―――――――――――――――奏でられた旋律に言葉を 前編
ああ、と耳元で感じ入ったような声がした。
カーテンのひかれた室内、差し込む日差しは分厚い布に遮られ、灯りは小さなオレンジのライトがひとつだけ。
衣擦れの音はもう耳に馴染んで、ただただ体に充満する淫猥な感覚を強めていくだけで、もう羞恥もなにもなくなっていた。
白い体にはいつにも増して赤い痕をつけられて、頬を撫でる指が優しい。まるで別人みたいに。
「…ん、んん」
体中に溢れた感覚に耐え切れずに喘ぐ声が漏れるのにももう慣れた。
この男、麻隆と寝た回数はもう数え切れず、その分だけ悠の体は慣れて次第に快楽を追い求めるようになっていった。
慣れた体は、最近ではひとりで居る時ですら疼くようになって、溜息ばかりがこぼれ出る。多分もう、女の子を相手にする事はできないだろうと思ってしまうぐらいに。
(…なんで、こんな)
組み敷かれ、喘がされる事になれてしまった。それが嫌ではないから、不思議なものだ。
落ち合う約束も何もせずに、ただ悠が歌うあの場所へ麻隆はやってくる。そして必ず、悠はこの男の前で歌ってからこの場所へと連れてこられる。
一曲の時もあれば、何曲も歌わされる事もある。
出会い頭に『下手くそ』と言いきったくせに、何故かこの男は絶対に歌を聴いてくれるのだ。
数少ない悠の常連。そして、この関係をどう表現したらいいものか。
(……これって絶対)
世間ではセックスフレンドだとか、そんな風に表現する関係ではなかろうか。
もとより気持ちを繋げて始まった関係ではない。
帰りたくないという悠の言葉を聞いて、麻隆は悠をここに連れてきた。
そうして組み敷かれ、拒まなかったのは悠だ。
だからこれは合意の上。ならばこの関係に名前をつけるのだとすれば。
(やっぱり…そうなるよなあ)
ただその名前も、不ぞろいなパズルのピースを無理やりはめ込んだような違和感をもたらして、どこか違うと思ってしまう。
「こら……集中しろ…」
「んっ…あ、あ、あ」
考え事なんて余裕だなと、上からの声を聞いた瞬間に揺すり上げられてそれまでの思考は吹き飛んだ。
繋がった場所からひどいぐらいの水音が聞こえてきて、その音に頭の中が支配される。
「あ、あ…いっ…あ!」
奥まで入り込まれて、無意識にそこを締め付けてしまう。
ゆっくりと入り込んだそれはその刺激にびくりと震えてその体積を増して悠の体を震わせ、その分だけ悠の感覚を攫っていく。
「んっ…ふ、あっ…あっ、く」
抜く瞬間は早く、入れる時はゆっくりと、何度もそれを繰り返されて腹筋がびくびくと何度も震えた。
汗と塗りつけられたものでぬめる下肢を、大きな掌が何度もなぞり、その動きだけでももう十分以上の刺激になって声があがる。
「や…っ…あ、ああ…も、だっめ…」
「まだ、早い」
「んっんっ! だっ、だって…あ、ああっ…なん、なんか…あぅ!?」
今日は何か違う。そう言いたいのに、突き動かれて言葉が途切れてしまった。
「え、あっ…ああっ! や、なに、そん…ああっ…あっあっ!?」
腰を支えて持ち上げられ、ぐるりと中をかき回しながら擦りあげられる。びくりと跳ねた自分の腰の動きはそのままダイレクトに官能と繋がって、その感覚は背中を這うようにしながら全身に伝わっていく。
目を閉じられないぐらいに強い感覚に襲われて、目を見開いたまま悠は叫ぶように喘いだ。
「ああっ、あっ…んぁっ! や、も、もう…っ、あ、く…つよ…んんんッ!」
「…んっ、あ」
シーツを握り締めながら、必死に体を苛む感覚をこらえていたのに、聞こえてきた麻隆の耐えるような小さな喘ぎにそれまで以上の、異様なほどの感覚が湧き上がる。
「あああああっ! やだ…やー、あ、あ…っ…やだっ…いやだ…ぁ!」
何が嫌なのか、よくわからない。
頭の中を支配するのは、普段はとても口に出来ないような淫猥な言葉ばかりで、頭がおかしくなると思う。
(嫌だ、太い…中、おかしくなる)
浮かんだ涙は頬を伝って枕を濡らす。
もうだめだと叫んでいるのに、麻隆は脚の間を戒めるように掴んで離してくれない。
「や…あっ……かしく、なっ…る…!」
「……なれよ」
「やだ、いやだ…っ!」
「なんで。そういう、もン…だろ」
「やだ、やだ…ああっ、やだ、音す…っ…中、や…そこ、そこっ」
嫌だと言うのに、麻隆は押し込んでくる腰の動きをさらに複雑に変えてくる。突き上げて、小刻みに動いて、かき回して。
「…ひ、ぁっ!?」
「……ああ、当たった?」
ここだろ、と笑われて声のない悲鳴を上げた。
喉をのけぞらせて、目を見開いて叫んだつもりなのに、口から出て行くのは空気だけ。おそろしいほどに襲い掛かってきたその感覚に、そこを押さえられていなければ多分、一瞬で終わっていたと思う。
「ここ、すごいな」
当たると中が動いて締め付けてくる。
耳元でそう囁かれて、それを体感しているだけに否定できずにがくがくと震えながら悠は涙を流した。
「あ、あ、あ…!」
ゆっくりと、麻隆の体を挟んでいた脚を動かされて体の位置を入れ替えられる。
「あ…! あー…!」
横抱きにされて、入り込んだもので中をかき回されるとそれまでとは違った場所に当たった。
これ以上ないぐらいに感じたと思ったのに、まだ先がある事を思い知らされて、頭の中では怯えているのに体がそれを裏切っていた。
震える脚は勝手に開き、触れてくる麻隆の手を拒まない。
音を立てている前も後ろも、もうどろどろに溶けてしまいそうなほど熱くて、悠は涙を流しながらもう何も考えられずに声を上げ続けた。
「…なあ…―――って、言え」
「んっんっ…な、に…っ?」
耳元で、麻隆が何か言ったのに、自分の荒い息にまぎれてしまって肝心な部分が聞こえなかった。
問い返すと答えはなく、ただ麻隆は目を閉じて唇をふさいでくる。
「ん…んんー…っ!」
拓かれたそこを容赦なく犯されて、気持ちいいと思うだなんてどうかしている。それでも、この感覚は間違いではないから否定できない。
中で脈打つ熱も、口の中に入り込んでくる舌も、肌をなぞる手も、何も気持ち悪くない。むしろその逆だ。
「…悠」
「…え……? ……あっ、ああっ!?」
聞こえた声、その唇が紡いだ一言に驚いた。
驚いた瞬間に体の中に入り込んだものを締め付けてしまって、否が応にも体感は増して悠はきつく目を閉じる。
そのまま体をひっくりかえされて、後ろから、強く。
「あああっ! ああ、あっ…やだ、つよ…んんっ!」
シーツに頬を押し付けて、尻だけ突き出している今の状態を認識するだけの余裕など、もうとっくに消えうせた。
もう早く、早く、とそれだけを思って悠は無意識に腰を揺らめかせる。
「…んっ……なあ、悠」
まただ、と思う。
(……あ、あ…また…っ)
これで二度目。
そして小さく聞こえてくる声と同時に、中に入り込んだ麻隆は再び熱を押し上げて力を増して、奥まで。
「んんんっ…も、もう…っ」
朦朧とし始めた意識の中、もうだめだと繰り返すと背中にぬくもりが伝わってくる。
肌を重ねた麻隆が後ろから首筋に軽く歯を立てながらきつく悠を抱きしめて、それが終わると急に腕を引かれて膝立ちにさせられた。
「あっ!?」
また当たる場所が変わって、びくりとはねた体を支えるように腕が回される。右手は胸の上へやってきて、尖りきった場所を撫で回し、爪を立てて軽くひっかかれ、悠が悲鳴を上げれば摘まれて押し揉まれた。
「や…あ……も、もう」
助けて、と泣き言を漏らしながら、脚の間に触れた麻隆の手に、自分のそれを重ねる。恥も何も忘れて、重ねた手を動かせば、抵抗する事なく麻隆が応じてくれる。
耳朶に歯を立てた麻隆が、歯を立てた場所に舌を這わせながら、もういいと囁いた。
「あっあっあっ…も、もう…いっ…く!」
とどめとばかりに、握り締められた先端を指で軽く抉られて、止まらない涙を溢れさせながらその手の中に、濁った体液を吐き出していく。
それと同時に中に入っているものを締め付けて、その後すぐに
「…んっ……く!」
呻く声が聞こえて、震える体の中に熱くはじけるような感覚が送り込まれた。
「は…っ…ぁ…あ…んん!」
もうこの感覚にも慣れた。
なんでこの男はこんな事をするのだろうかと、考えた事がなくもなかったのだが、結局どう考えたところで答えなど出るはずがないのだとすぐに諦めた。
自分もどうしてこの男についていくのか、こうして抱かれているのかよくわからない。
考えても答えは出ずに、そのままずるずると関係を続けていくうちに、もうどうでもよくなってきている。
(悠って、呼んだ…)
行為を終えて、ずるりと抜け出していく麻隆を感じながら、悠が考えたのはそれだった。
それまでずっと、名前を呼ぶことを拒むようにしていたのに、さっきは違った。
悠、とはっきりその低い声で呼んで、抱きしめてきた。
それまでと、はっきり違うと言えるその行動に、ただ悠は戸惑った。
(…名前…呼んだ…この人……あさたか、さん)
頭の中で、悠も始めて麻隆の名を紡いでみる。
悠、とさっき呼ばれたあの声が何度も何度も頭の中で響いて、それでいっぱいになっていた。
そうして息を切らして、朦朧とした意識のまま目を閉じれば、シーツの上に体が崩れ落ちる。
文句も言わないまま、麻隆はその体を受け止めて体を痛めないように横にして、体液で汚れた体をふき取ってくれる。
(眠い……)
今このまま眠ってしまえば、目を覚ました時に麻隆はもういないだろう。
多分麻隆は忙しい人なのだ。
昼だろうが朝だろうが関係なく仕事をしているようだし、事の最中に仕事の電話がかかってくる事もあるようだ。
ようだ、というのは、麻隆がベッドの上に居る間は決してコール音がしても電話を取る事がないからだ。
全部終わったあとに、電話をかけなおしている姿を何度か見た事がある。
どうやら麻隆は、悠を相手にしている最中は仕事もプライベートも何もかも切り離しているようだった。携帯電話の電源は切っているし、たまに忘れて電話がかかってきても、先に挙げたように絶対に出ない。
何もかもを切り離して、麻隆は悠を抱いている。
それがどうしてなのか、不思議で不思議でしょうがない。
何の取り得もない、リスクしかない体。
白い体は日に当たればすぐに倒れるし、白髪に紅い目をしたこの外見は、どうやったって人目につくし、白い目で見られる事が多い。
おまけに悠は男だ。どこをどうやったって男だ。
麻隆がどんな男なのかはしらない。
ただ忙しそうにしているその姿から、何か偉い人なのだろうかとぼんやりと悠は思っている。
そんな麻隆が、どうしてこんな、一般庶民でしかなく、しかもリスクの高い相手を背負いこんでいるのか。全く以って理解不能だ。
(……聞きたい、のに)
色々問いただしたい事は山のようにある。
それなのに、体は睡眠を求めて動かなくなってしまう。
(あさたか、さん)
なんで、あなたは。
問いかけようと口を開くのに声は出ず、わかってくれと悠は手を伸ばす。
「……どうした?」
気づいた麻隆はその手を取り、だがそれ以上は何もできずに、結局眠りの底へと堕ちていく。
あなたは、どうして俺の歌を聴いてくれるの。
眠りにおちる直前悠は頭の中で必死に、そう訴えていた。
そしてやはり、次に目を覚ました時に麻隆の姿はなかった。
そうしてその日を境に、麻隆はぱったりと悠の前に現れなくなってしまった。