*あなたの温もり




『――――・・ちゃん・・・お兄ちゃん!ユキお兄ちゃん!!』


『ん・・・葵。どうした?またクラスの男に苛められたか?』


『ううん。大丈夫だったよ。』


『そっか。俺、中学に上がっちまったから、今まで通りに葵の事ずっと見守ってやれねぇけど、何かあったらすぐ言えよ?俺が片っ端からそいつらぶん殴ってやっから。』


『クスクス。葵ももう5年生だから、大丈夫だよー。でもなぁ、葵。ユキちゃんと本当の兄妹だったらよかったのになぁ。』


『・・・・・え?』


『だってぇ。そうしたら、ずっとお家でも一緒にいられるでしょぉ?私、ゆきちゃんみたいなお兄ちゃんが欲しいもん。葵、一人っ子だからママがお仕事でいない時は一人で寂しい。』


『葵のママが仕事の時は俺の家に遊びに来てるだろ?じゃぁ寂しくないじゃん。』


『う〜ん。そうだけど・・・葵はずっとゆきちゃんと一緒にいたいもん。』


『ずっと葵と一緒にいてやるよ。だって、俺は葵の事好きだから。』


『葵もユキちゃんの事好きだよ?』


『じゃぁ、葵は将来俺のお嫁さんになる?』


『えー・・ユキちゃんのお嫁さん?でも、葵は同じクラスの健太君が好きだよ?』


『・・・え?今、俺の事好きって言ったじゃん。』


『ユキちゃんはお兄ちゃんだから、好きなんだもん。』


『・・・葵。』


『あっ!葵、これから健太君達と遊ぶ約束してるの。帰って来たらまたユキちゃんのお部屋に行っていい?』


『え・・・あ、あぁ。』


『やった♪じゃぁ、行ってきま〜す!!』


『・・・・・って、葵。待て・・・葵っ!!』




「――――待てよ、葵!!あお・・・・・ぁ。」

・・・クソッ。またあの夢か。

俺が中1で葵が小5。いつもずっと傍にいると思ってた葵が、初めて俺に背を向けやがったあの出来事。

あの日から今日まで、何度この夢でうなされ続けた事か。

今から思えば、高々小学生如きの恋愛ごっこ。

だけど、あの何気ない葵の一言が今でも俺の心の奥深くに根深く居ついていやがる。



『――――ユキちゃんはお兄ちゃんだから、好きなんだもん。』



多分、葵はそんな事を言った事すら覚えてねぇだろうけど。

あの日ぐらいからだよな。俺が葵に対して冷たく接するようになったのは。

どうせ俺は葵にとって『お兄ちゃん』と言う存在でしかないんだから・・・俺の気持ちは葵には届かないんだから・・・って。

まだ中坊だった俺は、自分の気持ちをどうする事も出来なくて・・・。

普通に接する事も出来なくなって、突っぱねる事しか出来なくなった。

それは高校に上がってからも同じで・・・。

葵が手に入らないんなら・・・誰と付き合ったって同じだ。

そう思いながら俺は葵を諦める為に、片っ端から女と付き合った。

幸いな事に俺から声をかける事無く、立て続けに向こうから告られてたから、別段女に不自由する事もなかったし?

だけど、いくら「いい女」と言われるヤツと付き合っても、俺の心は満たされる事は無くて。

隣りで笑う女が変わる度、空虚感だけが俺を支配した。

何やってんだ、俺。って、高校1年の時に初めて抱いた女を見ながら、頭ん中でそんな事を考えてて。

これが葵だったら・・・俺が抱く最初の女が葵だったら・・・って、何度も思った。

でも、最終的には『お兄ちゃんだから・・・。』それに行き着き、落胆のため息を漏らす。

高校に入れば葵とも会う事もないだろうと思ってたら、アイツは事もあろうか俺の通う高校に入学してきやがって。

諦めようって、そう心に誓ったのに、偶然廊下ですれ違う度、朝顔を合わせる度に込み上げてくる葵への想い。

触れたくても触れられなくて、仮面を被ったまま葵を見つめてた・・・ずっと。

そうこうする内に、葵は俺を見るたびに『恐怖』めいた表情を見せるようになって、その態度がムカついて・・・更に俺は仮面を被る。悪循環。

俺は大きくため息を付き、ベッドの上で寝返りを打つ。

ずっとずっと好きだった・・・葵の事。

妹としてではなく、一人の女の子として。

葵は俺の事を兄貴みたいに思ってたらしいけど、俺は一度だって葵の事を妹として見た事はない。

中学に入って周りのヤツらが、同じクラスの女子や先輩達に恋心を持っていた時、俺は小学生の葵に恋心を持っていた。

それって何かヤベーんじゃねぇの?って。小学生の女の子に対してそんな気持ちを抱くなんてさ。

だから、俺はずっとその気持ちをひた隠しにしてきた。

すぐ手を伸ばせば届く距離にいるくせに、手を伸ばせずに知らん振り。

――――近いのに遠い存在。

ずっとこの先もそうなんだろうな、って思ってた。あの時までは。

だけど、今は違うよな・・・葵。

ずっとずっと、俺の隣りで笑っていてくれるんだよな?

昔のように、『ユキちゃん。』って可愛らしい声で・・・俺の事を。

もう一度寝返りを打った時、お袋の大きな声がドア越しに届く。

「ゆ〜きっ!幸久っ!!起きてるの?葵ちゃんが迎えに来てくれたわよ。幸久ぁ〜?」




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