〜*〜 Eternal Lover 〜*〜



正樹は宣言通り、ベッドで一緒に寝ながらも抱きしめるだけに留めてくれていた。

だけど、今はそれだけで幸せだった。

正樹を感じられる事、彼の傍にいられると思うだけで…




次の日、私は正樹に見送られて徹の住むアパートへと向かう。

今日は朝一番の授業の後、一度家に帰って来るハズだからこの時間なら家にいるだろうと思って。

私は緊張の面持ちで徹の部屋のドアを開ける。

昨日、あのまま何も告げずにアパートを出た私は、何を言われるんだろうと心臓が高鳴る。

だけど言い訳もしたくないし、自分の気持ちに嘘もつきたくない。

私自身でケジメをつけなければ…




「……徹?」

「おー、沙代子。今朝起きたらいねーしよ、昨日あれから帰ったのか?」




徹は然程気にする様子もなく、ベッドに背中を預けた恰好で、床に座ってタバコを咥えたまま部屋に入って来た私を見上げる。




「帰ったって言うか………私の家じゃない所へ行った…の」

「へ…ぇ」



徹はその言葉に少し反応を示してから、言葉少なめに返事を返し、タバコの煙を口から吐き出す。



「あの…ね、徹。今日は話があって…」

「いいよ」

「………へ?」



あまりにも素早い返事に、私の口から気の抜けたような声が出る。



「別れ…たいんだろ?」

「とお…る」

「なんかさ…薄々気付いてたんだよ、お前には他に好きなヤツがいるんじゃないかって」



徹は煙を肺に送り込み、またフーッと天井に向けてそれを吐き出す。

そして、自嘲的な笑いを浮かべて私をまた見上げる。



「仕方ねーかなぁって思ってた。ほら、俺バイトも学校も忙しくてあんまお前に優しくしてやれなかったろ?しよっかって言われても、ヤル気よりも眠気の方が勝ってついつい寝ちまうしよ…。でもいつも思ってた、沙代子に寂しい思いさせてんだろうな、って。それでもどうにかしようって行動に出なかったのは、きっと慣れっこになっちまったんだろうな…お前との空間が」

「待って…気付いてたって…私の気持ちが誰かに向いてるって?」



そんな…私自身でさえ確信を得たのは昨日なのに。

それを徹は気付いてたって言うの?



「そりゃ気付くだろ?俺だってこう見えても沙代子に惚れてるんだからさ。まあお前自身は気持ちに気付いてないみたいだったけど?でも…今の俺じゃ沙代子が惚れた男にはきっと勝てない。ずっとこのまま付き合って行っても、俺は沙代子に寂しい思いをさせるだけだから。だからそいつに幸せにしてもらえよ…今までの分も」

「あのっ…ねぇ?…」

「俺もさ、ずっとこんな関係をズルズルと長引かせるのもどうかなって思ってたところだったから。いつ別れを切り出そうかって、キッカケが掴めなかったんだ」

「徹も…別れようって思ってたの?」

「ん〜…まぁ。なんつーか、今は女よりもバイトの仲間とかとバカやって騒いでる方が正直楽しかったりするしな。きっと、この先もお前を構ってやれないから…別れてやるよ」



徹の言葉を聞きながら、何故か私の瞳から涙が溢れ出す。

それを見た徹は、少し苦笑交じりの笑い声を漏らしながら近づいてくると、そっと私の体を抱きしめて背中を優しく撫でる。



「別れを切り出してきたヤツが泣いてどうすんだよ、沙代子」

「だって…どうしてそうやって最後の最後に優しいところを見せるのよっ…ズルイじゃない」

「あははっ!俺はいつだって優しい男のつもりだったけどな?だけど、いくら俺が優しさを見せたところで、お前の中の決心はもうついてんだろ?」

「………ん。ごめん」

「謝んなよ。そうさせたのには俺にも原因があるわけだしさ…ごめんな、沙代子。寂しい思いをずっとさせてて…もう俺の事は忘れていいから、な?」



そう、徹は小さく囁くとそっと額に口付けてくる。



本当にズルイよ…最後にそんな優しさを見せるだなんて…



「だからっ…そんな優しく言わないでよ…ズルイよ徹」




本当にズルイのはどっちなんだろう…

自分の気持ちを誤魔化しながら、キッカケを掴めずにズルズルと徹と付き合っていた私。

私の奥底に眠る気持ちを知っていながらも、ずっと私と付き合っていて最後の最後に優しさを見せる徹。




きっと本当にズルイのは……今こうして徹の腕の中で泣いている、私




「そうか?気持ちよく別れてやろうと思ったんだけどな…」


クスクス、と小さく笑いながら徹は、じゃあ。と呟くと、そっと私の体から離れて真顔を作る。


「お前との関係はもう飽きたから、今すぐこの家から出ていけよ。お前の顔も見たくねぇし、声も聞きたくねぇ。だから、今後2度と俺に近づくな…それともし、これからの男と何かあっても俺を頼ってくんな。俺とお前は今この時点から何の関係もねーから…分かったらさっさと出てってくんない?邪魔だから…」


最後徹は私から顔を背けると、新しくタバコに火をつけてフーと床に向けて煙を吐き出す。


「……徹」

「言ったろ、邪魔だから出て行けってよ。荷物は残らず全部後から送ってやるから…さっさと惚れた男のところへ行けよ。待たせてんだろ?」


徹は背中を向けたまま私の顔は見ずに、そう言葉だけを投げかけてきた。




――――ありがとう、徹……さようなら




私は涙を拭い、そっと徹の背中に向かってそう囁いてから部屋を出た。






徹のアパートを後にして、そのまま正樹の待つマンションへと向かう。

その途中でマンションで待ってるはずの存在がいる事に気付く。




「……正樹?」

「家でなんて大人しく待ってらんなくて…ちゃんとケジメつけられたか?」



私が駆け寄ると、正樹はすぐに私を抱き寄せてグッと腕の中に閉じ込める。

私は正樹の香りに包まれながら、彼の体に腕をまわして、コクン。と一つ頷く。



「忘れられる?……彼氏の事」

「正樹は?忘れられたの?…彼女の事」

「俺はもう、沙代子の事しか見えてないから…」

「私も…これからは正樹の事だけ見ていたい…」



そう。徹が背中を押してくれたから…私はその最後の優しさに甘えようと思った。



「俺だけ見てればいい…他のヤツになんか行かせないから」

「クスクス。正樹って意外に独占欲強かったりするの?」

「そんな事ないけど…なんか、沙代子だけは特別。誰にも渡したくない」

「正樹…」


熱い吐息交じりの声を耳に響かせるから、思わず頬が紅くなってしまう。


「信じる?」

「ん…信じるよ」

「だったら、どこにも行くなよ?俺の傍にいろ…」

「うん。正樹もずっと傍にいて?…寂しくないように」

「寂しい思いは絶対させない。もう、『仲間』だなんて呼ばせない。これからは俺の女だから…覚悟しろよ?」



少し、意地悪の入った笑顔を見せる正樹を見て、私も小さく、クスクス。と、笑って彼を見上げる。




もう…正樹を仲間だなんて言わない。

だって、私の中で新しい歯車がまわりはじめたから――――。



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