしめてもらった記憶がなく、そんな風にある意味俗世間から切り離されて育てられてきた俺が恋心を抱くなんて誰が思う? 思わないだろ? だから、正直戸惑っている…今の自分に。 ほんの遊びのつもりではじめたマスコット契約だったのに、いつの間にかそれに翻弄されている俺がいる。 アイツの体に触れているだけで気分が高揚する。 潤んだ瞳で見つめられると、衝動を抑えるのに必死になる。 他の男がアイツに触れているのを見ただけで、無性に腹立たしくて不機嫌になる。 そのくせアイツの言葉を聞けば安心して途端に上機嫌になる俺。 口ではいくら否定的な言葉を述べてみても心までは誤魔化せず、自分の行動一つ一つにその思いを突きつけられている気がして目を逸らしてしまいたくなる。 それが無意識の行動だから尚更に。 こんなハズじゃなかったのに。 俺はこんなヤツじゃなかったはずなのに… アイツと関わったことでどんどん自分が変わっている気がする。 このままアイツに色々教え込んで、最後チェリーを食ったら……その先は? この関係が終わる? それとも… わからねぇ。 俺は一体どうしたいのか。 何でこんなことを考えているのか。 いつだって食おうと思えば食えるはずのチェリーを、何かと理由をつけて食おうとしないことこそが答えになっているとは気付かずに、俺はため息混じりに夜空を見上げた。 |