〜*〜 One night romance 〜*〜



アルコールと煙草の匂いが充満する、灯りが消された10帖ほどの薄暗い部屋。

おぼろげに、小さめのガラステーブルの上に、飲み干されたビールの缶とおつまみのカスが散乱し、床にもワインのグラスや焼酎のビンが転がっているのが見える。

私はアルコールで犯されて、朦朧とする意識の中、自分にかけられている薄い掛け布団の端を掴んで、薄暗くなった部屋を頭を擡げて辺りを見渡す。



あれ…いつの間に寝ちゃったんだろう、私。



今日は大学のサークルの中で特に中のいい男3女2の計5人で、一人暮らしをしている武(たけし)の所で飲み会を開いていた。

特に、何か祝い事があったわけでもなく、行事があったわけでもない。

お酒が大好きな5人が集まって、ワイワイとお酒を飲みながら朝までなだれ込むのはいつもの事。

今日もいつものようにお酒をしこたま買い込んで、いつものようにたわいない話で盛り上がりながらお酒を飲んでいた。



午前2時頃までの記憶はある。

珍しく、翔馬(しょうま)が、

「最近女がうっせーんだよな。他の女がいる飲み会に参加すんじゃねぇってさ。別にそんなの関係ないじゃんねぇ?俺ら別に浮気しようと思って集まってんじゃないんだからさー。大体俺らはそういう目で見てねぇってぇの。なぁ?」

そう、ブツブツ文句を言いながら、帰って行ったのがちょうどその頃だったから。

私達は、束縛されてんなぁ。なんてケラケラと笑いながら彼を見送り、またお酒を飲みながら別の話題で盛り上がって、そこから暫くしてからの記憶がない。

それぐらいに眠ってしまったんだろう。



翔馬の言うとおり、私達はお互いに異性として見てはいなかった。

お酒が好きな奴ら。特に気が合う仲間……ただそれだけ。

それぞれに恋人がいたし、もちろん私にだって彼氏がいた。

永遠にコイツらとはそういう関係になんないだろうな、って思ってた。

そう…キッカケがない限り。それぞれに相手がいる限り…

だけど、いくら相手がいるからと言っても、キッカケなんてホンの些細な事でもあるんだ、と、この時気付かされた。



「ん…何だよ、沙代子(さよこ)。起きたのか?」

そう暗闇から声をかけてきたのは、どうやら隣りで寝ていたらしい正樹(まさき)だった。

綾祢(あやね)以外男はみんな1年先輩で、その中で正樹は何かとサークルを盛り上げてくれるムードメーカー的存在。

人懐っこくて、笑った顔が爽やかで。誰に対しても態度が変わらず面倒見もよくて、冗談は言うけれど嘘はつかない彼は、結構サークルの中の女の子から人気があったりする。

サークルに入って、一番気の合う『仲間』になっていなかったら、きっと好きになっていたかもしれない。と、たまに思う。

お酒に一番強いのも彼。

何度飲み比べで挑んでも潰されるのは私の方。

結構お酒に強いって自信があったんだけど…

「あー、うん。何…もうみんな寝ちゃったの?」

アルコールのせいで、大きく吐き出されてる2つの寝息を聞きながら、少し声のトーンを落として返事を返す。

「もうっつっても、明け方の4時前だけどな。例の如く武のベッド、ヤツと綾祢に占領されて俺らは床で雑魚寝」

正樹も少し眠っていたのか、ガラステーブルを挟んで向こう側の奥にあるベッドに視線を向けて、少し掠れた声で小さく苦笑を漏らす。

お互いに恋愛感情なんて持ってない私達は、いつだって平気で一緒に眠る。

部屋の主である武は当然のことながら、綾祢もベッドでしか眠れないなどと我侭を言って、いつも2人でベッドを占領する。

だから、残された私と正樹と翔馬は必然的に床で雑魚寝を強いられる。

いつも正樹と翔馬の間に挟まれたりして、掛け布団が小さい!と文句を言いながら寝てるんだけど、今日は翔馬が先に帰ってしまったから、正樹と2人で一つの掛け布団を一緒に被り、寝ていたらしい。

「そんなのいつもの事じゃん?あー、でも。翔馬がいないとこうもゆったり眠れるんだねぇ。掛け布団が余裕」

「あはは。そう言われれば。いっつもお前と翔馬に布団取られてさみーからな、俺」

「それは正樹の寝相が悪いからはみ出してんじゃないの?よくエルボーとか食らわされてるよ?私」

「あ、マジで?あー、でもそれ。俺の女にもよく言われる…ゆっくり眠れないからあんたの隣りで寝たくない!って」

「あははっ、分かるそれー。マジムカつくもん。こっちは気持ちよく寝てんのに、邪魔すんなよ!って」

「お前までムカツクって言うなよ」

ボソっと拗ねたように呟く正樹に、思わず笑いが込み上げてくる。

こういうところ、年上だなんて思えないんだよねぇ。

まぁ…名前を呼び捨てにしてる時点であまり先輩だと思ってないんだけど。

「ね、それ聞いて思い出したんだけど。そう言えばさっきその彼女とあまり上手くいってないとか言ってなかった?ちょっと酔っ払っててあんま覚えてないんだけど」

「あぁ。んな事も言ってたっけな。そういうお前こそ、男が襲ってこねぇ。とかって嘆いてたじゃん?」

「あちゃー。そんな事言っちゃった?結構酔っ払ってたからなぁ…本音がぽろっと出たか」

「どれぐらいヤッてねぇの?」

「んー、1ヶ月ぐらい?」

「マッジで?それ凹むなぁ」

「でしょー?凹むよねぇ。私に興味がなくなったのか!って言いたくなっちゃうよ」

「でも別れたくないんだろ?今の男と」

「困った事にそうなんだよねぇ。向こうも何だかんだ言って傍に居てくれるし」

私は、はぁ。とため息を付くと同時に体を正樹の方に向ける。

正樹は横になって自分の腕を枕代わりにしているから、ちょうど向かい合った形になる。

「じゃぁ、沙代子から襲えばいいじゃん」

「何度もする?って言ってるけど、全然その気になんないんだもん。襲う前に意気消沈」

「強引にキスでもしてそのまま流れたらいいじゃん」

「あー…キスねぇ。それすらも最近してないなぁ…正樹はキスぐらいはしてる?」

「俺?そーいや、俺もしてねぇな。最後はいつだっけ…忘れた」

「お互い相手がいながら、寂しい生活送ってるよねぇ」

「だよなぁ。俺、キスの仕方忘れたかも」

そう言っておかしそうに笑う正樹を見ながら、ダメじゃん。と私も同じように笑う。

「結構悩殺キスで定評あったんだけどな。俺からキスされれば相手はメロメロ」

「メロメロって…まあ、言うのはタダだしね?はいはい、って聞いといてあげる」

「あ、お前信じてないだろ。マジだぞ、これ」

「へぇへぇ、そうですか。すごいねぇ…よっ!色男!!」

「うーわ、なんかそれすげームカツク。丸っきり信用してないじゃん。んー…何なら今ここで証明してやろうか?」

「ふ〜ん。そこまで言うなら…証明されてあげようか?」

「お前さぁ、マジで惚れるぞ?俺に」

「いや、惚れないから。正樹こそ、私に惚れないでよね?結構上手いよ?私も」

「えー、お前が上手いってかぁ?でも、惚れるなんてあり得ない。俺、サークル仲間にそういう感情持たないようにしてるから」

「私もそう。じゃあお互いに後腐れないね。ね、だったら試させてよ、正樹のキスがどれぐらい凄いのかって」

なんで、こんな事を言ってしまったんだろう。って後から思った。

少し残るアルコールのせいと、暫くそういう刺激に触れてなかったと言う寂しさから出た言葉だったんだろうけど。



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