――――――――――――――――――― 『これから見える未来』





 そのまま雰囲気に流されてしまえばよかった、と総輝が思った場所は、湯気で曇った鏡の前だ。
 キスをしたまま先に進んでいればこんなに悩まなくてすんだのに、と唇をかんでももう遅い。
「……ど、どうしよう」
 思わず口を手で覆いながら、総輝は真っ青になる。
 シャワーを浴びながら、これからどうなるんだろうとぼんやり考えてある事に気が付いたのだ。
(や、やってとか言われたら、俺どうしたらいいのかわかんない……)
 考えた後には、茹蛸みたいに赤くなる。そしてまた青くなるを繰り返しながら、どうしようどうしようと総輝は目を回していた。
 この十八年間、また晴天と出会って、ちゃんと好きだと言えたらどうなるだろうと想像を巡らせた事は何度もあった。
 その中ではぼんやり、何も考えないまま自然と自分が抱かれる側だと疑うこともなく考えていたわけなのだけれども。
(ぎゃ、逆だったらどうしよう……!)
 涙目になりながらそんな事を思ったのは、今さらのように晴天が年下だと言う事を思い出したからだ。
 自分の方が年上なのだから抱く側に回されたらどうしようなんて考えて、さっきから総輝はぐるぐるしている。
 なにせ。


(お、俺に経験なんてある訳ないのに……)


 もうとっくに、魔法使い、な訳でして。
 ベッドでのテクニックなど持ち合わせているはずがないのだ。





     *      *      *





 先にシャワーを浴びていた晴天は、ベッドの上に座りながら笑みを浮かべていた。
 なかなか出てこない総輝に対する文句はもちろんなく、今頃何を考えているのかと思えば、楽しくてしょうがない。
(どうしようとか、思ってんだろうな。変わってないみたいだし)
 くすくすと笑いながら、楽しいなあと晴天は思った。
 考えてみれば、総輝に『出会う前の自分』はつい数時間前の事だったはずなのに、今はこんなにも打ち解けている。
 ほんの一瞬の間に経験した数か月。
 どういう理屈だとか、何が原因でとかはわからないしどうでもいい。
 総輝に触れることができるようになった。その事実だけが晴天の中の唯一の歓喜だ。
「さて、どうしようか……」
 考えすぎてげっそりしてくるか、それとも真っ赤になって出てくるか。それともまったく別の表情か。
 とにかくどんな姿でもかまわないから、さんざん待たせてしまった総輝になんでもしてあげたい。
 ぺろりと唇を舐めながら、ドアを眺めた晴天は目を細める。
 もちろんその唇は、笑みの形に持ち上がっていた。





     *     *     *





 さんざん悩んだ挙句、何も答えが出ないまま風呂から出た総輝は、「ままよ」と晴天の待つ部屋のドアを開けた。
 待っている間に冷えたのか、ズボンを履いてシャツを羽織っていた晴天に、ごめんと言う前に手を引かれて抱きしめられる。
 たたらを踏んで飛び込む形になってしまった総輝が「うわ」と声を上げるけれど、うまくキャッチした男はそのままベッドに倒れ込む。
「ご、ごめ……っ」
 大丈夫と問うよりも早く、ちゅっと音を立ててキスをされた。
 手際の良さにびっくりしつつ、その後ぼっと赤くなると「あはは」と晴天が声を上げる。
「真っ赤だ、かわいい」
「かっ……わいいって」
「ん? 嫌だ?」
 ならやめる。そう言われてはもう何も言えない。
 別に嫌なわけではなかったし、もう昔から言われ続けた事だ。
 自分が童顔であるらしいのは、ずいぶん昔から言われ続けてきたから自覚もある。未だ二十代前半の学生に間違えられるのも確かな事実だ。
「い、いやじゃないけど……なんか、その」
 恥ずかしいと思ってしまうのは、晴天の表情のせいだ。
 恋愛ドラマの相手役かと言いたくなるような笑みは、自分に向けられるとものすごく恥ずかしい。
「じゃ、きれい?」
「……それ男に言う言葉じゃなくない?」
「そう? 美しいものに対する賛美は何に対して使っても別にいいと思ってんだけどなあ俺」
 眉を下げた総輝の言葉に、しれっと、普段からそう思っているのだとわかる様子でそんな事を言われて、もうどうしたらいいのかわからない。
「……うぅ」
「ん? なに?」
 唸った総輝に対して、本気でどうしたのと首をかしげてくるから、総輝は何も言えず唸るしかない。
 絵に対しての賛美だったら、ただうれしいと思っただろう。
 だがこれは、今の晴天の言葉は、絵ではなく総輝自身に向けられたものだ。
 美しいものを美しいと言って何がわるいと言う表情に、もうどうしたらいいのやら。
「そ、そんなに綺麗じゃないし」
「そう? 俺は好きなんだけど。総輝の顔。昔のも今のも」
 優しく頬に触れながらそんな事言わないで欲しい。
 最近流行りの、CMでやっている恋愛ゲームみたいな事を素でするな。
 言いたい事はたくさんあるのに、ぱくぱくと動く口からは何の言葉も出てきやしない。
 スイッチが入った晴天はこんなに恥ずかしい人だったのかと思いながら、でも頬を撫でてくる手が気持ちよくて抗えなかった。
 だから目を閉じると、唇に温かいものが覆いかぶさってくる。
 もうさっきまでの悩みなんてなくて、ただただ、キスが気持ちいいとしか思えなくなる。
 晴天の腕にしがみつきながら、もうなんでもいいや、と思った。





 だが力を抜いていられたのはそこまでで、その後はもうただ喘ぎながら、涙を流して悲鳴を上げるしかなくなっていた。
「も……もう、もう無理……っ!」
「なんで?」
「なん、なんでって……っあ!」
 こんなにすごいのに? と問いながら晴天が触れたのは、もうずっと硬直したまま震える性器の先だ。
 とろとろと体液を溢れさせていくそこに、指先が触れるだけで腰が跳ねる。
 してと言われたらどうしようなんて考えたけれど、実際なってみたら想像していたとおりの位置だったわけだけれど、『される』事は想像を超えていた。
 まずは全身あますことなくと言うぐらいに舐められた。それはまあ想像しなかった訳ではない。
 でもくすぐったいだけだった脇腹をさんざん撫でられて、乳首を舐めながら触れられへんな声が出た瞬間に、何かが想像していたものを超えてしまった。
 そこからはもう、自分の声だとは思いたくないような声ばかりが出て、喉が渇いてしょうがない。
「んんっ、ん……あっ、あう!?」
「ああ、これ?」
 楽しそうに笑いながら、力を入れた舌先にヘソのあたりを舐められてがくんと体が揺れてしまう。
「全体的に腰が弱いんだな、総輝は」
「……しっ、知らな……っ!」
「総輝も知らないなら、誰も知らないよな。気分いいなぁ」
「やっ、ちょっ、そん、そんな……いたっ」
 嬉しそうにしながら、晴天が腰骨に歯を立ててきて痛みが走り、思わず叫ぶと「ごめん」と彼は顔を離した。
 動きが止まったのはよかったのだが、離れてしまって少し残念に思っていると、笑みを浮かべた唇が視界の中で大きくなる。
 キスされる瞬間はわかりやすくていいなぁと思う。そしてキス自体も、気持ちよくて好きだ。
 セックスのための動きは、初心者には刺激が強すぎる。
 だからと言って今さら逃げる気も起きないけれど。
(……俺、どうなっちゃうんだろう)
 今からこんな状態で、この後どうなるのだろうか。
 想像がつかない状態にほんの少しのおびえと期待で、体が震える。
「怖い……?」
 気づいた晴天に問われて、総輝は首を左右に振る。
 怖い、と言ったら多分この感情は怖い、だろう。
 けれど多分晴天が考えるのとは違う意味だ。
「こ、ここで……」
「ん?」
 多分ここで泣いて怯えてみせたら、晴天はやめるのだろう。
 でもそれは総輝の望みではないし。それに。
「ここで、辞められたら……つらい……っ」
 涙目になりながら、ひくりと震える硬直を目の前の男に押し付ける。
 意図的にやったそれに、晴天がほんの少し驚いたような顔をしたけれど。
「ああ、ごめんごめん」
 謝った晴天がもう一度キスをして、じゃあもう何言ってもやめないからと、宣言した。





     *     *     *





「あ、あ……ああ……!」
 自分の声が、どこか自分のものでないように聞こえた。
 かぶりを振りながら、必死に耐えるようにシーツを掴んでいた手を開かせて、指を絡ませるようにして繋いできた男は今、総輝の足の間に顔を伏せている。
「あ! あっあっあっ……!」
 ぐちゅぐちゅと聞こえる水音に連動してやってくる快楽に、総輝は体を反らせて、びくりびくりと震えるしかできなかった。
「んんっ……ん、あっ、ああ……あ!」
 舌が、考えもしなかった動きで総輝の張り詰めたそこを舐め回している。
 最初は舌先でつつくようにされて、その後ゆっくりと、全体を確かめるようにたどられた。
 そして根元にたどり着いて吸い付かれたのは強烈すぎた。
 押さえられていなければ多分そこで終わっていただろう。
 悲鳴を上げた総輝はそこからもう息も絶え絶えにあえぐしかできず、なすがまま、体を震わせるしかない。
「ふぁっ……ああっ!」
「ああ、ここか」
 嬉しそうに言った晴天が、口に銜えてくびれ部分に軽く歯を立てた瞬間、反射で動いた腰がその口に硬直したものを突き入れてしまう。
「あっ……ごめ……っ!?」
 ほんの少しうめくような声が聞こえて慌てたのに、晴天はそのまま腰を押さえてしまうから総輝の目は驚きに見開かれる。
 そして続いた行為に、悲鳴が上がった。
「あああっ! んぁっ、あう、あっあっあっ!」
 じゅるる、と最初は音がした。その後に音が消えて、強く吸われて腰に電流が走ったかのような気がした。
 暴れる足も気にせず、晴天はそのまま頬をへこませて吸い上げてくる。
「あっ、あああ! ああ! やっ、あっ!」
 あまりに強烈な感覚を快楽だと認識できない総輝は、おびえて涙を浮かべながら、なんとか引きはがそうと晴天の頭に空いている手を伸ばす。
 だがその手は髪に絡むだけで、何もできない。
「ひっ、あ、あぅ、あっ!」
 そしてさらにはそのまま顔を上下されて、がくがくと揺れる腰を止める事ができなくなってしまった。
「あー……っ、あ……ああ、だ、め……も、もう」
 もう出そう。
 小さな声で訴えたのに、無視された。
 繋がれていない方の手が総輝の体を這いまわり、乳首をかすめた後、ゆっくりと下におりてくる。
 ひくひくと震える腹をゆっくりと撫でた後に背後に回っていく。
「あ……!」
 その指先が、ほんの僅かに体の中に入り込もうとした瞬間に総輝は驚きの声を上げ、そしてまた、晴天も驚いたように動きを止めた。
「……あ、う」
 驚いた隙に逃げ出した手で、総輝は顔を覆う。
 恥ずかしくてたまらないと顔を隠した理由は、もう晴天にはわかっているだろう。
 その証拠に、後ろに触れた晴天の指先が小さく音を立てる。
「総輝、これ」
 自分でやったのかと、ぬるついたそこを確かめるように指を動かしながらの言葉に、恥ずかしさで唸りながら総輝はうなずいた。
 そして晴天が触れた瞬間に、簡単に柔らかくなっていくそこに気づかれてしまったと、いたたまれずに枕を手繰り寄せて顔を隠した。
 風呂場でぐるぐるとあんな事を悩んでいたけれど、本当はもうずっと前から、自分が抱かれる立場だろうとは思っていた。
 総輝と晴天との体格差は、総輝が成長しても埋める事ができなかった。
 もしもセックスをするのなら抱かれるのは自分の方が自然だと感じていたし、疑いもしなかった。
 だから男同士でセックスをする方法も調べて、準備もした。
 いきあたりばったりでやれば酷い事になると言う話も見たから、そうならないように努力したのだ。
「自分でしてたの? こっち?」
「うー……訊かないでよ」
 恥ずかしい。枕に顔を埋めたくぐもった声で言ったのに、晴天はなんだかさっきまでとは違う雰囲気の声で問いかけてくる。
「準備してたの? 俺がくるから?」
 さっきまでの慣れ切った声とは違う、なんだかとっても嬉しそうな、声で。
 もういっそ、色悪でいてくれたらふっきれるだろうに、そんなきらきらと純粋に嬉しそうな声を出されたら、もういたたまれないなんてものではない。
「うう……」
 それでも嘘はつけないままこくこくと頷くと、枕離してと言われた。
 聞けたものかとさらにしがみつくと、じゃあ実力行使でと晴天は告げて脇腹にがぶりと噛みついてきた。
「ひぁっ!?」
 驚いたところですっぽりと枕を抜かれて、床に投げ捨てられてしまう。
 どうしようともがくも、その両腕を押さえつけられのしかかられればもうどうしようもない。
 にこにこと笑う晴天を直視できずにいると、軽く何度か唇をついばまれて、ありがとうと言われた。
「俺今すっごい嬉しい。なんだろ、こんなの初めてだなぁ」
「え……?」
 どういうこと、と問いかける前にキスをされて、舌を吸われた。
 再び始まる濃い接触に目を回している間におさえつけられた腕は開放されたけれど、もう逃げる事はできなかった。
「んん……んっ……!」
 体中を晴天の両手が這いまわって、反応がいいところでしつこくなる。
 腰骨と、左胸。同時にされると足先に力が入って、腰が跳ねてしまう。
 開いた両足の間に晴天が入り込み、びくりびくりと跳ねる腰を重ねられた。
 ぐちゅ、と音を立てたのは体液を漏らす場所で、硬くなったそれを大きな手にとらわれ、ふたりぶんのそれをこすりつけられた瞬間に、意識が飛ぶかと思った。
「あああっ!」
 再び上がった嬌声はひどく大きくて、でもどこか遠く感じた。
 こすりつけられるそこが気持ち良すぎて、揺れる腰が止まらない。
 そして再び奥に触れた指先を感じて、総輝は晴天にしがみつく。
「ちから、ぬいて?」
 なだめるような声にかぶりを振ってこたえる。
 どうやったらいいのかわからない。そう訴える仕草に、ふっと笑う気配がした。
「大丈夫だから」
 ちゃんと痛くならないようにすると言われたけれど、そうじゃないと総輝は思う。
(なんで、こんな……)
 本当の所、準備はもうずっと前からしていて、もう指ぐらいだったら簡単に入れられるようにはなっている。
 初めての場合、完遂できずに終わる事も多いと知ってから、そんな事にはならないようにしたかった。
 だから恥ずかしさをこらえて準備をしてきた。
 だがその間、気持ちよくなったことはあまりなかった。なのに。
「……あっ、なん、なんで……なん、で……っ」
「んん? なんでって、なにが?」
 淵をなぞる指先の刺激に耐えながら、何度も『なんで』と呟く総輝に晴天は首をかしげる。どうしたのと言いながら、晴天は総輝が答えるのを待ってくれた。
 だがその間に動きは止まってしまって、もうどうにもならない体を持て余しながら、総輝は晴天を見上げた。
「やだ……やめ、ないで」
「え……?」
 首を振りながら告げたのは、晴天の問いかけへの答えではない。
 涙目になりながら、総輝は小さく腰をゆすって訴える。
「も、い……やだ……やめたら」
 ここでやめられたらおかしくなる。だから。
 晴天を見上げる自分の顔がどうなっているのかもわからないまま、そしてその表情がどんな効果をもたらすかわからないまま、総輝は必至に訴える。
 首にしがみついて、何とかしてほしいと必死に訴えたあたりで、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
 そしていきなり、がっと肩を掴んでベッドに押し倒された。
「……っ!」
 なんだと思うよりも早く、晴天に唇を塞がれる。
 そのまま喉まで届かせるような勢いで口の中を舐めまわされ、苦しいけど逃げたいとは思わない。
「ああ、もう、知らね……」
「あ……っ!」
 唇を離した晴天が唸るような声で呟いた後、なんでと問うよりも早く指が体の中に入り込んだ。
 入り込んだ指を、逃がすまいと自分の体の中が絡みついていくのがわかる。
 狭まる内壁をこじ開けるようにして先に進んでいく感覚に、ああ、と声を上げたのは総輝ではなく晴天だった。
「すっげ……ああ、せま……」
「んん……!」
 総輝の肩に顔を埋めて、感極まると言った声を出した晴天が、さらに指を推し進めていく。
「あ……あ、あ……!」
「そうき……ああ、すっごい。総輝の中すごい」
「や、め……っ」
 耳元で囁かれる低い声は、破壊力が大きすぎた。
 脳髄まで響くような気がする声に犯されて、どんどん体は言う事を聞かなくなっていく。
 脚は勝手に開いて、晴天が指を動かしやすいように腰が動いて止まらない。
 そしてなんで、と総輝は再びつぶやいた。
「ああ、ああっ……!」
「んん、さっきから、なに……?」
 どうかしたの、と晴天は再び問いかけてくる。
 止められない腰と、中を擦る指先、知らない自分を知っておびえながら、なんで、と総輝は涙をこぼす。
「こん、こんな……こんなのっ……」
 晴天が来る前、羞恥をこらえながら準備をした時にはこんな事にならなかった。
 ただただ、自分の体を拓くための作業のようなマスターベーションでは、快楽を感じる事はあまりなかったのに。それなのに。
「こんなの、知、らな、い……!」
 セックスのための器具はただただ羞恥を植え付けるばかりだったのに、晴天の指は全然違った。
 頭の中はぐちゃぐちゃになるし、体はもう何も言う事を聞かないし、それに。
「ああっ、ああ、あああ……!」
 おかしくなるぐらいに、気持ちよすぎる。
 なんでこんなに、と何度もつぶやきながら、総輝はぼろぼろと涙をこぼして腰を振った。
 中に入り込んだ晴天の指が少しずつ増えて、総輝がしらないぐらいに中をひらかせる。
「あっあっあっ、も、もう……もう……!」
「総輝、気持ちいい? いたくない?」
「んっんっ」
 わかっているだろうに、涙にぬれた頬を舐めながら晴天が問いかける。
 必死に頷きながら、力の入らない腕を背中に回してしがみついて、自覚がないままの濡れた目で見つめると、ぐっとしがみついた筋肉がこわばるのがわかった。
「ああもう、なんだこれ」
 くそ、と聞こえた声に、今度は総輝が「え?」と問う番だった。
「なんだよ、もう、総輝すごすぎ」
 それで本当に未経験なわけ? と言われて、もう一度「え?」と総輝は返した。
 ただただ必死な総輝は、自分がどんな顔をしているのかもわからないし、自分の体の反応もよくわかっていない。
 揺れる腰が、飲み込んだ指を最も感じる場所にこすりつけようとしているのもわかっていなかったし、脚の間で体液をこぼすものを、晴天の腹にこすりつけていることも、わかっていなかった。
「え? え……?」
 なに、と言う問いかけには答えがない。
 ずるりと指が引き抜かれ、それを咎めようとするよりも早く、もっと大きくて硬いものを押し付けられた。
「あっ……!」
 ぬめるその先端を、ぬるぬるとこすりつけられて驚きの声を上げたけれど、その中にあったのは拒絶ではない。
 大きなそれが触れた場所はもう、はやくしてほしいと震えている。
 額を合わせ、視線を絡めた晴天の唇が、声を出さないままに動いた。
 いい? と問いかけるそれに、小さく総輝は頷く。
 怯えと期待が入り混じる感覚に体を震わせながら目を閉じると、少しずつ、押し当てられたものが進んでくるのがわかった。
「あ……ん……!」
 体をこじ開けられる感覚に、息が止まる。
 ゆっくりと進んでは止まるそれをもどかしく思いながら耐えていると、頬を撫でた手が喉元に添えられ、息が止まったままの唇にキスが降る。
「息、して」
 ほら、と言いながら息を吹き込まれ、それをきっかけに呼吸が戻ってくる。
「あっ……は……はぁっはっ」
「そうそう、上手」
 上下する胸をなだめるようにさすられ、大丈夫だからと晴天は微笑んだ
 その表情にきゅうっと胸が締め付けられたような気がして、それと連動するように総輝の中も狭くなってしまう。
「ん……!」
 それに声を上げたのは晴天で、こらえるように目を閉じた彼は奥に進む動きを一度止めた後、自分の唇を舐めて笑った。今度の笑みは色っぽく、総輝の心臓がどきりと音を立てる。
 そして。
「あっ……!?」
 ぐっと腰を押さえて一気に押し込まれて、総輝は背中を反らせて目を瞠る。
「んん……! これで、全部」
「あっ!」
 ぱん、と音がして、衝撃が走る。
 音は肌と肌がぶつかったもので、根元までしっかり埋め込まれたその感覚に総輝の目は見開かられたまま、涙をこぼした。
「あ……あ……!」
「だい、じょうぶ?」
 頬を濡らす涙を親指でぬぐった後、晴天の腕が総輝の体に絡みついた。
 ぎゅうぎゅうと強い力で総輝を抱きしめながら、肩口に額を押し付けて晴天は大きく息を吐き出す。
「総輝……なんか言って」
「……え? あ……え?」
 なんかって何と思いながら、抱きしめてくるその背中を撫でると、驚くぐらいに大きく晴天が震えた。そのあとすぐにはやく、と聞こえる。
「え……? え?」
「だから、はやく」
「っあ……!? あ、なに、あっ、これ、こ、れ」
 堪えきれない、と言う風に晴天の体が動いた。
 当然、体の中に入り込んだそれも動いて、刺激してくる。
 総輝の頭の中はその事でいっぱいになって、何か言えと言われてもどうしようもない。
「総輝、なんか言わないと……やばいから」
「やば、って……な……あっ?」
 何がやばいのかと問おうとしたのだけれど、言葉は続けられなかった。
 押し込まれたものがだんだん小刻みに動き始めて、舌に力が入って「あ」しか言えなくなる。
「あ、あっあっ」
「総輝、それやばいから、ほんと」
「なっ、あ、あ……な、に……?」
 何がどうやばいんだ。そう思っても、もう体は言う事を聞かない。
 奥まで入り込んだものが、だんだん動きを大きくしていく。しかも動くたびにどんどん存在感を増していくから、何か言えと言われても、もうそれしかなくなってしまう。
「なに、なに……これ、お、っき……あっ!?」
「……っ! そうじゃ、なく、て……!」
「あっあっあっ、や、なか……うごい、て……すごっ……いぃ」
 こんなのは知らない。怖い。泣きながらそう言うのに、総輝の体の反応は真逆だ。
 晴天の腹にこすりつけられる硬直は、どろどろと溶けるみたいに体液をこぼし、びくりびくりと震えている。そして脚はもっと、と言うように晴天の腰を自分に押し付けるように絡みつく。
 そして総輝の腰も、晴天に合わせるようにして動き出す。
「も……っ、こ、ら……! だから!」
「ひぁっ!」
「ちょっと、もう、止まらな……っ」
 くそ、と悔しそうな声がした気がした。だがそれが現実だったかを確かめようとするよりも早く、晴天は上半身を起こして総輝の両足に手をかける。
「え……? あっ……?」
 自分の腰に絡みついていた総輝の足をはずして抱え上げ、そして。
「ああっ……!!」
 ぱん! と音が聞こえて、同時に衝撃に頭がくらくらした。
 その後にも何度か同じ音が聞こえて、がくがくと体が揺れる。視界も同じように揺さぶられて、何が起きているのかわからないまま総輝はシーツを握りしめて声を上げた。
 晴天はもう何も言ってこない。ただ、肌と肌がぶつかる音の中に、荒い息が耳に届く。
「あっ、あ……! せ、い……て……」
 突き上げられるたびに、視界に火花が散っているような気がする。
 体の奥が熱くて、そこをこじ開けてもっと奥に入れろと言うような強烈なものが気持ちよくてしょうがなかった。
(ああ、もう……すごい、きもちいい……!)
 もう晴天にも余裕は残っていないらしい。
 眉間に皺を作りながら目を閉じて、汗を流しながら総輝の中を動き回る。
 事を始める前は余裕さえ見えて、慣れているのだろうなとなんとなく思っていたのに、今はなんだか必死に見えた。
「そうき……、そう、き……!」
 その上切羽つまったような声で名前を呼ばれて、愛しさは募るばかりだ。
 体は言う事を聞かなくてされるがままになっているのに、どうしてかその瞬間だけふわりと総輝の中に余裕が生まれて、小さく笑う。
 その笑う声に気づいたのだろう。目を開いた晴天が動きを止めて、なに、と言うからなんだかおかしくなってしまった。
「なに、余裕?」
 こっちはだいぶ必死なのに。
 隠そうともせず晴天が言って、総輝は首を左右に振る。
 余裕なんてあるはずがない。あとすこし、何かされたらこのままどうにかなってしまうような予感がある。
 でもそこに期待があるから多分、余裕そうに見えたのだろう。
「……せい、てん」
「ん?」
「キス、して」
「ん」
 晴天は同じ一文字に違う意味を含めて答え、望み通り唇を重ねてくる。
 その首に腕を巻き付けて、総輝は自分から舌を絡めながら、今度は無意識ではなく、自分から腰を揺すった。
「……っそ、うき?」
「んん……はや、く……これ」
 どうしたの、と耳元で囁く声に「はやく、はやく」と何度もねだった。
 突き上げてくる刺激に、もういつ射精してもおかしくないと思う。
 そして、無機物で刺激していた頃の感覚を思い出して今と照らし合わせて、決定的に違うものがあるとも思った。
(なんか、違う……)
 中に入れたものに押し出されるような射精では終わらない予感がする。
 晴天の腹にこすりつけている性器ももちろん気持ちいいのだけれど、それよりも晴天を取り込んだ場所の感覚が大きすぎて、背中がぞくぞくしている。
「あ、あ、あ……!」
 このまま気持ちいところを擦り続けられたら、きっと何か別のものが来る。
 そして自分はそれを望んでいる。
 羞恥などとうに焼き切れてしまった総輝は、どろどろに溶けたまなざしを晴天にむけながら、綺麗な首筋に噛みついて、必死にしがみつく。
「も、もっと……ああ、もっと、そこ、そこ」
 一番気持ちいところはもう覚えた。そこに当たるように自分の腰を動かすと、驚いたような晴天の声がする。
「総輝……ちょ、それ」
「んん、ここ、ここすごい……あっ、も、なんか、来そうで」
「ちょっ、と……なに、それ」
「ああ、あっあっ」
 声を上げながら自分の腹のあたりをさすったのは、そこまで晴天に入り込まれているような気がしたからだ。
 触れたそこが濡れているのは、汗のせいだけではないだろう。そして、重なる晴天の同じ場所も同じように濡れているのも。
「ああ、もう……すっごい、総輝、すっごい……色っぽい」
「……ああぅ!」
 言いながら大きく突き上げて、晴天がもうこれ以上ないぐらいの奥で止まった。
 そのままゆっくりとかき回されて、はっと総輝は目を見開いた。
「だ、だめ……だめ……やめ、っあ!」
「なんで……? これすっごい気持ちいからやめたくない」
 荒い息の間に吐き出される声が掠れてずどんと腰に直撃してくる。
 びくっと動いた腰と、体の中が同時に痙攣しているのがわかって、総輝は怯えた。
 射精ではない何かの予感は、待ち遠しいけれど怖かった。
 初めてなのにこんな風になってしまう自分が、晴天にはどう見えているのか怖くてしょうがない。
 だからぼろぼろと涙をこぼしながらやめてと言うのに、晴天は口角を上げたまま、こちらの言葉など聞こえていない様子で揺さぶってくる。
「あっあっぁ、や……いや、ああっや、だぁっ……!」
「だめ、逃げないで。総輝、そうき……逃げたらだめだから」
 上半身を捩って逃げようとする体を押さえつけられ、しかもその体勢を利用して角度を変えられた。
「……うぁっ、ああ、ああ!」
 そのまま上手く体の位置を変えられて、後ろから大きくえぐられた瞬間に、何かがぶつりと切れてしまったような気がする。
 たすけて、と何度も訴えた。
 高く腰を掲げられて、ぎりぎりまで引き抜かれた後に勢いよく突き入れられても、総輝の体が痛みを訴える事はなく、それどころかはしたなく体液をこぼして喜び、逃がすまいと絡みついてしまう。
「はぁ……っ、総輝、総輝」
 何度も名前を呼びながら晴天は総輝の背中に口づけ、脚の間に手をやってぐちゃぐちゃにこね回してきた。
「やっ、もう、もう……そこだめ、だめ……!」
「ああ、すっげ……やば……っ」
 もう限界はとうに超えて、目の前がよく見えない。
 総輝は泣きわめき、やめてと言うくせにもっととせがんで、最後にはもう自分が何を言っているのかもわからなくなっていた。
 多分晴天もそれは似たような状況で、獣みたいな目をしながら荒い息をしている。
「だめ……だめ、もう、あっあっ、ああっ!」
「……っ!」
 はやく、とせがみながら、もっと長くとも思っていた。
 苦しくて辛いのに、気持ちよくて幸せで、ずっと続けていたいのに、もう終わりたくてしょうがない。
 矛盾する感覚を持て余しながら、もう何も考えられないまま腰を振って、到達の瞬間は呆気なかった。
 がくんと落ちるような気がした後に、表現のしようがない感覚に襲われる。射精する時とは全く違うものだけれど、ああいったのか、とだけ思う。
 だって震える体は晴天を離したがらず、何度も何度も締め付けるから。
「あっ……あ……ああ、いく、だめ……!」
 そして体の中に広がっていく『何か』の感覚に、もう一度総輝の体は反応して、頭の中が真っ白になった。





     *     *     *





「あー、すごかった……」
 ぐったりとしながらそんな事を言った晴天は、しばらく総輝の体を抱きしめたまま動かなかった。
 総輝も目を閉じたまま、動けない。
 回復は晴天の方が早かった。後始末のために離れた時も総輝は動けなくて、されるがままぐったりとしている。
「ひとつきいてもいい?」
「……なに?」
 総輝は濡らしたタオルで体を拭かれながら、動くこともできないまま声だけで答える。
 優しい手が気持ちよくて、寝てしまいそうになりながら目を凝らすと、晴天が額を合わせながら、キスになりそうな距離で聞いてくる。
「今日よりもっとまえに、俺に話しかけようとは思わなかった?」
「……え?」
「待ってる間でも、『俺』は居たんだから、そう言う気分にならなかったのかなぁ、とかね」
 ちょっと思いました。
 告げた後にキスをされて、だがそれよりも問われた内容に驚いて、総輝は目をぱちくりさせた。
 そんな表情に晴天はほんの少し眉を下げて「考えたことなかった?」とまた問いかける。
「俺、今日まで待たなくても総輝に話しかけられたら絶対落ちてたのに」
 と言うかもうそれ以前に落ちていたも同然だったのに。
 それがなんとなく、拗ねているような声に聞こえて総輝は小さく笑ってしまう。
「なんでそこで笑うの」
 さらに目の前にある顔が確かに拗ねていたから、笑いは止まるはずもなかった。
「……うん、ふふ、あはは、うん、うん」
「ちょっと、なんだよそれ」
 反応が想像と全然違うんだけど。
 そう言いながら頬を撫でてくる晴天の言葉にも反応できないまま、総輝は笑った。
 なんとなく今はじめて、彼が年下なのだなあと実感できた気がする。
 目の前に居る彼は、自分の知っている彼のままなのだけれど。
「うん……そうだなぁ、考えてなかった」
 くすくすと笑い続けて、目の端に少し涙を浮かべながら答えると、晴天は明らかに残念そうな顔をする。それがまた面白くて、笑いながら総輝はその頬に両手を添えて「だって」と続ける。
「だって、嫌だよ」
「……なにが?」
「俺と一緒に居た頃の晴天じゃなきゃ、嫌だよ」
 言いながら、ぽろりと一滴だけ、涙がこぼれた。
 ずっとずっと待ってたんだよ、と総輝は言う。
 あの日あの時、晴天がそこに居たと言う記憶の多くが、消えてしまっていた。
 だから本当は、今日この日がやってくるまで、晴天と一緒に居た期間は夢や幻だったんじゃないかと何度も思った。
 不安に押しつぶされそうな時もあったし、ほんの少しだけ、あきらめてしまおうかと思った事もある。
「一緒に居た総輝じゃなきゃ嫌なんだよ。だから……っ」
 待ってたんだ。そう言おうと思った唇は、晴天のそれに塞がれた。
 感極まったようなキスは何度も続いて、嬉しくて目を閉じる。
「……ずっとに待たせて、ごめん」
「うん」
「好きだよ。総輝」
「うん、うん。俺も」
 何度もキスを繰り返しながら、合間に言葉を交わす。
 ぼたぼたと涙が落ちるせいで塩辛くて、でもやめる着になれないままキスを続けて。
 そして最後に。



「おかえり」



 ぼろぼろと泣きながら、それでも総輝は笑った。
 驚いたように見開いた晴天の目もまた潤んで、そして。



「うん、ただいま」



 答えて手をつないだ二人の未来が、いまやっと繋がった気がした。