〜　らしい　〜




――――とある日の朝。



「中里、この見積もり午前中にやっといて。」

俺はいつもの様に、憎まれ口を叩いてくるであろう優里の返事に、少し構えながら見積もりの図面を席に座って伝票整理をしているヤツに向かって差し出す。

「はいはい。午前中ね…りょーかい。」

ニッコリとまでは行かないけれど、少し笑みを浮かべて優里が俺の手から図面を受け取る。

「……………え？」

一言、二言、何か言ってくるだろうと思っていただけに、意外な反応に自分の口から疑問符が出る。

「…………何？」

「あ…いや、別に……じゃぁ…頼むわ。」

俺は少し首を傾げながら、自分の席に戻る。



――――その日の昼食後。



「中里……昨日お前が注文したサッシ。２本サイズが間違って入荷してんだけど。」

「嘘！ごめんごめん。すぐにメーカーに注文し直して、今日出荷してもらえるように頼むわ。先方にも私から謝っとく…ごめんね！」

「…………………あぁ。たの…むわ…。」

ごめんね！って……優里が素直に謝りやがったぞ、おい。

いつもなら、「あんたの注文書の書き方が悪いんじゃない！えー、私がメーカーに連絡するのぉ？自分でそれぐらいやんなさいよ！」なんて責任転換までしてくるのに。

俺はまた首を傾げて、早速メーカーに電話をしている優里に視線を向ける。


一体どうしたっつぅんだ……今日の優里？



――――その日の午後。



今日は珍しく仕事が定時に片付き、明日も仕事だから優里を誘っても家になんて来ないだろうと思いながら、更衣室から着替えて出てきたヤツに一応誘いをかけてみたりする。

「優里。今日、俺早く終わったから、晩飯作りに家に来いよ。」

――――えー、明日仕事だから嫌。大体ねぇ、作りに来いよだなんて何様のつもりだっつぅの！

なんて、返ってくるだろうと思ってたのに…。

俺の言葉に優里はニッコリと笑ってみせると、

「久し振りだね、こんな早い時間に隆志が仕事終わるのって。じゃぁ、今日は隆志の為に私特製のカレーライスでも作ってあげるわ。」



………………。



優里のその反応に、一気にぞぞぞっと、鳥肌が立つ。

何なんだよ、今日のコイツの反応は？！

え……頭でも打ったか？それとも、熱でもあるんじゃねぇの？

ごく一般的な女なら、こういった反応が返ってくるもんだけど、コイツに限ってはそんな事はあり得ない。

今まで一度だって見せた事のない優里の反応。

何を企んでやがるんだ、優里のヤツは。

少々疑心暗鬼に陥りながら、優里と共に車に乗り込み、マンションの近くのスーパーで材料を買い込み帰ってきた。

車中でもスーパーでも、いつもの優里らしからぬ行動と振る舞い。

俺の言葉に素直に返事を返してくるし、いつもよりも甘えたような表情を見せてくる……気がする。

リビングのソファに座り、キッチンで忙しそうに夕食の支度をしている優里の後ろ姿をじっと見つめる。


……絶対何かある。


だってよ、いつも夕食を作る時は、やれ野菜を切れだの、やれ洗い物を手伝えだのと言ってくるクセに、今日は俺がキッチンに立つと、

「あ、隆志は座っててよ。折角久し振りに仕事が早く終わったんだからさ、たまにはゆっくりテレビでも見てたら？」

だとさ。

今日ってエイプリルフールじゃねぇよな？

壁にかかっているカレンダーの数字の”７”を確認してから、もう一度優里に視線を向ける。

一体何なんだよ。

俺は頭をフル回転させて、あらゆる想定を思い浮かべる。

俺の誕生日……は、まだ先だよなぁ。

記念日……ってガラでもねぇし、これもまだ先。

だったら何だ？

はっ？！もしかして……浮気してるとか？

浮気をしてると、それを隠す為に相手には優しく接するようになるって言うよな？……まさか。

俺は嫌な速度で打ち始める鼓動と一緒に立ち上がり、優里の背後に立つと後ろから抱きしめるように腰に腕をまわし、ヤツの肩に顎を乗せる。

「わっ！？ちょっと隆志…危ない！もぅ、あっちで座っててよ。」

「……なぁ、お前俺に何か隠し事してんだろ。」

「は？何言ってるのよ。隠し事なんてないわよ。」

「嘘付け。今日のお前、変だぞ？何、隠してんだよ。正直に言えって…今なら許してやるから。」

「だーから、何もないって言ってるでしょ？隆志こそ何疑ってんのよ。」

「絶対おかしいって今日のお前。やたらめったら素直だし、愛想いいし……他に男でも出来たのか？」

「はぁ？何よ、それ。」

優里の声のトーンが徐々に低いものへと変わってくる。

「他に男が出来て、それを隠す為に猫被ってんだろ。俺は騙されねぇぞ？正直に言えって！」

「バカじゃない？そんな事あるわけがないでしょうが。隆志、私をそういう目で見てるわけ？」

「疑いたくもなんだろうが。いきなりコロっと態度が変わってよ…なんか、気色悪い。」

「気色悪い？……あんた今、気色悪いって言った？」

低い声と共に、くるっと振り向いた優里の手には包丁が握られている。

「うわっ！おまっ…っぶねぇな！刃物を人に向けんじゃねぇよ！！」

「ムカツク！隆志がいつも天邪鬼だとか口が悪いとか言うから、たまにはいい女っぷりを見せてやろうと、わざわざ！してやったのに。それを事もあろうか、気色悪いっつった？あーもー、すんごいムカツク！」

え……それって、もしかして俺の為に？

「だったら、そう言えばいいだろうが。紛らわしい行動を急に取るんじゃねえよ！勘違いしちまったじゃねぇか。」

「勝手にあんたが勘違いしたんでしょうが！気分損ねた……続き、あんたが作ってよね！！」

「はぁ？何で俺が作らなきゃなんねんだよ……って、刃物をこっちに向けんなって言ってんだろうが！！」

「気分損ねたっつったでしょうが！もう絶対二度といい女はあんたには見せてやんない事に決めた。」

「優里っ…作り始めたんなら、最後まで作れよ。後、ルーを溶かすだけだろうが。」

「ルーを溶かす単純作業ぐらい、あんたにだって出来るでしょうが！この、鈍感男！！」

「どっ……」

鈍感男って……んなもん、誰だってあの状況じゃ疑いたくもなんだろうが。

急にコロコロと態度変えてんじゃねぇよ！って、俺の為だったらしいけどさ。

優里は、バン。と包丁をまな板の上に音を立てて置くと、自分はさっさと冷蔵庫からビールを取り出し、ぐびぐびと飲みながらソファに座る。

「こらっ、アルコール女！責任持って最後まで作れって！！」

「うっさい！あんたが作ればいいでしょうが。あー、お腹減った。早くしてよね。」

「早くって……お前が作れよ。」

「いーやっ！人を何の根拠もナシに疑って、挙句の果てに気色悪いだなんて暴言を吐いたバツよ。」

何の根拠もナシにって……お前が予想だにしなかった行動を取るからだろうが。

……ったく。

まぁ、でも。何だかんだ言ってっけど、やっぱこういう優里の方が優里らしい気がする。

ああいう素直な優里もいいんだろうけど……

「おら、お前も手伝えよ！メシ食うの遅くなんぞ！！」

「えー。今日は一日あんたの為に働いてやったんだから、それぐらいしなさいよ、もぅ！」

憎まれ口を叩きながら、俺の横に立つ優里に視線を向ける。

やっぱ、コイツはこうじゃなきゃな。




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