*あなたの温もり




私、井上 葵(いのうえ あおい)。16歳の高校1年生です。

今ね、私には片想いの彼がいるの。

それは・・・





「――――それじゃぁママ、学校行って来るね〜。」

「は〜い、気をつけて行ってくるのよ。あ、葵?」

「何、ママ?」

「今日ママ夜勤だから夜、葵一人だけど大丈夫?」

「んもぅ。私もう16だよ?一人で大丈夫だって。ママってば心配性なんだから。」

「そう?やっぱり女の子一人で家にいさせるのって心配で・・・。今日はお隣のユキちゃんのママと一緒の夜勤だから、何かあったらユキちゃんに連絡するのよ!!」

ママから発せられた名前に一瞬ドキンと胸が高鳴る。

ユキちゃんこと相田 幸久(あいだ ゆきひさ)は、私よりも2つ年上の18歳で同じ高校の3年生。

私とユキちゃんの家はお互いに母子家庭。私達が小さい頃からママ達は何かと助け合って来たから必然と子供同士も仲良くなって、私はユキちゃんの事を『幼馴染』というより、『お兄ちゃん』のように慕ってた。

ユキちゃんも、昔は私の事を妹のように可愛がってくれて何処へ行くにもいつも手を繋いでくれてたっけ。

でも、いつの頃からかな・・・お互いの距離が少しずつ遠くなってきて、今ではお隣に住んでいるのに遠い存在と変わっていた。

だけどね、中学に入った頃から自分の中の異変に気付いた事があるの。

そう、多分私はユキちゃんの事が好き・・・なんだと思う。『お兄ちゃん』としてではなく、一人の男の人として。

だってね、ユキちゃんの事を考えると心臓がドキドキ鳴っちゃうし、偶然学校とかですれ違ったり、朝顔を合わせると胸がキュン。と熱くなってきちゃうんだもん。

これって多分『恋』だよね?

でもねでもね、ユキちゃんを好きになっても絶対実らない恋だと思うんだ。

だってユキちゃんは、すごくカッコよくてすごくモテるんだもん。

女の子なら放っておかないと思うんだよね。実際、ユキちゃんの隣に歩く女の子っていつも違うし、綺麗な人ばっかり。

それを見るとすごく切なくなっちゃう。絶対私には無理だって・・・。



私は軽くため息を付くと、「じゃぁ行って来るね。」とママに声をかけて、マンションのエレベーターへ向かう。

はぁあ。私ももうちょっと綺麗だったらなぁ・・・。

エレベーターを待つ間、カバンから手鏡を取り出して自分を映し出す。

「・・・いたって普通。」

そんな言葉が自分の口から洩れる。

だって、本当に普通なんだもん。髪の毛だって真っ黒のセミロングだし、瞳だって一重なんだか二重なんだか微妙な目だし、鼻だってすっと通った鼻じゃなくて、どちらかと言うと低いし小さい。背だって156cmの標準ラインだし、太ってるわけでも痩せてる訳でもない・・・どれを取っても他の子よりも秀でてるものが無い。

・・・・・言ってて空しくなってくる。

私は先ほどのため息よりも少し大きめのため息を付くと、鏡をカバンにしまう。

「・・・・・そんなため息ばっかついてっと、幸せが逃げんぞ。」

「うぁっ?!」

突然背後から聞こえてきた声に、ビクッ。と体が飛び上がり、思わず壁に背中をつける。

「ったく、朝っぱらからため息付いてんじゃねぇよ。」

「ゆっゆっっユキちゃん!!」

「・・・お前さぁ、朝誰かに会ったら先に言う事があんだろうがよ。」

「えっ・・あ、おっオハヨウ。」

ユキちゃんは、いつものように制服を着崩していて、第2ボタンまであいた胸元からはシルバーのアクセサリーがチラッ。と光る。

中学の頃から染め始めたサラサラの髪は、相変わらず茶色く最近は金髪に近い。耳にはピアスをいくつかあけてるし、お世辞にも『優等生』とは言えない。

そんなユキちゃんは硝子玉のような冷たい視線で私を見下ろす。

・・・・・昔みたいに優しく笑ってくれないんだね。

そう思うと心なしか胸の奥がズキンと痛む。

私がカバンを抱きかかえて俯いていると、

「乗らねぇの?」

と、低いユキちゃんの声が耳に届く。

気が付くと、いつの間にかエレベーターが来ていて先にユキちゃんが乗り込んでいた。

「のっ乗る!乗ります!!」

慌ててエレベーターに駆け込むと、静かにドアが閉まり動き出す。

シーンと静まり返るエレベーター内。

いっ息苦しい・・・。

私はカバンを抱きかかえたまま、エレベーターの隅っこに体を貼り付けて1階に着くのを待つ。

ユキちゃんも私の方に向く事はなく、私に背を向けて体を壁に預けていた。

・・・・・ユキちゃん、昔のように仲良くなれないのかな?

・・・・・私はどうしてユキちゃんを好きになっちゃったのかな?

もう私には笑いかけてくれないの?小さい頃のように、優しい笑顔で。

私は無言の背中を見つめながら、そんな事を思う。




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