*Secret Face









「ね〜、シン帰ろうよ〜。今日は部活休みなんでしょ?」

甘ったるい声を出し、誰もいなくなった教室の机に座って校庭を眺めている、藤原 新一(ふじわら しんいち)の腕に女生徒が絡みつく。

タバコと香水が混じった香りが、彼の鼻をかすめる。

(あ〜、もう臭ぇ。何とかなんね〜のかよ、この臭い)

眉間にシワを寄せながら、彼は少し顔を反らす。

「あ〜、もうそんな近づくなよ。」

迷惑そうに、腕にまとわり付く彼女を引き剥がしながら呟いた。

「いいじゃ〜ん、私達付き合ってるんだからさ〜。こうやって私の物って強調しとかないと、シンてカッコいいからすぐ他の子に取られちゃうじゃない。それに、シンを横に連れて歩いてると顔がいいからさ〜自慢できるんだよね。」

引き剥がされても、なお腕に絡み付いてくる。

(鬱陶しい・・・俺は「物」じゃね〜っての。どいつもこいつも、顔・顔ってうるせ〜。)

新一は立ち上がると、彼女を突き放すように教室を出た。

「あっ、もう。ちょっと待ってよ〜」

屈めば見えてしまいそうなくらいのスカートを翻し、彼女が後を追う。



教室を出て校庭に向かう途中、部室の前で何やら作業をしている女生徒が目に止まる。

「・・・小暮?」

新一の声が聞こえたのか、その子はふと顔をあげた。

「あれ・・・藤原君、どうしたの?今日は部活休みやで?」

きょとんと首を傾げ、そう呟く。

彼女の名前は小暮 姫子(こぐれ ひめこ)。新一と同じ高校2年生のクラスメイトである。

そして、新一も所属しているサッカー部のマネージャーを親友の麻田 恭子(あさだ きょうこ)とやってたりする。

恭子はモデル並みの身長と容姿を持ち合わせていて、それこそサッカー部のアイドル的存在だが、姫子は154cmと少し小柄で、長い黒髪をいつも二つに束ねている。

乱視のきつい度が入った黒ぶちの眼鏡をしている彼女はお世辞にも『かわいい子』とは言い難かった。『真面目そうな子』という言葉の方がしっくりくる感じ。

それでもいつも明るく、部員の世話を焼く姫子はサッカー部の連中からかわいがられていた。

人懐っこく、たまに出る関西弁がそうさせているのかもしれない。

「お前こそ何やってんだよ。」

素っ気なく呟く新一に対して、にこっと笑うと、

「今日は部活休みだから、ボール磨いておこうと思ってね。綺麗な方が気持ちいいやん??それに恭子も彼氏とデートで先帰るって言ってたし、ちょっと時間があったから。」

(綺麗にったって、元々ボロボロのボールだし拭いたってすぐ土でドロドロになんのにやっても意味ね〜じゃん。何でいつもこんな一生懸命なんだよ。しかも楽しそうに・・・訳わかんねぇ。)

とは思ったものの、あまりにも姫子が一生懸命拭いてるものだからさすがの新一も声に出せなかった。

いつもそうだ。部員のユニホームを洗濯する時も、部室を掃除する時もいつも姫子は一生懸命なのだ。新一や部員達はそこまでしなくてもいいのに・・・と姫子を見て呆れているが、当の本人はそんな声もお構いなしに、楽しそうに作業を続けるのである。

「ね〜、シンもういいでしょ?帰ろうよ」

しばらく新一の後ろでおとなしくしていた彼女が、新一のズボンのベルトを引っ張って促す。

「あ、ああ。・・・だからひっぱんなって。・・・・・じゃあな。」

「は〜い、気をつけて帰ってね。」

姫子の声を背に、新一は部室を後にした。



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