*Love Fight






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午後8時50分。

……クソッ。まだバイト終了時間まで10分もあるじゃないか。

あの時計、壊れてるんじゃないか?さっきから全然時計の針が動いてないように思えるんだけど。

俺はイライラとしながら、散らかされた本を所定の位置に戻す作業をしていた。

受験に向けて、美菜と同じ塾に通い始めて、バイトに入れる時間が少なくなってきたから、入れる時はなるべく長く働けるようにとシフトを組んだ事が、今日は裏目に出る。



俺が何故ここまでイライラと時間を気にしているのかと言うと、先程の直人からのメールを読んだ事が原因。

今日は受験前に最後の晩餐と言うわけじゃないけれど、みんなでパーッとやろうぜ。と言うような理由で、いつもの岡本の親戚がやっている店に集まることになってるんだ。

美菜も当然それに参加する事になっているんだけど、今日は俺が9時までバイトで、待っててもらうのも退屈だろうからと、直人や桂木さんと一緒に先に行かせたんだ。

修吾君が終わるまで家で待ってるよ?って美菜は言ってたんだけど、今日は美菜の気にする祥子達も来ないって聞いてたし、直人と桂木さんが一緒なら大丈夫だろうと思って、先に行って待ってて?なんて言ってしまったんだけど。

俺がバカだった。

直人と桂木さんが一緒だからこそ、気をつけなきゃいけなかったんだ。

ポケットから携帯を取り出し、先程の直人からのメールを読み返す。



『修吾、バイト頑張ってるかぁ?こっちはすんげぇ盛り上がってんぞ!!特に美菜ちゃん♪酔っ払うとこうなっちゃうのねぇ。すんげぇ可愛い(笑)早く来ねぇと、誰かに襲われちまうぞー。』



冗談じゃない。

誰が美菜に飲ませていいって言った?

俺でさえまだ美菜の酔っ払った姿を見たことなんてないのに……美菜も美菜だ。あれほど俺がいない場所では飲んじゃダメだって言ったのに。

まぁ、おおよそ桂木さんに上手いこと言われて、疑いもせずに酒をジュースだと思って飲まされたんだろうけど。

やっぱり美菜は家で待たせておくべきだった。

後悔先に立たず…何故あの時、先に行って待ってて?なんて言ってしまったんだよ。クソッ。

携帯をパタンと閉じて、時間を確認すると、小窓の液晶に「8:55」の文字が浮かぶ。

あー、もぅ!あれから5分しか経ってないじゃないか!!

俺はイライラとソワソワが入り混じった中、時間が早く経つ事だけを祈る。




9時01分を指すと当時に、タイムカードを押して裏口から飛び出した俺。

携帯を取り出し、一番に美菜に電話をしても繋がらず、余計にイライラしながら次に直人を呼び出す。

『……もっしも〜し、修吾お疲れー。』

コール音が長々と流れ、留守電に繋がる一歩手前で、ガヤガヤとうるさい音と共に、陽気な直人の声が聞こえてくる。

「直人!お前、美菜に酒を飲ますなよ!!」

『ぶははっ。開口一番がそれかよ…んなもん知らねぇよぉ。俺が飲ませたわけじゃねぇし?あー、でもすんげぇ可愛いぞ美菜ちゃん。ほっぺがほんのり桜色でよ、ずーっとニッコリニコニコで。喋り方もすんげぇ可愛いし、もー。お兄さんは思わずぎゅって抱きしめたくなっちゃうー♪』

「殺す。」

『きゃー。修吾に殺されちゃう〜。』

「ふざけた事言ってないで、美菜に代われよ。美菜の携帯に電話したんだけど繋がらなかったんだ。」

『愛しの美菜ちゃんの声聞きたいか?ん〜…どうしよっかなぁ??』

「直人!」

……お前、後で覚えてろよ。

俺のイライラした声に、ケタケタと笑いながら、ちょっと待っててー。と、直人の声が離れる。

暫くの間、ガヤガヤとした雑音が聞こえていて、小さく、修吾から電話ー。という直人の声と、修吾君?という美菜の声が聞こえてくる。

そのまま美菜が電話口に出るのを待っていると、突然一際高い声が耳に届く。

『やっほー、長瀬!早くこっちにおいでよ〜。みんな待ってるよ?あ、美菜が特にか。』

……桂木恵子。何でお前が先に出るんだよ。

「あの、いいから美菜に代わって。近くにいるんだろ?」

『えー、美菜ぁ?近くって言うかぁ…岡本と国井の間に座ってるー。』

「はぁ?」

岡本も国井もどっちも男だぞ?なんでそんな間に美菜が座ってるんだ。

その情景を思い浮かべると、益々俺のイライラが募る。

「ちょっ…美菜をそこから離せ。どうしてそんな位置で座ってるんだよ。」

『どうしてって…気付いたらそうなってたのぉ。長瀬ってば相変わらず美菜にだけは執着心丸出しだわねぇ…いよっ羨ましい!!って、ごめん結構私酔っ払ってるわ。』

いや、あんたの事なんてどうだっていいんだって。

少し呂律の回らない桂木さんに対してため息を漏らし、美菜に代わって、ともう一度呟く。

だけど、酔っ払いと言うのはタチが悪い。

向こう側で、俺が出るー、とか、いや俺が。と言った声が聞こえてきて、どうやら携帯の奪い合いをしている様子が伺える。

「……………」

俺は無言のまま携帯を切ると、全力疾走で店に向かった。





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