そして、土曜日がやってきた。
きちんとした営業日に出向くのは初めてで、どんな格好をすればいいのかわからずに昨日は小一時間以上悩んだ。
結局決まらず、選んだのは無難なシャツとスラックス。
そして指定の時間に店にたどり着いたのだけれど。
「あれ……?」
店内の明かりは落とされ真っ暗で、営業している様子がない。
どうしたんだろうと思ったところで、ドアの張り紙に気が付いた。
『本日ライブ開催日のため、地下営業です』
たったそれだけの文字と、入り口を示す矢印。
示された先には階段があって、その先には重厚な扉。その扉からはほんの少しだけ楽器の音が漏れていた。
聞こえてきたのはバンドへの参加でいつも触れている若者音楽とも言えるロックやポップスとは違う、ウッドベースとドラムが刻むスウィングジャズのリズム。
もちろんまったく触れた事がない訳ではない。だが司狼はほんの少し気後れした。
大体がジャズの流れる場所と言えば酒を飲む場所だ。
カフェで流れている事も多いけれど、あれはBGMでしかない。
ジャズをきちんとした『曲』としてとらえる場所に酒場が好まれるのは、多分ある程度の年月を生きた大人にならないと、その良さがわからないと言う部分が大きいのだろう。
(……いや、別にジャズが敷居高いとかそんな訳じゃないんだけど)
音楽に敷居は存在しないと思うし、決して嫌いなジャンルではない。
だがやはり場に適した音楽と言うものはある。
日本でジャズに最も触れる事ができる場所と言うものが『大人』の居る場所なのは確かで、ろくに酒の味も知らない司狼にとってはこの先がとても敷居の高い場所である事は間違いないだろう。
(……一杯たかだか500円のビールぐらいしか知らないしなぁ)
よほどの事がなければ、大学生の飲み会なんてたかが知れている。
司狼も例に漏れず、安さが売りのチェーン店にしか足を踏み入れた事がない。
お高いウィスキーをロックだとか、きちんとしたカクテルを出すような店は未経験で、どうしたらいいのかわからない。
上の店は馴染みあるカフェレストランだったけれど、どうにもこの扉の先はその未経験の場所のようだ。
(どーしよ)
こんなおこちゃまが足を踏み入れていいものか。
数分。いやもしかしたら十数分だったかもしれない。
悩み立ち止まっていた司狼が、いっそかえってしまおうかと考えたその時。
「うわっ!?」
がちゃりと音がしてドアが勝手に開いた。
そしてひょっこりと顔を出したのが。
「あ、きたね」
「……え?」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべた永居だった。
「どうもこんばんは。入って入って」
笑みを浮かべた永居は、何を気にするでもなく手招きする。
だから、うっかりそれに騙されて司狼は足を踏み出してしまった。
いや、積極的に騙された、と言ったほうが正しいのかもしれない。
だって、と思ったのはあとになってからだ。
その後に続く言葉は、もう呆れられても仕方がないと思う。
だって、綺麗だったから。
笑われたって呆れられたっていい。
その時は本当に、美しいものに誘われて足を踏み出していた。